第9話 そうそう予定通りには行かないもの

「プハッ!」


 勢い良く叩き付けられる水の勢いで轟音を上げる滝面から離れた位置で勢い良く水面に顔を出して息を吸い込みながら、ボクは周囲を確認する。

 ここは『引き裂かれた大地』と呼ばれる王国最大の渓谷地帯で、今ボク達がいるハルモニアの湖も、本当は湖では無くどこまで続いているのか判らないほど巨大な地下水路の入り口でしか無く、噂ではこの地下水路には超巨大な水竜が住んでいると言われている。


(こうして下から見ると結構高いところから飛び降りて来たんだなぁ。ボクの頑丈な体だとこの程度の高さならなんてことは無いけど、魔力と装備で強化していると言ってもボクよりは頑丈じゃないレンは大丈夫だったかな?)


 そんなことを考えながら近くの岸辺に向かって泳いでいると、ボクが目指していた場所から多少離れた位置に一足先に岸に上がって服が吸い込んだ水分を絞っているレンの姿を確認してそちらへ進路を変更し、急いで岸辺に辿り着いてボクも陸地へと上がる。


「当然だけど、かなり濡れちゃったね」


 岸に上がりながらボクがそう声をかけると、レンはこちらに視線を向けないまま「そうだな。そっちにおまえのリュックは出しといてやったから適当に着替えてからすぐ出発するぞ」と返事を返してきた。

 だが、ボクはその場から動かずに恥ずかしさから若干顔を逸らしてか細い声でとある事実を告げる。


「その…下着の替えはいくつか持って来てるんだけど、『漆黒の衣』があるから他に服が必要になればその時に買えば良いかなぁ、って……」


「……まさか、何が起こるか分からない危険な冒険に出ようってのにまともに替えの服も持って来てないのか!?」


 たぶんビショ濡れのボクに気を使って今まで視線を逸らしてくれていたレンはようやくボクの方に視線を向け、信じられない物を見るような驚愕の表情でそう言葉を漏らす。


「ええと…一応寝間着とドレスくらいは……」


「いや、ドレスを持ってくる余裕があるんだったらせめて替えの服を一式は持って来いよ!」


 レンはそうツッコミを入れた後、額に手を当てながら深くため息を漏らし、しばらく考える素振りを見せた後に「とりあえず、俺の魔術でさっさと乾かすからとりあえず持って来ている服のどれかに着替えてくれ」と言われたので、ボクはリュックの中から水着を取りだしてその場で着替えようとして「おい! せめて俺の視線が届かない木陰かなんかで着替えてくれ!」と怒られた。


「えー、面倒臭いし虫がいるかもだしここで良いじゃん。どうせ見られたって困らないし」


「おまえ……一応おまえは女で俺は男なんだぞ? 少しは恥じらいというものも覚えたらどうだ?」


「ボクだって相手がレンだから大丈夫ってだけで恥じらいの感情はあるもん! そもそも、ボクとレンって小さいときからしょっちゅう一緒にいたから男女って言うよりもう兄妹みたいなものじゃないかな?」


「いや、それでも家族だからって異性の前で平気で裸体を曝すのはどうなんだ? 確かに、貴族の中には入浴も全て侍女が世話するから素肌を他人に見られる事に抵抗が無い令嬢もいるとは聞くが、それだって同性相手にはってだけで異性に見られるのは普通に嫌がると思うんだが」


 レンの言葉に、ボクは「へー、そうなんだ」と返事を返しながらその場で水を吸って重くなった『漆黒の衣』を脱ぎ捨てる。

 すると、勢い良く地面を蹴る音と共にレンの気配が遠離るのを感じ、ボクは心の中で(どうせレンだってボクの事を女として見てないだろうに、そこまで気を使わなくて良いのに)と考えながらさっさと持って来ていた水着に着替えてしまった。


「おーい、着替え終わったよ!」


 ボクがそう木々の向こう側に声をかけると、しばらく時間を置いた後に木々の隙間からレンが姿を現す。

 すると、この隙にレンも濡れた服を着替えていたのか先程までの騎士見習いに着用が義務付けられている制服ではなく、冒険者らしい動きやすくて頑丈な軽装鎧を身に纏っていた。


「わぁ、良いなぁ。ボクのそう言ったの欲しい!」


「おまえの場合、『漆黒の衣』みたいな自動修復機能が付いてどれだけ激しく動いても耐えられる素材じゃないと動きに耐えられずに服が破けるだろ」


 そう指摘され、ボクは「そうだけど……」と言葉を漏らしたところでハッと気付き、得意気な表情を浮かべながら「まあ、だから『漆黒の衣』以外の装備を持って来ても意味ないし、今回ボクはあえて他の装備を持って来なかったんだよ!」と告げる。


「いや、戦闘に使えなくても普段着はいくつかいるだろ。てか、戦闘によって『漆黒の衣』が大きく破損した場合、修復を待つ間におまえはずっと下着姿でいるつもりだったのか?」


「……とりあえず、ハグジーナの町に着いたら最初に着替えの装備を買って良い?」


 ボクの問いに、レンは「先ずはそこからだろうが……一応確認しとくが、ちゃんと資金は持ってきたんだよな?」と聞いてきたので、ボクはそっと視線を逸らした。


「ちょっと待て。おまえ、資金も持たずにどうやって食料や寝床を確保するつもりだった?」


「ええと……冒険者登録して、組合が提供している格安の宿に泊まればテキトウに簡単な任務を受ければ最初はどうにかなるかな、って」


「イヤイヤイヤ、流石にそれは見通しが甘すぎるだろ。てかおまえ、冒険者を目指してそこそこ小遣いを貯めてたよな? その資金はいったいどうした?」


 そう問われたボクは、そのまま後ろを振り返ってリュックの側まで歩み寄り、そこから1つの魔道武具を取り出して徐にレンへ見せる。


「……眼帯? てかこれ、かなり強力な魔力を感じるが…………おまえ、まさか!」


「……うん。自分への誕生日プレゼントとして、この前これを買うために全部使っちゃった」


 ボクがそう答えると、レンは哀れな生き物を見つめるような目をボクに向けてくる。


「で、でも! この魔道武具は凄いんだよ!」


 ボクはそう告げながらその眼帯型の魔道で左目を隠す。


「こうやってボクの眼を隠す事ができるし、この状態でもボクには左目で外の景色が見えだけじゃなくて『漆黒の衣』みたいに自動修復機能もあるんだよ! それに、この魔道武具に備わった特殊な力で相手の体から発せられる魔力を可視化できるんだから!」


 正直、この魔道武具はどこかの遺跡で発見されたオーパーツの1つで、現代の技術で再現が不可能な装備であるために普通はそう簡単に手に入れられるような物ではない。

 だが、眼帯を装備しながら外を見るくらいだったら最初から眼帯などしなければ良いわけだし、戦闘において視線を隠せる利点を言うのならば片目だけ隠せるこの眼帯では不十分であり、更に相手の魔力を可視化できる能力も普通に魔術が使える人だったらある程度の訓練を積めば自分の魔力を使って同じような魔術が使えるようになるので必要無い。

 そのため、一般的に需要が低い効果しか無いこの装備はオーパーツとしては破格の安値で販売されていた(普通、オーパーツの取引では小さな村を運営するための費用相当である億近い金額が動く)のだが、それでも交渉の結果なんとかボクの全財産で売ってもらえた程度には高価な物なのだ。


「ハァ。その眼を隠すための手段は必要だったから良いが……資金がないならどうやって装備を買うつもりなんだ?」


「それは、一応いくつかお金になりそうなアクセサリー(父上から誕生日などに与えられた)を持って来ているから、それを売ってどうにか……」


「……それはいざという時に蓄えになるからここで売り払うのは勿体ないな。とりあえず、服のことは追々考えるとして最初は食費も宿代もおまえの分まで俺が出そう。そんで、ある程度依頼を受けて余裕が出て来たらそん時に改めて資金の運用についてちゃんと考えるぞ」


 その提案に、ボクは怖ず怖ずと「良いの?」と質問を投げかける。


「まあ、俺とおまえはこれからパートナーとして一緒に冒険者をやってくわけだからそんぐらいは協力してやる。だがその代わり、これからは得られる報酬とかは2人の共同財産だと思って運用についてはちゃんと事前に相談すること! 良いな?」


「うん、分かった」


 ボクがそう答えると、レンは「そんじゃあとっとと服を乾かすからそこら辺に広げてくれ」と言われたので、ボクは言われるがままに適当な岩の上に『漆黒の衣』を広げる。

 そしてそれから1時間、レンが魔術で発生させた温風で服を乾かしている間にボクは周辺で食料になりそうな果物でもないかと探してみたもののそう都合良く見つかるはずも無く、最終的には湖に泳いで魚を(素潜りと素手で)捕り、いつか冒険者になる時のために習得した食用に使える野草の知識と調理技術、それにリュックに詰めてきた各種調味料で昼食の準備を行うのだった。

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