第12話 冒険者組合事務所を目指そう!

 検問を終え、ようやくハグジーナの町へと入れたボク達はしばらくの間無言で通りを歩いていた。

 そして、先頭を歩くレンが真っ直ぐ組合事務所まで繋がる大通りを進まずに人気の無い路地へと進んで行くのをボクは不思議に思ったが、ある程度路地を進んで周囲に人気が無いのを確認するとレンは足を止め、ボクの方を振り返ると口を開いた。


「おまえはいったい何考えてんだ!!?」


 レンには珍しくかなり取り乱した感じでそう声を上げたので、ボクは思わず一歩引き下がりながらも「でも、結局無事に町には入れたんだし良くない?」と声をかける。


「良いわけあるか!! おまえ、これで俺達はこの町では一応夫婦として接しなければいけないんだぞ!?」


「べつにそう言う設定、ってだけでしょ? そこまで気にすることかなぁ」


「……おまえ、組合が提携する宿で冒険者の夫婦はそれぞれ別途に部屋を取れないって知ってるか?」


 始めて聞く情報に、ボクは「へえ、そうなんだ。でも、2人で一部屋と言っても1人部屋よりも広いんだよね? それだったら問題無い気がするけど」と返事を返すと、レンは『嘘だろ?』と言いたげな視線を無言で向けてくる。

 そこで大体レンが言いたい事を察したボクは、若干不機嫌になりながら頬を膨らませて口を開く。


「むぅ。流石にボクも普通だったら男性と同じ部屋で過ごすにはイヤだよ。でも、レンだったら間違いも起こらないって信頼してるし、物心付く頃からずっと一緒だったし本当に兄妹って感じだから安心できるだけだよ」


 ボクがそう告げるとレンはため息を漏らしながら肩を落とした後、ガシガシと乱暴に頭を掻いて視線を上げると「ほんとおまえは卑怯だよな」と文句を漏らしながら視線を上げ、「分かった。これ以上この件でとやかく言うのは止めだ。ただ、俺とおまえは本当に夫婦ってわけじゃねえんだから、人目の無い部屋の中でも俺がいる時にはそれなりに節度ある行動を意識してくれよ」とボクに告げた。


「勿論だよ! と言うか、ボクがレンの前で節度無い行動を取った事なんて無いと思うんだけど」


 胸を張りながらボクがそう告げると、レンは信じられいない物を見るような目でボソリと「それじゃあ、ハルモニアの湖でのあれもこいつにとっては普通の行動だって言うのか……」と言葉を漏らしていたが、何のことか良く分からないボクはその発言をスルーして話を進めることにする。


「そんなことより早く組合事務所に向かった方が良くない? いつ如何なる時でも迅速な対応ができるように窓口は24時間空いてると言っても、あんまり遅くなると食堂は流石に24時間営業じゃないから晩ご飯を食べる時間が無くなっちゃうよ!」


 ボクがそう告げると、レンは何度目かの軽いため息を漏らしながら「そうだな」と力無く答える。

 そして、そのまま路地を進みながら再び大通りに出ると今度は真っ直ぐに組合事務所を目指して歩みを進めて行った。


 完全に日が落ちた事で人通りが疎らな大通りをしばらく歩き、ボク達は町の中央にある一際大きい建物の前まで辿り着く。

 当然ながらここがボク達の目的地である冒険者組合事務所で、ここで冒険者の登録から任務の受注、それに探索の結果手に入れた情報や素材の査定と買い取りをしてくれるのだ。

 因みに、この組合事務所を中心に東西南北に大通りが門まで続いており、大まかにボクらが通って来た北側は住宅区、南側が宿場区、東側が商業区、西側が飲食区と言った感じで分かれているらしい。


「家のお屋敷くらいの大きさかな」


 建物を見上げながらボクがそう告げると、レンは「母屋だけで考えればそうだろうな。ただ、庭とか離れを合わせれば圧倒的にクロスロード家の屋敷の方が大きいがな」と返事を返してくれた。


「これってそのまま1階のカウンターに向かえば良いの?」


「いや、確か1階カウンターでできるのは依頼の発注と受注だけで、冒険者登録は2階の窓口だったはずだ」


 レンはそう答えながらアイテムポーチから『ハグジーナ冒険者組合ガイド』とタイトルが書かれた一冊の本を取り出し、『冒険者登録について』と書かれたページをボクに見せてくれた。


「……もしかして、ボクが言わなくてもレンって最初からこのハグジーナの町で冒険者になるつもりだったの?」


 あまりに準備が良いレンにボクがそう問うと、レンは若干考えた後に「いや、ただの趣味である程度大きい町にある施設のガイドブックは大抵揃えてるってだけだ」と答えながら、アイテムポーチからいくつかのガイドブックと取り出して(別の町にある組合事務所のガイドブックだったり、それ以外の主要な施設のものだったりバラエティ豊かだった)ボクに見せてくれた。


(やっぱり騎士見習いとしてボクよりはいろいろな町に行ってるとしても、ろくに観光なんてできないだろうからこう言ったガイドブックっで観光気分を味わってたのかな? それにしても、レンにこんな趣味があったなんて知らなかったなぁ)


 そんなことを考えながらボクは「そうなんだ」とだけ返事を返し、レンが再び取り出した数々のガイドブックをアイテムポーチに収納するのを待ってから「それじゃあさっさと登録を済ませちゃおうよ」と声を上げ、そのまま足早に組合事務所の中へを足を進めるのだった。


 組合事務所内は夜間にもかかわらずそこそこ人がおり、素材の買い取りを待つ冒険者の談笑する声や任務の説明を行う職員、職員にいろいろと質問を投げかける冒険者など声でそこそこ賑やかだった。


「日が落ちた後でもこれだけ人がいるんだ」


「それでも昼に比べたらだいぶ少ないんだろうがな。前に聞いた話だと9時過ぎから18時くらいまではかなり混むから、その時間を避けて人の少ない早朝や前の日の夜に依頼を受ける冒険者もそこそこいるって話だったな」


「そうなんだ。だったらボク達も登録が終わったら今日の内に良さそうな任務を受けとく?」


 1階の中央に設置されたクエストボードと呼ばれる掲示板の方に視線を向けながらボクがそう問い掛けると、レンは「いや、基本的に張り出された依頼が更新されるのは朝の9時と昼の1時だから今残されてるのは緊急性が低くて報酬が安く、そのくせ難易度は高いって任務ばかりだ。だから、混むとしても明日の朝まで待った方が比較的良い依頼を受けやすいと思うぞ」と返事を返す。


「うーん、ボクはそこら辺の知識はあんまり無いしレンの判断に任せるよ」


「そうしてくれると助かる。まあ、どちらにせよ最初は初級冒険者用に組合が用意した基本任務をいくつか受けるのセオリーだから、受ける任務の心配は10級に上がるまで無縁だろうがな。そもそも、そこまで持ち合わせが無いからあんまり上の階級に設定された任務は保証金が払えねえしな」


 冒険者は基本、登録してから基本的な任務を熟す能力を培うための試験的登録期間として初級の地位から始まる。

 そして、『薬草採取』や『規定のチェックポイントを回ってそこに記されたキーワードを期日までに報告する』などの簡単な任務をいくつか熟すと10級へと上がり、そこから達成した任務の件数や持ち込んだ素材の希少性などでポイント貯まり、やがて次の階級へと上がれると言ったシステムになってる。

 ただ、一定のポイントを貯めるだけで上がれるのは4級までで、そこから先は周りからの評価や熟した任務の重要度や発見してきた素材の希少性などで一定以上の評価を受ける必要があり、実力はあっても人間的に問題がある人物は3級以上には進めないシステムとなってるのだ。

 しかし、裏を返せば4級までは一定のポイントを貯めれば誰でも上がれるため、人によっては初級の基本任務さえ飛ばして冒険の末に手に入れた希少素材を売って一気にポイントを稼ぎ、短い期間で4級まで上がる冒険者も少なく無いのだとか。

 因みに記録が残っている限り最短で4級まで上がった記録は43日で、『竜の塒』で火竜(と言っても火竜の中で最も弱いとされるレッサーフレイムドラゴンだが)を討伐し、その素材を持ち帰った女性冒険者(現在この人は10人しかいない特級冒険者の一人だ)とその兄(こちらはその3年後に『引き裂かれた大地』を探索中に行方不明になってしまったらしい)のコンビだ。


 それと任務にはその難易度を組合が審査し、適切な推奨階級が設定されるのだが、べつにその階級でなければその任務を受ける事ができないと言うわけでは無い。

 その代わり、任務を受ける場合は任務に失敗した場合に発注者に支払われる補償金を受注者が負担しなければならず、事前に保証金を支払う必要がある(任務に成功すれば報酬と一緒に帰って来るが、失敗すれば当然没収される)のだが、推奨階級に満たない冒険者が受注する場合はその階級差に応じて支払う保証金の額も増加するシステムになっているのだ。

 因みに、推奨階級より上の冒険者が下の任務を受ける場合は保証金が減額される代わり、補習額も減額されるのでほとんどの人が自分の階級に合った任務を受けるのが基本となっている。


(それに、最初は必要な資金を貯めるためにいくつか任務を受けるけど、ボクの華々しい英雄譚を彩るために一月以内には『竜の塒』で火竜を狩って4級まで上がる予定だし、森でレンにも火竜を倒すことは伝えてあるからそれを中心に受ける任務を考えてくれるよね)


 そう絶対の信頼を寄せるボクは、まさかレンがボクが告げた『火竜を倒す』って発言が『いずれ』と言うだけで『火竜を狩って素材を売却し、4級到達最短記録を塗り替える』と言う前提があることを理解していないとは思っておらず、「とりあえず今日は疲れたし、今日は登録だけ済ませて明日の朝から今後の方針を決める感じで行こうよ!」告げ、そのまま登録受け付け窓口がある組合事務所の2階へと足を向けるのだった。

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