第10話 『引き裂かれた大地』を抜けて

 昼食を終え、マリアンナには今度こそ事前に俺が準備していた仕切りの中で着替えてもらい、俺達は『引き裂かれた大地』を出るために北に向かって歩みを進めて行く。


「確か、『引き裂かれた大地』には休憩所が建っててそこからハグジーナの町まで定期バスが出てるんだっけ?」


「ああ、そうだな。だが、ここからハグジーナの町まで歩いて行けない距離じゃないから路銀の節約のために乗る予定は無いがな」


 ここから休憩所までは平均的な実力の冒険者でもだいたい3時間も歩けば辿り着ける距離だという話だし、休憩所からハグジーナの町までは休憩を入れて多めに見積もっても5時間程度で辿り着く距離だと言われている。

 それぐらいの距離であれば俺とマリアンナであればほぼ休憩無しで移動できる距離だし、俺達の足だったら多少早歩きをする程度でもっと早く辿り着くだろう。

 だったら、いつ先程の刺客が再び襲って来るか分からない以上バスという逃げ場のない空間に詰め込まれるよりも自分の足で見通しの良い平原地域を歩いた方がリスクは少ないだろう。


「それは残念だなぁ。ボクってクロスロード家が保有する専用機ばっかで一般的に運用されている魔動車って乗ったことないから乗ってみたかったんだけど……まあ、今後乗る機会もあるだろうし、ある程度資金が貯まるまでのお楽しみに取っておくしかないね」


 流石のマリアンナも自分が無一文の状態で我が儘を言うほど常識知らずというわけではないようで、そう大人しく引き下がると話題を変える。


「そう言えば、『引き裂かれた大地』に足を踏み入れた冒険者の人数は休憩所に待機してる組合職員がカウントしているんだったよね?」


「そうだな」


「だったら、ちゃんとした入り口から入ってないボク達って正規の手付きを経ずに領地を移動してるから拘束されたりするんじゃない?」


「そこについては問題無いぞ。この『引き裂かれた大地』はハルジー領の北東から南まで一部クロスロード領に隣接しながら広大な範囲に渡って存在する国内最大規模の渓谷地帯だから、クロスロード寮及びハルジー領のどちらからも年間そう少なく無い人数が様々な要因で落下する事故が多発してんだよ。そんで、その7割の事例で落下したやつらは行方不明か死亡してるんだが、それなりの実力者が南北の休憩所に近い位置で落下した場合は大抵生存したままで休憩所に辿り着くんだよ。んで、基本的には休憩所で組合職員に事情を説明して自身の所属を示す物を提示できれば問題無く通してもらえる、ってわけだ」


 俺がそう説明すると、マリアンナは少しだけ考える素振りを見せた後に「でも、流石にクロスロード領騎士団所属だって言っちゃうと身元確認とかで足止めを食らったりするんじゃないかなぁ」と問い掛けてくる。


「そうだろうな。だが、当然ながら俺はそんなアホな真似はしねえさ」


 そう言いながら俺はアイテムポーチからとある紋章が刻印された鉄製のプレートを取り出してマリアンナに見せる。


「それって……王都所属の商会に支給されてる通行手形? なんでレンがそんなの持ってるの?」


「まあ、昨日おまえの話を聞いてからどうせどっかのタイミングで身分を隠しままどこかの領地に出るだろうと思って、そん時に使えるように急ぎ伝手を使って準備しといたんだよ」


 俺がそう説明すると、マリアンナは感心したように「そんなに準備の時間も無かったのに、思いの外凄い知り合いがいるんだね」と言葉を漏らす。


「とりあえず、これを見せて俺達は王都からハルジー領に資材の調達に来た商隊に付いて来た冒険者志望の若者、って設定で行こう。んで、ハルジー領北部にあるハルジオンの町からクロスロード領のロンジアナの町目指して『引き裂かれた大地』に沿って進んでたところで魔物の群れに襲われ、俺とおまえだけが他の仲間からはぐれて逃げ続けた結果『引き裂かれた大地』に落ちて、たまたま途中の木々に引っ掛かったから地面に叩き付けられることもなく一命を取り留めた、って筋書きでどうだ?」


「良いと思うけど……なんか、ボクが説明すると余計な事を言っちゃいそうだし説明はレンに任せてボクは黙っとくよ」


 そう告げるマリアンナに、俺が「それが良いだろうな」と返事を返して会話が終了し、それから俺達は黙々と休憩所目指して足を進める。

 途中、3組ほど冒険者らしき集団とすれ違ったのだが、その全てに呼び止められることになった。

 だがそれも仕方のない事かも知れない。

 恐らくはある程度奥の方から俺達のような若い、と言うか幼い見た目(俺はともかくマリアンナは下手すると10歳前後に見える)の2人が現れた事に驚き、声をかけずにはいられなかったのだろう。

 だが、俺の説明を聞いた上で感じる魔力量である程度の実力を把握するとすぐに納得してくれ、魔力を感じないマリアンナについても装備している『漆黒の衣』と左目を隠す眼帯型のオーパーツから只者では無いと判断して深く事情を追求されることはなかった。

 因みに、『漆黒の衣』はそこそこ高価な装備ではあるもののそこまで珍しい品というわけではないが、基本的に鎧形態バトルモードでは黒を基調とした派手なデザインの鎧(男性の場合は黒と赤を基調とした軽装鎧に漆黒のマント、女性の場合は後ろに長く派手な飾り布が付いたスカートに随所にフリルがあしらわれた黒と白を基調としたバトルドレス)であるため、通常形態ノーマルモードで着ている人は極希に見かけてもバトルモードで着ている人はほとんどいないらしいのだが、当然ながらマリアンナは常に鎧形態で着用している。

 それとこれは余談だが、鎧としての能力は魔力での強化ありきなのでどちらの形態でもそこまで防御力に違いはないし、どちらも自己修復機能は発動する。


 そうして俺達は順調に歩みを進め、2時間行かないくらいの時間で休憩所が目視できる位置に辿り着き、その段階で俺はマリアンナに「その格好は無駄に目立つから、余計な注目を集めないように通常形態に変えてくれ」と頼み込み、渋々ながらもなんとか納得してくれたマリアンナは『漆黒の衣』を普通の布製鎧に近い見た目(それでも黒を基調としたデザインだが)に変え、俺達はそのまま休憩所にある冒険者組合の出張所に足を踏み入れる。

 正直、ここでクロスロード領からハルジー領や組合へ俺達2人の正式な捜索要請が出ていれば身柄を拘束される危険性もあったが、固定型の通信魔道具回線が接続されているのは自身の領地を除けば王都だけであるため俺達の情報がハルジー領まで共有されるのはもう少し時間が掛ると予想していたが、その予想が当たるかは半ば賭けだった。

 だが、どうやら俺の賭けは上手く行ったらしく通行手形と状況の説明で組合職員は納得してくれたようで、このままハグジーナの町まで一旦向かうためにバスに乗るかどうかを確認されたが、俺はそこまで手持ちが無いことと他の仲間が俺達を探しにこっちに向かっているかも知れないと説明し、すぐにここを立つ旨を伝えるとあっさりと通してもらえたのだった。


「……案外あっさりだったね。と言うか、あのおじさん全然やる気無さそうだったね」


 休憩所から出てしばらく歩いたところで周囲に人がいないのを確認しながらマリアンナは小声でそう声を掛けて来た。


「まあ仕方ないんじゃねえか? そもそも、ここに来る定期バスって1日4本だけで朝9時から3時間間隔、そんで夕方6時が最終だ。それで俺達がここに来るまでにすれ違った冒険者はたった3組の合計10名で、俺達が通った以外のルートにいた冒険者を考慮しても今日1日で休憩所を訪れた人数は50人もいないだろうし、そんだけ人が少ない場所で、あそこが簡易的な宿所として利用されることを考えると夜間の運営まで含めてまる1日拘束されるんじゃやる気も出ないだろう」


「……確かに。ボクだったら退屈すぎて1日持たないかも」


 街道に沿って歩きながらそんな会話を交わしていると、3時の便だと思われるバスが前方からやって来たので俺達は通行の邪魔にならない位置まで移動する。

 そして、擦れ違いざまに確認したバスの車内には運転手以外の人影はなかった。


「そもそも、ここまで人が少ないんだったら休憩所に職員を置く意味ってあるのかな?」


 ガラガラのバスを見送り、マリアンナは苦笑いを浮かべながら俺にそう問い掛ける。


「今回、俺達が歩いた箇所は広大な『引き裂かれた大地』のほんの入り口部分なんだが、魔物とかもほとんど出なかったろ?」


「あっ、そう言えばそうだね」


「あそこの本番はハルモニアの湖から中心に向かって数キロ進んだ先で、そこら辺を探索する冒険者は基本的に1度入ると数日は出て来ないんだ。だから、そう言った冒険者がいつどう言ったタイミングで戻って来ても適切な対応ができるよう、職員が1人はいてすぐさまハグジーナの町にある組合事務所と連絡が取れないと問題があるんだよ。それこそ、命辛々逃げて来た冒険者が『引き裂かれた大地』の奥地から魔物の大群が押し寄せてきてる、って情報を持ってくるかも知れないんだからな」


「それって、全員やられていきなり魔物の大群が休憩所を襲ったら意味なくない?」


「その場合でも定時連絡が途絶えればすぐに異常に気付くだろ。だから、どちらにせよ異常が起きていないか把握するための観測所としてあそこと南側の休憩所は必要なんだよ」


 俺の言葉にマリアンナは「ふーん、そんなもんなんだ」と返事返し、それから『引き裂かれた大地』やこれから行くハグジーナの町について、俺が知っている情報を少しでも聞いておきたいといろいろな会話を交わしながら日が暮れる前までに町に辿り着こうと道中を急ぐのだった。

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