第11話 冒険者が集う町

「思ったよりも時間掛ったね」


 恐らくそこまでの疲れは無いのだろうが、マリアンナはいかにも疲れたと言わんばかりに汗を拭う仕草をしながらそう声にする。

 因みに、まだ本格的に熱くなる前だとは言っても結構気温が高い中で長距離を移動したので流石の俺でも額に汗が滲んでいるが、熱を集めやすい黒い服を着ているマリアンナの肌には一滴たりとも汗が滲んでいる様子はないのだが。


「結局、日没前までには辿り着かなかったな」


 俺は目の前に見える既に日が落ちて暗くなったことでライトに照らし出されたハグジーナの町に入るために通る必要がある門の1つ、北門を見つめながらそう返事を返す。


 このハグジーナの町は王国で最も冒険者が集まる町だと言われており、その次に多いとされる王都の実に3倍は冒険者が暮らしている。

 その代わりに王都と違って住民の7割以上が冒険者かその家族ではあるのだが、それだけ極端な比率になるのには当然ながら理由がある。

 その理由というのは、このハグジーナの町周辺には他の地方よりも多くの魔物が溢れ、魔科学が発達した現在でも人類が容易に足を踏み入れることができない危険な地域が多数集中しており冒険者が一攫千金を目指して冒険する土地が豊富に揃っているからなのだ。

 そのため、ハグジーナの町は魔物からの襲撃に備えて王都と同程度以上の強度を誇る強固な外壁で覆われており、人に化ける魔物の侵入を防ぐために東西南北に存在する門で熟練の騎士達が監視を行っている。


「町に入るために、先ずは門にある関所で簡単な検問があるんだっけ?」


「そうだな。まあ、聞かれるのはハグジーナの町を訪れた理由とか名前程度だからそこまで難しい質問はないんだが……」


 俺はそこまで答えて一旦言葉を切り、少し躊躇った後に再度口を開く。


「本当にあの設定で行くのか?」


 そう俺が尋ねると、マリアンナはキョトンとした表情を浮かべながら「設定?」と漏らした後、ようやく何が言いたいかを察した表情を浮かべて得意気に告げる。


「良いも何も、一番ボク達の正体がバレにくい完璧な設定だと思わない?」


「いや、他にいくらでも誤魔化しの利く設定はあると思うが……」


「でも、この設定だったら周りの人もまさかボクが第三王子の婚約者であるクロスロード家のマリアンナだとは思わないはずだよ!」


 そう力説するマリアンナに俺は「おまえの場合は特徴的なその左目さえ見られなければどれだけでも言訳ができると思うんだが」と返事を返すが、マリアンナは特に気にする素振りも見せずに「ボクがこの設定を思い付いたのは、やっぱりいざという時に本当の名前を口にしそうになる危険性は高いんじゃないかって危機感からだったんだ」と何度目になるか分からない設定を思い付いた経緯を語り出す。


「だけど、当然ながらそのままの名前を使ったら父上達はもちろん第三王子側にもボクらの存在がバレる恐れがある。だったら、ボクの場合はある程度長い名前だから縮めて愛称のような名前にして、逆に短い名前のレンは長い名前にして愛称でレンになるような偽名にしてしまえばどうかって考えたんだよ」


「まあ、俺はおまえのことをほとんど名前で呼ばないからどっちでも良いんだが、おまえは間違いなく俺のことをどっかのタイミングでレンって呼ぶだろうな」


 諦めて俺も何度目になるか分からない返事を返すと、いい加減否定するのが面倒になったのか、それとも良い負けるのをようやく理解したのかマリアンナは俺の言葉をスルーして言葉を続ける。


「そして、レンの名前をクロスロード家の令嬢で第三王子、レオンハルトの婚約者となったマリアンナが最も一緒にいるはずがない人物の名前にすることで、更に周りがボク達の正体に気付きにくい仕掛けを思い付いた、と言うわけさ」


「……で、これから冒険者として名乗る俺の名はレオンハルト・トロイアドになった、と」


「そう! まさか、姿を消したボクが婚約者であるはずのレオンハルト第三王子と同名の人物と共に冒険者をやってるなんて誰も考えないはず!」


 自信満々にそう語るマリアンナに俺は『レオンハルトを愛称で呼ぶならレンよりもレオンが一般的では?』とかいろいろとツッコミを入れるか悩んだが、どうせ聞きはしないのだろうからさっさと会話を先に進めるべく再度口を開く。


「そんで、おまえは愛称として分かりやすいマリーと名乗り、俺とおまえが姉弟だって設定にするためにトロイアドの姓を名乗る、と。……なんでおまえが姉で俺が弟なんだ?」


「だって、明らかに年下に見えるボクが姉を名乗ることでより正体がバレにくくなるじゃん! だから、今日からボクがレンのお姉さんで年齢も21ってことにするから忘れないでね!」


 かなり無理がある設定だとは思うが、冒険者は様々な事情を持った者が正体や年齢を偽って登録しても何ら罪に問われる事はない。

 それは何故かというと、冒険者はその危険な仕事内容から年間多くの者が命を落としており、それでも組合に寄せられる依頼や調査を行わなければならない未開の地は多数存在することから常に慢性的な人手不足に陥っている。

 だから人には言えない事情を持つ者でも幅広く受け入れ、階級制度で能力と人格に問題無い冒険者を選別することで対外的なアピールに使えるような人員を確保する、と言った感じで運営を行っているのだ。

 因みに、現在冒険者のトップである特級に所属する10名の冒険者の内、過去の経歴がハッキリとしていて年齢と本名が判明している人物はたったの3名しかいない。(しかもその内2名は特級に上がるまでは偽名で活動していたらしい。)


「はいはい。それより、本当に検問での受け答えはおまえがやるのか?」


 若干不安を隠しきれていない声色で俺がそう尋ねると、マリアンナは自信満々に「当然!」と返事を返した後、「だって、冒険者に登録した後は登録証を見せるだけで門を通れるようになるんだから、こんな検問を受ける機会なんてこれが最後かも知れないじゃん!」と目を輝かせながら言葉を続ける。

 因みに、ここでの聞き取り結果はすぐさま組合に共有され、もしも冒険者登録のために訪れたと語る俺達がすぐに組合事務所に向かわなかった場合や冒険者の登録時に異なった情報を告げれば即座に俺達の手配書がハグジーナの町中に広まる事になる。


「お願いだから、変なことを言ってややこしい状況にはしないでくれよ」


「心配しなくてもレンは大船に乗ったつもりでボクに任せてれば大丈夫だから!」


 笑顔でそう答えるマリアンナに、俺は拭い去れない不安を感じてはいたものの、どうやっても引き下がらないだろうと諦めのため息を漏らし、「そんじゃあそろそろ行くか。あんま遅いと食事を摂る時間がなくなりそうだ」と告げて北門へ向けて足を進めた。


 そして北門へ辿り着いた俺達は、他の旅人が並んでいる(俺達の前に冒険者らしき集団が3組とそれ以外の商人や旅人が5組くらいいた)検問所の列に並び、一人ずつ門の脇に立てられた小屋に呼び出されるのを眺めながら自分達の番が来るのをおとなしく待つ。


「次の2名、入れ!」


 10分ほど待ったところで門番の騎士にそう声をかけられ、俺とマリアンナは指示されたとおり小屋へと足を踏み入れる。

 するとそこには何らかの魔道具(確か魔力の反応を察知し、魔術発動の予兆を捕えると警報が鳴る魔道具だったか)を乗せたテーブルと検問を担当する検査官1人(年齢は50代と言ったところの小太りの男性だった)、護衛の騎士2名(全身鎧の影響で詳しい年齢は分からないが、体付きから170後半くらいの方が男性で160中盤くらいの方が女性だろう)が待ち構えており、俺達はそのまま検査官と向き合う形でテーブルの前まで進んで歩みを止める。


「まず始めに、お二人は冒険者の登録証はお持ちですか?」


 そう検査官に問われ、俺とマリアンナは同時に「いいえ」と答えを返す。


「そうですか。それではいくつか質問をさせていただきます。今回お二人がこの町を訪れた理由は?」


「ボク達は夢だった冒険者になるため、この町には冒険者登録と今後の活動予定とするために来ました」


 若干緊張した声色でマリアンナがそう返事を返すと、検査官は「なるほど」と言葉を漏らしながら手元の書類にチェックを付ける。


「では、お二人の名前をお聞かせ下さい」


「ボクの名前はマリー・トロイアドで、こちらがレン…レオンハルト・トロイアドです」


 一瞬俺の名前を普通に答えそうになったものの、なんとかマリアンナがそう誤魔化すと検査官は特に何も言う事無く手元の書類に何かを記載した後に再度マリアンナを見つめながら質問を続ける。


「ファミリーネームが同じトロイアドだと言うことは、お二人はご兄妹か何かで? 失礼ながらあまりお二人は似ているように見えないので、もしかして親戚とかそう言った間柄ですかね」


 確かに、俺とマリアンナの顔付きは全然似ていないので親族だと言われても今一ピンと来ないのは分かるが、べつに顔付きが似ていない親兄弟だってそこらにいるため、本当に俺達の関係を疑ったいる訳ではないだろう。

 恐らくこの質問は、俺達の反応から虚偽の回答をしていないか確認するためのもので、それを分かっているのなら堂々と返事を返すことで難無く躱せる程度のものでしか無い。


 だが、どうやらこう言った場に不慣れなマリアンナは想定外の事でテンパり、おかしな思考に迷い込んでしまったらしい。


「い、いえ! その……兄妹ではありません!」


 その返事に、俺は思わず驚愕の表情を浮かべそうになるのを必死に堪える。


「そうですか。では、いったいどう言ったご関係で?」


 急に慌てだしたマリアンナに、怪しい気配を感じ取ったのか検査官が若干目を細めながらそう問い掛ける。


「その、レンは……お――」


 もはや俺のことを普通に『レン』と読んでるし、『兄妹ではない』と答えながら当初の設定通り『弟』と答えようとしているマリアンナに、俺はすぐさまフォローを入れるための言訳を考える。


(『兄妹』でなく、『姉弟』なので咄嗟に否定したってことにするか? だが、その前の会話で似てないと指摘されてすぐさま否定した以上、その言訳でもきつか。だったらいっそ、腹違いの姉弟という設定にしてしまえば――)


 刹那の間にそれだけ思考を巡らせていると、どうやら『弟』と回答するのはマズいと気付いたらしいマリアンナが一瞬言葉を切り、再度口を開くととんでもないことを口にする。


「お、夫です!」


 変な声を上げそうになるのを辛うじて我慢し、俺は検査官と背後の騎士2人から向けられる視線を感じながらもなんとか平静を装う。


「……失礼ですが、マリーさんの年齢は? 見た目だけで判断できるものではありませんが、見た感じ結婚が許可されている16を越えているようには見えないのですが」


 この国で結婚が認められるのは16からなので、昨日16になったばかりのマリアンナは当然ながら結婚が認められる年齢だ。

 だが、16才の平均身長が166程度と言われているのに対しマリアンナは156ちょっとと小柄な方だし、綺麗と言うより可愛いと表現した方がしっくりくる童顔であるためパッと見た感じだと十代前半にしか見えない見た目をしている。

 そのため、こうやって検査官が疑問に思うのも仕方のない事なのだが、昔から幼く見られる事を快く思っていないマリアンナはここでも余計な事を口走る。


「ちゃんと昨日、ボクは16になったばっかりなんだから!」


 もはや当初の設定など見る影をなくし、俺は遠い目をしながらもはや『こうなりゃなるようになれ』と自暴自棄な考えが頭の中を支配する。


「16になったばかりと言うことは、お二人は昨日か今日にご結婚したばかりであると言うことですね?」


「そ、そうだよ」


「それにしてはお二人も指輪をされていませんし、そもそもなぜ結婚したばかりで冒険者を目指してこの町へ?」


 その質問に、オロオロと視線を彷徨わせた末にマリアンナは俺に助けを求めるような視線を向ける。

 そのため、俺は心中で(こんな事になるくらいだったら、マリアンナが後で不機嫌になったとしても無理矢理にでも俺が答えれば良かったなぁ)などと愚痴を漏らしながらそれっぽい表情を浮かべて口を開く。


「実は、先程お嬢様が俺を夫だと言って下さいましたが、俺達は正式に夫婦と認められた訳じゃないんです」


 そう俺が答えると、検査官は表情を緩めないまま「差し支えなければ事情を伺っても?」と問い掛けてくる。


「俺は旦那様…とある地区で商売を営んでおられるお嬢様の父親に幼い頃に拾われた孤児で、お嬢様が幼い頃から歳の近い使用人としてお嬢様のお世話をさせていただいておりました」


 俺の言葉に、マリアンナは『えっ!?』と言う表情を浮かべているがそれを無視して俺は話を続ける。


「そして、長年お嬢様にお仕えする中で俺にとってお嬢様は大切な存在となっていたのですが、お嬢様が16の誕生日を迎えると同時に旦那様が決めた婚約者との結婚が決まっていると知り、俺は自分の思いをお嬢様に告げて屋敷を去ることを決意したのです」


 そこで一旦俺が言葉を切ると、検査官は少しだ納得したような表情を浮かべながら「なるほど。周りに認められぬ恋だからこそおとなしく身を引こうとした訳ですね。しかし、それではなぜ今、二人でこの町へ?」と想像通りの問いを口にしたので、俺はそのまま頭に浮かんだシナリオ通りに説明を続ける。


「俺は叶わぬ恋なら、と最後の思い出として思いを伝えただけだったのですが、嬉しいことにお嬢様は俺の思いを受け止め、そして俺と共に屋敷を抜け出すことを申し出て下さいました。そして、学が無くとも腕にそこそこの自信がある俺でもできる仕事として冒険者を目指すことにし、最も冒険者が集う地であるこの町へとやって来たのです」


「なるほど。そう言った事情がお有りでしたか……。しかし、それではなぜレオンハルトさんはマリーさんと同じトロイアドのファミリーネームを使っておられるので?」


「俺は生まれて間も無いの頃に両親に捨てられて孤児となり、そのせいでファミリーネームを持ちません。なので、たとえ誰にも祝福されること無く正式に夫婦と認められないとしても、それでも俺達が間違いなく家族であると言う証拠にトロイアドの名を名乗って欲しいと……。なので、それが叶わぬなら俺はただのレオンハルトとして、お嬢様の従者として共に歩むだけです」


 俺の演技をどこまで信じてくれたのかは分からないが、検査官はしばらく考える素振りを見せた後に手元の書類に何かを書き込むと、顔を上げて「安心して下さい。あなた達のように複雑な事情を抱えて冒険者を目指す方は多いので、それを理由に追い返したりはしませんから」と笑顔を向けてくれた。


「それでは!」


「ええ、これで検問は終了です。冒険者が集う町、ハグジーナの町へようこそ」


 こうして俺達は無事に検問を突破し、ハグジーナの町へと足を踏み入れることができた。


 その代わり、マリアンナは『使用人の男と駆け落ちしてきたお嬢様のマリー』、俺は『身分違いの恋心を抱いてお嬢様を攫って逃げ出した従者レオンハルト』と言う特殊な夫婦という設定を背負うこととなったが。

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