第15話 最初の説明を受けよう

 次の日の朝、慣れないベッドでしっかりと睡眠を取ることができなかったのか若干疲れた表情を浮かべるレンに起こされ、ボク達は手早く支度を調えると宿を出て朝食を済ませるとそのまま組合事務所へと向かう。


「わぁ……。この時間だと全然人の数が違うね!」


 昨日の夜とは打って変わって大勢の人で賑わっている一階ロビーを眺めながらボクがそう呟くと、レンが「確かに多いが、これが臨時任務が増える年末とか建国祭付近になるともっと凄いらしいぞ」と補足の情報をくれる。


「これより……全然想像がつかないや」


「話によれば、割の良い任務の奪い合いが発生するのを防ぐためにチームごとに受ける任務の抽選が行われたり、自分の階級外での任務受注が不可能になるんだとか」


「へぇ、そうなんだ。だったら、その時期までにある程度稼いでおいて無理して任務を受けなくても大丈夫な状況にしときたいかな」


 正直、そんな運に左右される状態で任務の奪い合いをするのはなんとなく嫌なので高みの見物をしながら『この任務はあなた達にしかお願いできないんです!』というな特別な依頼が来るのを待ち構えるポジションが理想だろう。


「そうだな。ただ、建国祭まではあと2ヶ月も無いからそん時は俺達も頑張る必要があるだろうがな」


 確かに普通であれば約2ヶ月で余裕のあるくらいは難しいだろう。

 しかし、ボクの計画では最短記録で4級まで上がるために一月以内に火竜を討伐する予定なのだから、その素材を売却すればわざわざ繁忙期に無理して依頼を受けずとも余裕がある生活を送れるはずなのだが。


(……ああ、そうか。4級に上がってすぐに受ける依頼を減らしたりすると3級に上がるのが遅くなっちゃうからか。だから、繁忙期は金銭的にも余裕がある上級の冒険者があまり依頼を受けたがらないのを逆手にとって、その期間により多くの依頼を熟すことで手早く階級を上げる作戦なんだ! フフフ、なんやかんや言いながらやっぱりレンはボクの夢を応援するためにいろいろと考えてくれてるんだね!)


 そう解釈したボクは、レンに「そうだね」と返事を返したあと、グルリと辺りを見回したあとに再度レンへ視線を向けると再び口を開く。


「それで、ボク達はこれからどこに向かえば良いの?」


「とりあえずは昨日登録を行った窓口に向かえば良いはずだ。時間的にそろそろ登録証もできているはずだし、軽い説明を受けた後に組合が用意する保証金が掛らない簡単な任務を受けるか、それとも普通に保証金を払って好きな任務を受けるかを質問されるはずだ」


「そうなんだ。……それで、やっぱり最初は組合が用意した任務を受ける感じなんだよね?」


「まあ資金にそんな余裕があるわけじゃねえしな。ある程度の危険を覚悟して希少な素材を集めに行くって手もあるが……俺もある程度知識があると言っても冒険者としての生活は初めてだから、基本を覚えるためにも10級に上がるまでは地道にコツコツと地味な任務を熟した方が良いだろうな」


 ボクの個人的な意見としては早めに派手な活躍をすることで知名度を上げたいところではあるが、あまり我が儘を言ってせっかくボクに付き合ってくれたレンを困らせるのも悪いし、レンだったら確実にボクの夢を理解して一月以内に火竜討伐のチャンスをセッティングしてくれるはずなのでボクは特に不満を漏らすことなく「わかった」と短い返事を返す。

 そして、組合事務所の2階まで辿り着いたボク達は迷うことなく昨夜訪れた登録窓口に向かうと、カウンターで何らかの書類に目を通していた職員(昨夜受付をやっていたのとは別の職員だった)にレンが声をかけた。


「すみません。昨日冒険者登録を行ったレオンハルトとマリーですが、登録証の発行は済んでいるでしょうか?」


 レンがそう声をかけた直後(というか名を告げた直後)、女性職員は驚いたような表情を浮かべたあとに若干緊張した表情を浮かべ、「トロイアドご夫妻ですね、お待ちしておりました。登録証の発行は済んでおりますので3階にある応接室までご案内いたしますね」と返事を返す。

 その後、ボク達は女性職員に先導されながら本来職員だけしか利用できない職員用の通路を通って3階へと向かう階段へ向かうことになるのだが、歩き出して少ししたところで突然レンがボクだけに聞こえるよう小声で語り掛けて来た。


「最悪、いつでも逃げ出せる準備をしておけよ」


 ボクは思わず普通の音量で返事を返しそうになるが、なんとかそれを我慢するとレンと同じく前を歩く女性職員に聞こえない程の小声で返事を返す。


「突然どうしたの?」


「本来、登録後の説明で3階にある応接室…つまりは組合長との面会を行う場合に活用する部屋に通されるなんて有り得無い。だから、もしかすると既に俺達の素性がバレていてバンダール様が放った追っ手が俺達を待ち構えている可能性がある」


「……魔力探知で待ち伏せが無いか確認できない?」


「今のところ上から感じる気配は一つだけ、つまりは組合長だと思われる気配だけだ。だが、送られてきている刺客がギルフォード団長に近い実力を持っていれば俺の探知なんて簡単に欺けるだろうから、絶対気を抜くなよ」


 険しい表情を浮かべたままそう告げるレンに、ボクはゴクリと唾を飲みながら「わかった」と短く返事を返す。

 そして、しばらく歩いたところで3階の奥にある部屋の前まで辿り着くと、案内していた職員は相変わらず緊張した面持ちでドアを数回ノックして「キース組合長。トロイアドご夫妻が到着されました」と声をかける。


『ご苦労。さあ、入ってくれたまえ』


 ドアの向こう側からそう返事が返ってきたの確認した後、女性職員は応接室のドアを開くとボク達2人に中へ入るよう促し、ボク達2人が部屋に入ると同時に「それでは私はこれで」と頭を下げると急ぐようにドアを閉めてしまった。


「初めまして。私はこのハグジーナの町で冒険者組合の組合長を務めるキース・アルベールという者だ」


 頭髪には白髪がそこそこ目立つが鍛えられた屈強な肉体から衰えを感じさせないその男性、キース組合長は笑みを浮かべながらそうボク達を歓迎すると、視線と手振りでボク達にキース組合長が先程まで腰を下ろしていたソファーのテーブルを挟んだ対面に置かれたソファーに腰掛けるよう促してくる。

 そのため、ボクとレンは周囲を警戒しながらもキース組合長以外の人間がこの部屋に存在しないことを確認すると、促されるがままに対面のソファーまで移動して腰を下ろした。


「さて、それでは長々と君達を拘束するわけにもいかないし、手短に要件を済ませてしまおうか」


 ボク達の警戒心を察したのか、それともただ単にボク達が緊張していると考えて早めに開放しようと思ったのか、とりあえずキース組合長は若干苦笑いを浮かべながら前置きも無しにそう切り出す。

 そしてその後は意外にも普通に冒険者としての心得や特権、それに義務や注意事項などの項目を順番に説明していく。

 正直、どれも世間一般でも認知されている情報ばかりでわざわざ説明を受けなくても知っている内容だったため、ボクは若干眠気を感じながらも隣で一切の隙を見せずに警戒を解かないレンにあとから小言をもらわないように必死で眠気を堪える。


「――説明は以上だ。そして、これが冒険者としての君達の身分を証明する登録証になる」


 そう言いながらキース組合長は掌サイズのカードをボク達2人の目の前へと差し出したので、ボクとレンはそれぞれ渡されたカードを手に取る。

 すると、先程まで冒険者組合のエンブレムだけが印字されたカードの表面にボクの名前や冒険者として登録した日付、それに活動の拠点としている組合支部名などが魔力光で浮かび上がる。 


「この登録証は本人が所持してる場合のみその情報が開示される特殊な魔術が組み込まれている。そのため、夫婦であったとしてもお互いの登録証を使うことはできないから注意するように。それと、万が一登録証を紛失した場合は申請すれば新たな登録証を発行できるが、その際には発行手数料が発生するので注意するように」


 魔力を持たないボクが所持した場合でも問題無く発動する術式の仕組みに若干興味を惹かれるものの、どうせ原理を説明されても理解できないだろうと分かっているのでグッと好奇心を抑えつつキース組合長の話を黙って聞くことにする。


「任務を受ける際や各地で手に入れた素材の売却を行う際に提示を求められるだけで無く、組合と協定を結んでいる各種施設を利用する場合にも提示を求められることがあるため、どこへ行くにも必ず登録証は携帯するように心掛けて欲しい」


 キース組合長はそこまで説明を終えたところで一旦言葉を切ると、「ここまでで何か質問はあるかな?」と問い掛けて来たのでボク達はほぼ同時に「ありません」と返事を返す。

 そしてそのあと、キース組合長は少しだけ覚悟を決めるような沈黙を挟んで更に言葉を続けた。


「そしてこれは最後になるが、君達が最初に受ける任務について説明を行おう」


 その言葉にボクは多少の違和感を覚えながらも、これがレンが言っていた組合が用意した任務を受託するかどうかの選択なのだろうと考えていると、キース組合長は予想外の言葉を口にする。


「君達にはこれから準備を整えてもらい、明日の早朝に組合が手配した調査隊と共に『竜の塒』へと向かってもらう」


 その言葉を聞いた瞬間、珍しくレンが戸惑いの表情を浮かべながらも即座に声を上げた。


「ちょっと待って下さい! まだ俺達は組合が用意した初級用の任務を受けるとは言っていないのに、いきなり『竜の塒』の調査へ同行しろとはどう言う事ですか!?」


「……悪いが、これは先程説明した組合から発注される緊急任務として君達が拒否する権限は無い。だが、『竜の塒』へ向かうと言っても君達が担当するのは簡単な調査任務で1級の冒険者が複数、それに特級の冒険者も1名は同行するためそこまでの危険はないと思ってもらって大丈夫だ」


 冒険者の義務として、緊急性が高い任務を強制的に発注された場合は受ける必要があり、それを辞退する場合は相応の違約金を支払うか冒険者の登録を返上する必要がある。

 その代わりに成功時に得られる報酬はかなり良いし、組合からの評価も大幅に上昇するのでボク達のような新人冒険者がこれを断る理由は普通ない。(と言うか違約金が払えないだろうから断れないんだが。)

 しかし、普通冒険者に登録したばかりの駆け出しが緊急任務に選ばれるなど有り得ない事だし、いきなり『竜の塒』なんて危険な場所に送られるのも有り得無い話であるため、レンは警戒心を最大にしながらキース組合長の真意を探ろうと険しい表情のまま口を開こうとする。


 だが、ボクはレンが何か言葉を発する前に口を開いてレンの言葉を遮る。


「具体的にボク達が何をすれば良いか教えてもらっても?」


 その言葉に、レンが『余計な事は言うなよ!』と言いたげな視線を向けてくるがボクはそれを無視してキース組合長の返事を待つ。


「君達にやってもらいたいのは他の冒険者のサポートだ。具体的にはキャンプ地の警護や資材の管理、食事の用意や洗濯などの雑務を熟してもらいたい」


「……因みに、他の冒険者はどう言った任務を?」


「最近、『竜の塒』付近を探索した冒険者から『不気味な声を聞いた』とか『不審な影を見た』と言った報告が多数上がっており、更には今月に入って『竜の塒』へと向かった3級以上の冒険者が所属するパーティーが複数消息を絶っているため、その原因を探ってもらうつもりだ」


 その返事を聞き、『きっとボクの華々しいデビューを飾るに相応しいイベントが発生したんだ!』と直感したボクは、隣で必死に『話をややこしくしないでくれ!』と目線で訴えるレンには一切気付かず頭に浮かんだ言葉をそのまま口にする。


「その任務、雑用じゃなくてボク達も一緒に探索隊に加えて下さい」


「へ?」「おいっ!?」


 予想外の言葉に動揺を見せるキース組合長ともはや設定も投げ捨ててボクを止めようとするレンの視線を集めながら、ボクはスッと立ち上がると恐らくキース組合長の動体視力でも捕えられないだろう高速でキース組合長の背後に移動する。


「ッ!!?」


「ボク達の実力を、雑用なんかで浪費するのは勿体ないはずです! 探索隊に加えていただければ、必ずこの異変を解決する為に有用な戦力となることをお約束しましょう!!」


 突然の事態に動揺を見せるキース組合長に、ボクはまともに思考をする間を与えないようにそう力強く熱弁する。

 そして、ダメ押しにと再度超高速でキース組合長の目の前へと移動すると、その足下に落ちていた短刀(こんなところに落としたまま放置されているくらいだからそこまで大した物では無いのだろう)を手に取り、「ほら、その証拠にボク達はこれだけの力を持っているんですよ」と笑顔で短刀を握りつぶした。


 正直、ここまでやったのは明らかなやり過ぎではあるが、それでもテンションが上がっていたボクは完全にブレーキが壊れていた。

 そもそも、ボクが目標とする火竜を討伐するには火竜が生息する『竜の塒』を訪れる必要があり、危険な土地である『竜の塒』へ向かうには6級以上に上がるか組合から『竜の塒』に関する任務を受けた上で許可を受けなければ関所を通れないため、この機会を逃せば最悪一月以内に再度『竜の塒』に関する任務が発注されない危険性もあるのだ。

 だから、レンが今後ボク達の活動計画としてどういったプランを考えてくれているのかは分からないが、このチャンスを棒に振るわけにはいかないのだ。


「ねえ、良いですよね? ねえ!」


 ボクがそう詰め寄ると、キース組合長は若干青い顔をしたまま「わ、分かった。それでは君達にお願いする予定だった雑務は組合の職員を派遣し、君達にも捜索に加わってもらうことにしよう」と震える声で返事を返す。


「ありがとうございます!! さあ、それじゃあ早速準備を整えないと!」


 そう告げながらボクは頭を抱えるレンの手を取り立たせると、ふと大事なことを聞いていなかった事を思い出してキース組合長へ「そう言えば、明日は何時にどこに来ると良いんでしょうか?」と問い掛ける。


「え? ……あ、ああ。明日は6時に東門前だ」


 その答えを聞いたボクは、「分かりました!」と返事を返したあとに死んだ魚のような眼をしたレンに「ボクの英雄譚を飾るデビュー戦なんだよ! もっとやる気出して!」と声をかけるとそのまま引きずるように手を引いて、応接室をあとにするのだった。


 因みに、先程ボクが握りつぶした短刀はキース組合長がもしもの場合に机の下に隠していた護身用の武器で、特殊な金属を用いて作られた超硬度を誇る魔剣であったことをボクは知らなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る