第13話 冒険者登録を済ませよう!

 組合事務所の2階に上がり、ボク達は迷わずに部屋の端っこの方に設置された登録者カウンターへと向かい、そこで暇そうに雑誌を読んでいた職員の女性に声をかけた。


「あの、すみません」


 流石にほとんど人が来ないような時間帯に来たと言う事で怪しまれるかと若干身構えながら声をかけると、ボク達のように日が落ちてから来る冒険者も珍しくは無いのか、それとも事前に北門で受けた検問の結果が共有されていたのか、職員の女性は特に怪しむ様子を見せること無く(若干面倒臭そうにはしているが)視線を上げると「ああ、冒険者登録ですね。それではこちらの書類の必要項目についてご記入をお願いします」と、ボクとレンにそれぞれ1枚の書類とペンを渡すと事務的な口調でそう告げたのだった。


(ええと……名前と年齢、誕生日と必要項目の同意欄にチェックを入れて最後にこの魔方陣に血判を押せば良いのかぁ。それで同意が必要な内容は……ざっと読んだ感じ『受けた依頼で命を落としても自己責任です』とか『依頼内容が事前の情報と違う場合もあるが、その場合組合は責任は取らないけど相応の報酬を上乗せします』って感じの内容かな。……まあ、特別ボク達冒険者側が一方的に不利益を被る内容じゃないし、組合が提携する施設を無償もしくは格安で提供されるってメリットもあるし、そのまま同意しても問題無さそうかな)


 書類を持って後方に置いてあったテーブルに腰を下ろすと、書類を確認しながらそんなことを考え、ボクは一応チラリと隣のレンがどう言った反応を示しているか確かめるためにこっそりと視線を送る。

 すると、レンはさっさと書類を書き上げてアイテムポーチから小型のナイフを取り出し、親指を浅く切るとそのまま血判を押して書類を完成させていた。


「……早くない?」


 もはやほとんど内容を読まずに書いたとしか思えないスピードにボクがそうツッコむと、レンは呆れたような表情を浮かべながら「いや、冒険者を目指してるんだったら最初の登録に必要な内容ぐらい事前に調べとけよ」と逆にツッコミを返される。

 そのため、ボクもさっさと書類の作成を急ぎ(名前を思わず本名で書こうとしてレンに注意を受けたが)、ボクもレンから遅れること数分でなんとか後は血判だけの状態まで書類を完成させる。


(さて、後は血判だけだけど……)


 試しにボクはテーブルの脇に置いてあったアイスピックのような針をケースから1本取り出し、それを右手にグーで持つとテーブルの上に手の甲を下にして置いた左手、その人差し指に一切の躊躇無しに振り下ろす。(その瞬間、背後で女性職員の「ヒッ!?」て悲鳴が聞こえた気がした。)

 しかし、ボクの指に触れた針は甲高い音を上げるとそのまま折れてしまい、ボクの指に一切傷を付けることはなく、ボクが勢い良く(当然かなり加減している)針を振り下ろした衝撃で多少テーブルがへこんでしまっていた。


(やっぱ無理か)


 ボクの体はボクの意思など関係無しに魔力によって強化されており、常人では考えられない身体能力を持っているだけでなく、当然ながらその身体能力に対応するだけの強靱な強度を誇る。

 そのため、ボクの体に傷を付けるならそれ相応の強度を持った武器で、更にはそれを魔力によって強化した状態でなければ一切傷付けることができないのだ。

 しかも、当然ながら肉体で強化された項目として魔力対抗力も桁違いな状態となっているため、並大抵の相手であればボクは攻撃を避けなくとも傷一つ負うことはないのだ。

 因みに、そう言った観点からボクにかすり傷を負わせた刺客の実力がかなりのものであったことが分かるのだが、恐らくあの一撃もボクの表皮を薄く傷付けるのが精一杯で直撃していたとしても大したダメージにはならなかっただろう。


「ごめん、お願いできる?」


 当然ながら魔力が使えないボクはボク自身に傷を付けることが不可能であるため、魔力を問題無く扱えてボクに傷を付ける程の魔力量と実力を兼ね備えたレンに左手を差し出す。

 するとレンはそれを予想していたのか「はいはい」と返事を返しながら、アイテムポーチから取り出した新たなナイフ(確か魔力無しでも薄い鉄板を切れるほどの強度と切れ味を持つやつ)を手に、ボクの左手を掴む。


「危ないから動くなよ」


 そうレンが声をかけるのと同時、高濃度の魔力を纏ったナイフが黄金の輝きを放ち始め、背後でバタバタと落ち着きがない物音と「ちょっとちょっとちょっと!!」という焦った女性の声が聞こえた気がする。

 だが、そんな声など無視してレンがボクの左人差し指にナイフを優しく当てると、まるで金属と金属がぶつかるような甲高い音が響き、それと同時にチクリとボクの左人差し指に鈍い痛みを感じる。


「あっ、良い感じ! 塞がる前に早く押さないと!」


 薄らと血が滲んだ指先を確認し、ボクは慌ててその指を書類の魔方陣に当てる。

 すると直後に書類が薄らと赤い魔力光に包まれ、今まで赤いインクで書かれてた魔方陣に青い魔力光が宿っていた。


「良かった、一発で成功だよ!」


 ボクは既に傷口が塞がった左人差し指から汚れを拭き取り、レンに笑顔でそう告げる。


「俺は若干魔力の加減を間違えた。……はぁ、このナイフは修理するのも結構かかるんだがなぁ」


 ボクの指に触れた部分が若干欠けたナイフをため息交じりにアイテムポーチに収納した後、レンは書類を持って椅子から立ち上がると「さて、そんじゃあさっさと手続きを済ませて――」とカウンターに視線を向け、そこで何かに気付いたようにハッとした表情を浮かべて『やってしまった』と言わんばかりに額に手を当てて大きくため息を吐いた。


「ん? どうしたの?」


 ボクがそう問うと、レンは無言で『あっちを見てみろ』と言う視線を登録者カウンターの方へ向ける。

 そのためボクがそちらに視線を向けると、そこには驚愕の表情を浮かべたままその場で固まっている受付のお姉さんがいた。


(……あっ。あの程度の魔力を使った武装強化はクロスロード領騎士団だと普通だけど、他ではそうでも無いんだっけ。だったらもっとこっそりやらないとダメだったかなぁ……。まあでもこれからもっともっといっぱい凄いことやる予定だし、最初にこんくらい強烈な印象を与えといた方が『この2人だったら何やってもおかしくないな』って疑問を持たれにくくなるかも。それに、マリアンナ・ルベル・クロスロードは世間一般にその赤い左目と同じくらい魔力が無いってことも有名だし、これでなおボクがマリアンナだってバレにくくなったよね!)


 そうポジティブに解釈したボクは、素知らぬ顔で登録用紙をカウンターまで持って行くと「これで良いですか?」と、未だ状況に思考が追い付いていない女性職員に声をかける。


「え? ええと……はい、必要事項は…大丈夫ですね」


 混乱した表情ながら慣れた定型文を読み上げるかの如く女性職員がそう返事を返し、ボクは彼女がまともな思考を取り戻す前に「さあ、レンも!」と声をかける。

 すると、レンももはやあれこれ考えるのが面倒になったのかボクが言うとおりカウンターに書類を提出し、「登録証の発行は明日の何時頃になりますか?」と女性職員に声をかける。


「へ? ……ええと、明日の登録証発行予定時間は10時となります」


「冒険者登録に関する一通りの説明と、初級冒険者用に設定される簡易任務の案内もその時で良いんですよね?」


「え、ええ。問題ありません」


「でしたら、今日はもう遅いで宿に向かいたいんですが…提携する宿屋でおすすめはありますか?」


「ええと、それでしたら宿屋街に入って右側にある2つ目の路地を進んだ先にある『雛鳥の巣』という宿屋でしたら、格安でこの時間からでも2人部屋が取れるとは思いますが」


「ありがとうございます。さあ、マリーお嬢様。早く行きましょう」


 もはや考える間を与えず次々と話進めるのでボクも呆気に取られてしまい、『マリーお嬢様』というのがボクの設定であることも忘れてボケッとしていると、レンから再度「お・嬢・様?」と若干圧が強い口調で声をかけられたことでようやく設定を思い出し、慌てて「そ、そうだね!」と返事を返すとそのままレンと逃げ出すように冒険者組合事務所を後にするのだった。

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