第14話 長い一日の終わり
組合事務所を出てしばらくしたところで俺は足を止めると、先程の失態を思い出して思わず今日何度目かの大きな溜息を漏らす。
「もぉ、今日のレンはため息ばっかりだね」
「いや、いったい誰のせいだと……まあ、最後のは俺の不注意もデカいからあんま言える立場じゃねえか」
ガシガシと頭を掻きながらそう返事を返した俺は、再び同じ過ちを繰り返さないよう心の中で反省点をまとめる。
(周りに規格外なやつらばっかり揃った環境で過ごしすぎたな。俺の『普通』って感覚がかなり麻痺してるって事への認識が足りなすぎたな)
クロスロード領騎士団は王国随一の練度を誇る騎士団だと言われており、ハッキリと言ってしまえば数で王国軍より劣ると言うだけで正面からぶつかり合ったとしても互角の戦いが行えると評される程クロスロード領騎士団に所属する個々の練度は高い。
そもそもクロスロード家当主のバンダール様は若い頃は『鬼神』や『英雄』と呼ばれたほどの達人で、王国内で発生した未曾有の危機(俺達が生まれる前に山ほどの大きさを持ったドラゴンが出現し、多くの村や町が壊滅する被害が発生したことがあるらしい)に当時のクロスロード領騎士団を率い先陣を切って活躍したことがあるらしい。
そして、その逸話に憧れて力に自信がある人員が集まって来たのに加え、それだけの死地を乗り越えた英雄達に指導された騎士が中核にいるのだから当然クロスロード領騎士団の練度は他の追随を許さないレベルで高くなっていったのだ。
そのため、例え正式に騎士団へ所属する前の見習いレベルであっても、特に俺が所属していた未来の精鋭部隊所属を目指して特殊なカリキュラムを与えられた特別クラスのメンバーは王国の正規騎士や王宮の近衛騎士団にも引けを取らない実力を有している。
(高濃度に圧縮した魔力を刃に乗せて飛躍的に切れ味を増幅する技術なんざ初歩の初歩ではあるんだが、あれだけハッキリと魔力光を武器に纏わせるのは魔力の濃度に耐えきれずに武器が壊れるから、かなりの魔力制御力が無いと不可能な技術だしあんなとこでそう易々と見せて良いもんじゃなかったな。それに、俺や特別クラスのメンバーにとっては見慣れた光景でも、あれだけ魔力を乗せた、それこそこの町を守る城壁クラスでも易々と切り裂ける破壊力を持った刃で掠り傷しか負わないマリアンナの異常な肉体強度を見せるべきじゃなかったな)
俺の隣ではことの重大性を理解していないマリアンナが「でも、周りにほとんど人がいなかったからそこまで派手なデビューにはならなかったけど、さっきので職員さんにはボク達が只者じゃないって分かってもらえただろうし、きっとボク達の真価を見定めようと歯ごたえのある依頼を回してくれたり、って展開もありだよね!」などと少し興奮した面持ちで告げる。
「……いや、てか俺達はバンダール様に見つからないようにするのも重要だから、あんま目立ち過ぎる活躍はアウトだろ」
「大丈夫だよ! こう言うのって、なぜかその町や周辺では有名になっても都合良く知られたらマズい相手にボク達の噂は届かない、って相場が決まってるんだから!」
「そんなのはフィクションの世界だけのご都合主義ってやつだろ。普通、俺とおまえが行方不明になったタイミングで隣の領地に突然凄い実力を持った冒険者が現れた、って事になれば普通にバンダール様まで情報が行くだろ」
それに、例えバンダール様がマリアンナの実力を知らないが故にこの情報から俺達の居場所に感付かなかったとしても、マリアンナの実力を正しく理解している他の騎士団メンバーが気付かないはずがないので、最悪再び森で俺達を襲った刺客がこの前に送り込まれてくる危険性だって捨てきれない。
(ただ、これだけ冒険者が、つまりは相応の実力者が集まる町で騒動を起こすなんて無謀な行動に出るとは思えないが……。それにあの時、刺客は騎士団メンバーとも敵対していたことを考えると、やはりどうやってもあれがバンダール様が送り込んだ刺客だとは思えないんだよな)
あの時同行していた精鋭部隊のメンバーはフルメンバーでは無いとは言え、王国一の実力と言われるギルフォード団長に加え、『十傑』(王国内で実力がある10人の騎士に与えられる称号で、10人中ギルフォード団長を含む6人はクロスロード領騎士団に所属している騎士で、騎士ではないバンダール様はこの中に含まれないもののそれに匹敵する実力者だと言われている)に数えられる実力者があと2人もいた。
そうなると敵対した刺客が全員無事にあの場を脱することができたとはとても考えられないので、バンダール様が本気でマリアンナの命を狙ったのであればあれだけの人員をあの場に派遣するなど有り得無いのだ。
(まあ、考えようによってはマリアンナの命を確実に奪うために騎士団の精鋭部隊を派遣したが、別口で予想外の襲撃者が来たことで計画が狂ったとも……。いや、ギルフォード団長は襲撃があるのは要塞跡地に到着してから、と言った感じのことを言ってたし、最初から俺達を逃がそうとしていた。だったら、バンダール様は本気でマリアンナの命を狙って表に出せないような組織の力を借りたって可能性もゼロではないのか)
もはや答えの出ない思考を無理矢理振り払い、お気に入りの漫画や小説ではこう言ったパターンの時にどう言ったイベントが起こるのかを熱弁するマリアンナの言葉を聞き流しつつ、俺は組合事務所で教えてもらった『雛鳥の巣』と言う宿屋を目指して通りを進んで行く。
やがて、マリアンナの話が『特級を目指すための活動プラン』に入り始めたところでようやく俺達は目的の宿屋を発見し、俺が聞き流しているのもお構いなしにひたすらおしゃべりを続けていたマリアンナの話題が目の前にそびえ立つ宿の評価に変わる。
「なんて言うか……格安って言うだけあって結構ボロいね」
正直、これだけのボロければまだクロスロード家の庭に建っている物置の方が立派な建物かも知れない。
当然、クロスロード家に存在する建築物が倉庫に至るまで豪華すぎるって影響もあるのだが、それでもこれだけボロボロの建屋など紛いなりにもお嬢様として暮らしてきたマリアンナが目にするには人生初の経験だろう。
だが、マリアンナの表情や声色には一切の嫌悪感は含まれていない。
それどころかその瞳は好奇心でキラキラと輝いていた。
「ねえねえ、こういった古い建家ってお化けが出たりするって本当かな!?」
「さあ。ただ、町中に建ってる建造物にゴーストが出るんならとっくの昔に祓われてるだろけどな」
「じゃあ、地下室に秘密のダンジョンへの入り口が隠されてたりは!?」
「少なくとも、俺が知る限りでそんな危険な宿屋が王国内で運営されてるって話は聞いたことねえな」
そんな良く分からない会話を交わしながら宿の中へと足を踏み入れると思ったよりも清潔でしっかりとした内装に若干安心しながら、俺は今当に奥の部屋から年配の女性が慌てて出て来たカウンターまで迷わず足を進めた。
「宿泊をお願いしたいのですが」
「冒険者の方ですか?」
「先程登録を済ませて来たばかりなので、登録証はありませんが」
俺がそう返事を返すと、年配の女性は横の戸棚から何らかの魔道具を取り出しながら「お名前をお伺いしてよろしいでしょうか?」と尋ねてくる。
「レオンハルト・トロイアドです」
「レオンハルト様ですね。…………確認できました。それではお連れのお嬢さんはマリー・トロイアド様で間違いありませんね?」
そう問われ、自分でこの偽名を提案したくせにまだ慣れていないマリアンナはしばらくポカンとした表情を浮かべた後、ハッと何かに気付く素振りの後ブンブンと何度も首を縦に振った。
「それではこちらの書類に必要事項をご記入下さい」
そう言って渡された用紙にマリアンナがすぐ手を伸ばそうとするが、これ以上変な事をされては面倒なので素早く俺がその用紙を受け取り、後ろで若干むくれているマリアンナを無視してさっさと必要事項を記載し、年配の女性に用紙を返す。
「……はい、それでは3階の306号室をお使い下さい。なお、当宿は見ての通りかなり古い建物となります。そのため物理的、魔術的なセキュリティは特に設定しておりませんので、必要に応じてご自身で魔道具や魔術での対策を行っていただきますようお願いします」
「分かりました」
年配の女性から鍵を受け取りながら俺はそう返事を返し、その後近くにある食堂や入浴施設についての説明を受け後でマリアンナと共に指定された部屋へと向かった。
そして、案の定部屋にはダブルベッドが1つしか無いこと、そこまでプライバシーを気にできるほど部屋の広さがないことに頭を抱えながらも、一先ず夕食を食べに近場の食堂に出掛け、その帰りに公衆浴場で旅の汚れを落とし、再び部屋に帰ってきたところで持って来た魔道具で部屋のセキュリティを万全のものにしたところで俺は重要な案件をマリアンナと話し合うことにする。
「さて、いろいろと話すべき事はあるが……一先ず今はこの宿で一緒に生活する以上、最低限のルールを決めておこう」
「最低限のルール?」
「まず、ベッドはおまえが使ってもらって構わないが、その代わりにあっちのソファーは俺の寝床として使わせてもらう」
俺がそう告げると、マリアンナはキョトンとした表情を浮かべたまま「家のベッドより小さいけど、2人で寝るには十分な大きさだよね?」と予想どおりの言葉を口にする。
「いや、普通に考えて俺とおまえ、結婚しているわけでもない男女が2人で同じベッドに寝るのはおかしいだろ」
「べつにボクは気にしないのに。と言うか、レンだってボクをそう言った対象に見てないだろうしべつに良くない?」
マリアンナのその言葉に俺はため息を漏らしながら、いっそ今の関係がギクシャクする事になったとしてもある程度言っておかねばならないと決意し、真剣な表情で彼女を見つめながら口を開く。
「言っておくが、俺も男だし相応におまえのことを女として意識してるからな。確かに、おまえが自分で言うように年齢の割にはどちらかと言えば子供っぽい体型ではあるが、それでもおまえは間違いなく女性なんだからもっと危機意識を持て」
正直に言ってしまえば、俺はマリアンナに好意を持ってる。
確かに面倒臭くてとんでもないやつじゃあるのだが、それでもこれまでの付き合いの中で彼女は幾度となく俺の心を支えてくれて、認めたくはないが無くてはならない存在になっている。
だからこそこのような状況で男としての本能に抗えるか自信が無いため、無垢な信頼を向けてくれる彼女を裏切りたくはない俺はここできちんとある程度のラインをハッキリと区切る必要があるのだ。
「うーん……。でも、やっぱりボクばっかりベッドでゆっくりと寝て、レンだけソファーって言うのは納得できないか。だから、レンが一緒にベッドで寝られないっていうのなら、ボクの方がソファーで寝るよ」
マリアンナは真剣な表情を浮かべて俺にそう返事を返す。
そして、こういった表情を浮かべているときのマリアンナは絶対に意見を曲げないと知っている俺はどうしたものかと頭を悩ませていると、俺の考えが纏まるよりも先に再びマリアンナが口を開く。
「と言うか、そもそも力勝負になればボクの方が圧倒的に強いんだし、例え何かの気の迷いでレンがボクに襲いかかっても余裕で撃退できるから気にしなくて良いよ!」
そう自信満々に告げるマリアンナを見て、『まあ、余程のことが無い限りこいつと妙な雰囲気になることは無いだろうな』と悟った俺は、とりあえずベッドの真ん中に簡易的な仕切りを用意することで一応2人のスペースを分けるという案で妥協することになる。
そして、関係が崩れるかも知れないことを覚悟して『女性としての自覚を持て』と注意したにも関わらず、相変わらず俺の目の前で平気で着替えを始めたり、俺のことなど一切意識せずぐっすりと眠りについたかと思えばあっさりと仕切りを破壊して俺を抱き枕にするマリアンナに、俺は諦めのため息を漏らすしか無いのだった。
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