幕間

「――最後に、これは毎回言っている事ではありますが私の告げた未来が絶対だと過信しないようにお願いします」


 私、ランドルフ・エルトバーゲンがそう告げると目の前にいる私と変わらないくらいの年齢(60前半と言ったところか)であろう初老の男性は笑みを浮かべながら「ええ、心得ておりますとも。しかし、これまで数々の未来を見通して来られた先生の予言が外れるとは到底思えませんが」と返事を返す。


「いえいえ、未来とは些細な切掛で呆気なく変わってしまうものですよ。それこそ、今回の未来視で見えた結果で油断したがために必要な準備を怠れば、本来勝利が約束されていたはずの未来が揺らぐこととてあり得るのです」


「確かに、それもそうですね。では、私は明日の準備を万全のものとすべくこれくらいで失礼させていただきます」


 初老の男はそう言ってソファーから腰を上げると、私に軽く一礼した後に部屋を出て行った。


「………ハァ。やっと今日の依頼も終りか」


 先程の客が完全に部屋から離れた気配を感じ取った私は、グッタリとソファーに体を預けながら天井を眺めてそう愚痴を漏らす。

 現在は既に日が完全に落ちており、本当だったら夕食を済ませて家で寛いでいてもおかしくないような時間なのだが、私の場合は多くの予約客を少しでも早く捌くためにこんな時間まで仕事を入れないと回らないのだ。


「……そもそも、遠征の結果を占ってくれって言ったって、既に相応の準備してんだから私が危険だから止めた方が良いと予言したところで強行するくせに、なんで高い金払ってまで占って欲しいなんて要望してくるのかさっぱり理解出来ん」


 私は世間一般では『予言者』と呼ばれており、カードを使って未来を占う特殊な魔術、占術を習得している。


 ……いや、正確にはそう思われている、と言った方が正しいか。


 とにかく私のその稀有な魔術を伝授して欲しいと数多くの者が私に弟子入りを志願してくるし、私の占術によってより良い未来を手に入れるために占って欲しいと依頼が殺到するため私は忙しい日々を送っているのだ。

 因みに、占術と呼ばれる未来を占う魔術は古くから研究されているのだが、些細な切掛で移り変わる未来を見通す事などほぼ不可能であるため、現在の技術では明日の天気すらまともに当たらないのが現状であるため、数々の予言を的中させた事で多くの危機を未然に防いだ功績から、国に未来視を依頼される程の信頼を得ている私はこの道の第一人者なのだ。


 だが、実際は私に未来の事などさっぱり分からないし、正直大した魔力も持ってないのでカードに魔力を通して派手な光や音で誤魔化しているだけで特別な魔術など欠片も使っていない。


(なんでこんな事になったんだろうか……)


 思い起こせば私がこの占術とであったのは貧しい村から出て、冒険者を始めた10代後半、つまりは今から40年以上前の話だ。

 ある日私がたまたま一緒に依頼を受けたメンバーの中に占術を使える者がおり、たまたま私の占い結果が当たったおかげでほぼ全滅に近い被害を受けたにも関わらず私だけは全くの無傷で更には思いがけない報酬を得るという幸運を経験してしまった。

 そのため、まだ若かった私は『この占術を使えるようになれば、楽に巨万の富を得ることも可能なのでは?』と考えてしまい、それから様々な資料を漁って占術の基礎知識を手に入れる事になったのだ。

 そして、その占術の知識を活かして私は競馬場や闘技場へと向かい、一攫千金を目指して日々投資を続ける事になるのだった。


 しかし、当然ながら大して知識も才能も無い素人の占いが当たるはずもなく、1月も経つ頃には私はほぼ全財産を失って途方に暮れる羽目になる。

 当然そんな私の姿を見た周囲の人間は私を散々バカにし、時には酒場であまり仲の良くない冒険者の知り合いに絡まれることも増えていった。

 そんなある日、私と同じ時期に冒険者になった数人のパーティーに絡まれているとき、とうとう頭にきた私は酔った勢いもあってかそいつらを少し脅かしてやろうと『次の任務でおまえ達に人生最大の試練が訪れる、と占いに出ているぞ!』なんて言葉を放った。

 当然そいつらは笑いながら私の予言をバカにし、『だったらその試練をどうやったら乗り切れるのかも占ってくれよ。もしそれが当たったら一ヶ月間食事を奢ってやるよ』と煽ってきたので、酔いが回って冷静な判断ができない私は勢いで有り得無いような行動を取る指示を告げたことで更に馬鹿にされることになるのだった。


 それから1週間後、私の事をバカにしたメンバー5人の内1人がボロボロになりながらも私を尋ねてきて、泣きながら私に謝罪とお礼の言葉を告げて来たのだ。

 なんでも、その5人が受けていた依頼の最中に予想外に強力な魔物の襲撃を受け、残り4人が呆気なく命を落とす中で唯一藁にも縋る思いで私が告げた通りの行動を取ったその1人だけが生き延びることができたのだという。

 恐らくはただ偶然が重なっただけなのだろうが、生き延びた男は約束通り一ヶ月間私に食事を奢ってくれ、更には事あるごとに『金は払うからまた俺のことを占ってくれ』と頼んでくるようになった。

 そして、当然ながら全ての占いが当たったわけでは無いものの命に関わるような大きな問題が起こる場合は運良く私の予言が的中し、命を救われた男が周囲に私の評判を広めた事で私に自分を占って欲しいと依頼を持ち込む冒険者が少しずつ増え始めたのだった。


 だがその時はそこまで有名になった訳でもなく、ある程度限られたコミュニティの中で名前が売れ、占いの依頼だけではとても生活できるような規模ではなく、私の名が大きく知れ渡るようになる切掛はそれから3年後に起こることになる。

 私の占いはかじった程度の知識で行われものであるため当然ながら外れる事も多く、冒険者が突然の不幸に襲われたときには大抵命を落としているパターンが多いため、私に占いを依頼する新規と命を落としたり外れたことで私から離れた者とでそれほどの偏りがなく、占いを続ける傍ら冒険者も続ける日々が続いていた。

 そんなある日、私はたまたま組んだパーティーで予想以上の収穫があり、浮かれて飲み過ぎた勢いで『来年の春、この国で未曾有の厄災が起こるだろう。だが、若き指導者と勇敢な兵士が活躍すれば、その危機を乗り越えることができるはずだ!』とらしくない大予言を行ってしまう。

 そして、その酔った勢いで告げた予言が人伝に流れることでどんどんと形を変え、やがて若きクロスロード家の時期領主(現在はその方が領主の座に付いているが)の耳に入ることには『次の春の訪れと共に王都近辺で大型の魔物による未曾有の災害が起こるだろう。だが、若き英雄と勇敢な騎士団が揃うことでその厄災を打ち払う事が可能であろう』と言った話に変わっていたらしく、次の年の春に四大貴族の一角であるクロスロード家の申し出により、王都近辺で異例の軍事演習が開催されることになった。

 その結果、偶然にも大量発生した魔物の群れをクロスロード領騎士団を中心とした王国騎士団が制圧し、本来なら多大な被害が発生するはずだった災害を未然に防ぐことができたのだ。


 それから瞬く間に私の噂も世間に広まり、いつしか私は王国一の占術の権威と呼ばれるようになり、周りからの期待に応えるべく思い付きで告げた予言がいくつか当たった事で(と言うか、どうとでも取れる抽象的な予言を告げたら『考えようによってはこの事件ってあの予言通りだよね』って感じの当り方をしただけだが)いつしか私は多忙の身となり、この40年近くを『予言者』として過ごす羽目になったのだ。


(でも、いい加減この年でこれだけ働かされるのには疲れたな……。やはり、ここらで大きな予言を外して『ランドルフ様の力も年齢と共に衰えてしまったのだろう』と自然にフィードアウトしたい)


 その考えを基に今年の予言はかなり具体的に有り得無い内容のものを告げている。

 しかも、予言の期限はこの6月いっぱいくらいなので今日が21日なのだから後数日で『なんも起こらないじゃん。やっぱり去年の予言もそれっぽい事件はあったけど微妙だったし、予言の精度が年齢と共に落ちているんだろうから、これ以上負担をかけるのはよそう』って評価になるはずなのだ。

 それに、信用が無くなれば私の事を『導師』と呼んで崇拝する怪しげな団体(なぜか私がトップを務める組織になっているようで、信者と私と繋ぐ怪しい男がちょくちょく尋ねてくるが、雰囲気が恐ろしい男なので強く追い返すことも無下にすることもできないでズルズルと関係を続けている)である『教団』と呼ばれる組織も自然と私から離れてくれるだろう。


(今年で私も63になる。平均年齢で考えればあと20年くらいは生きるだろうから、それだけの期間悠々自適に暮らすのに困らないだけの蓄えはある。結局、本来なら孫がいてもおかしくない年齢なのにまともな女性が寄ってこないから結婚すらできなかったし、残りの人生で養子を取って跡継ぎを、と言うのも悪くないな)


 そんな人生を夢想していると、不意に来客を知らせるベルが鳴り響いたことで思わず私は眉をひそめる。

 正直、こんな時間にわざわざ私を訪ねてくる案件など碌な物じゃないと今までの経験から学んでいるのだ。


「……はい、どちら様でしょうか?」


 近くの机に置いていた魔道具に私がそう声をかけると、玄関でベルを鳴らした人物がドアに設置された魔道具に返事を返すことでその声が魔道具を通じて私の下へと届けられる。


『夜分遅くに申し訳ない、キース・アルベールです! 急ぎご相談したい案件がありまして、失礼ながらしばしお時間を頂戴できないでしょうか?』


 冒険者次代から拠点としているこのハグジーナの町の冒険者組合、その組合長の名を聞いた私は更に眉をひそめながら、魔道具を通じて玄関のロックを解除すると「どうぞお入り下さい」と声をかけ、姿勢を正してソファーに座り直すとキース氏がここまで辿り着くのを静かに待つ。

 そして数回部屋のドアがノックされ、私が入出の許可を告げる事で目的の人物が部屋の中に姿を現す。

 キース・アルベール氏は私と同じ元冒険者であり、私より2つ下程度とかなり近い年齢ながら早々に冒険者を引退した私と違って最近まで前戦で活躍していたため、とても60を越えているとは思えない程逞しい肉体を持っている。

 ただ、組合長としての苦労も多いのか年相応にその頭はほとんど真っ白に染まってしまっているが。


「急な訪問にも関わらず、対応いただきありがとうございます」


「いえいえ、日々人々の安全を守るため尽力して下さっている冒険者組合へ協力するのは当然のことですよ。それで、本日はいったいどのような要件で?」


 さっさと本題を終わらせてしまいたい私は、早急に本題へと話を誘導する。


「ついに、現れたのです!」


 興奮気味にそう告げるキース氏に、私は一瞬何を言っているのか理解できずにキョトンとした表情を向けていたが、ようやく理解が追い付いたところで慌てて口を開く。


「まさか、予言の!?」


「ええ! 私は直接顔を合わせたわけではありませんが、受付で対応した職員の証言からほぼ間違いないと!」


 正直、絶対外れると思って告げた予言通りの人物が現れたという証言を簡単に信じることはできなかったが、ここで私が『そんなはずは無い』なんて発言をする訳にも行かないので、とりあえず考える時間を稼ぐために「詳しい話を伺っても?」と問い掛けると、キース氏はその問題の人物達(若い男女の夫婦らしい)について、受付を担当した職員から聞き取った情報を順序立てて説明してくれた。


(嘘、だろ。本当に、私がテキトウに引いたカードから受けたインスピレーションで告げた特徴と一致するなんて……。だが、どうする!? ここであまりテキトウなことを言い過ぎるとその若者達に迷惑が掛るし、かと言って何らそれらしい助言ができなければ今までの嘘がバレて、これからのんびりと過ごす余生も台無しに……)


 表情に焦りを出さないよう必死に耐えながらも思考をフル回転させていると、案の定キース氏は私に「それで、これから私達はどう対応すれば良いのでしょうか?」と尋ねてくる。


「ふむ……。その者達に余計な情報を与えすぎては不幸な未来が待つだけだろう。ここは、その者達に悟られぬよう相応の試練を与えその力を正確に見極める必要があるだろう」


 私がそう告げると、キース氏は更に「では、彼らにどのような試練を与えれば良いのでしょうか?」と問い掛けて来たので、徐にテーブルの端からカードケースを取り出した私は、魔力でそれっぽい演出を加えながらシャッフルした束から1枚カードを引く。


(これは……眠りを現すカード、か。睡眠、ベッド、塒……そう言えば、つい先日尋ねてきた『教団』関係者の男が『竜の塒』でどうとか話してたな。それであの時、あの男の表情があまりにも危なかったから変な騒動を起こさないよう、命の危険はあるがしばらくはそこを動かない方が良いって感じのアドバイスを送ったんだったか)


 そんなことを考えていたせいか、思わず私はボソリと「『竜の塒』、か」と呟いてしまい、当然ながら私の言葉を真剣な表情で待ち構えていたキース氏はその一言を聞き漏らすこともなく「なるほど、『竜の塒』ですか」と返事を返す。

 そのため、今更『いや、今のはただの独り言で』なんて言い出し辛い私はただ黙って成り行きを見守っていると、キース氏は一人で「そう言えば最近、あの付近で不気味な鳴き声や不審な影を目撃したと言う情報も……。『竜の塒』は新人冒険者には危険すぎる場所ではあるが、彼らが予言通りの人物であれば調査任務ぐらいなら……」とブツブツ呟きを漏らしていた。


 やがてキース氏は何かを決意したような表情を浮かべながらも私のお礼の言葉を告げながら謝礼金を渡し、今日はもう遅いからと足早に私の事務所を後にするのだった。

 そして、嵐のように厄介な来客が去っていた後、私は心の中でテキトウな予言の特徴にたまたま合致してしまったがために面倒事に巻き込まれるであろう者達の健闘を祈りつつ、これ以上厄介事が舞い込む前に事務所を後にするのだった。

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