第8話 邪眼令嬢

「ねえ、いったいどこに向かって走ってるの!?」


 俺に手を引かれるまま一緒に走るマリアンナは、ようやく敵のボスを探すのを諦めたのか今まで漏らしていた文句や抗議の言葉を止めて俺にそう尋ねる。


「誰が敵で誰が味方か分からない以上、ハルジー領に逃げるとしても関所を通るのは避けた方が良いだろ? だから、これから俺達は『引き裂かれた大地』を目指してそこからハルジー領の北側に大きく迂回してハグジーナの町を目指そうと思う」


 俺がそう返事を返すと、マリアンナはキラキラと瞳を輝かせながら「『引き裂かれた大地』!? じゃあ、そこで発見されて未だに討伐記録が報告されていないって言うキングトロールを見に行こうよ!」ととんでもない提案をして来る。


「当然ながら却下だ」


「なんで!?」


 俺はため息をつきながら『この森から『引き裂かれた大地』に向かうには100メートル以上の高低差がある崖を降りる必要があるが、追っ手に追われながらそんな悠長なことはしてられないからハルモニアの滝から飛び降りてハルモニアの湖に向かう。そうすると、キングトロールが発見された位置は目的地の反対側、それもかなり離れた位置になるから夜になる前にハグジーナの町を目指すならそんな寄り道をしている余裕は無い』と本来の理由をそのまま説明しようとするが、どうせマリアンナはそれで納得などしないだろうと悟った俺は違う切り口で攻めることにする。


「良いのか?」


「え? 何が?」


「実際にキングトロールを発見したら絶対倒してみたくなるよな?」


「……たぶん」


「だけど、冒険者登録をして記録デバイスを配布される前に討伐した魔物については公式記録に残らないから、おまえの英雄譚を彩るための相手をここで1体減らすことになるんだが?」


 俺がそう告げると、マリアンナはハッとした表情を浮かべたあとにしばらく考え込み、やがて渋い表情を浮かべながら「……分かった。今は、我慢する」と絞り出すように言葉を発する。


(ほんと、たまたまこいつが俺を頼ってくれたから良かったがこいつが一人でクロスロード家を出ていたらどうなってたんだ? なんだかんだで生き残りそうじゃあるが、ブレーキ役がいない状態だとあちこちで変な事件を引き起こしてすぐに騎士団に捕まって終りだったんじゃ……いや、こいつが本気で逃げ出そうとしたら王国近衛騎士団でも連れて来ない限り捕まえるのは不可能だし、そもそも捕えても生きたまま拘束を続ける事が難しいか?)


 そんなことを考えながら、俺は未だ納得いない不満げな表情を浮かべるマリアンナの手を引きながらハルモニアの滝があると思われる方向目掛けてひたすら走り続ける。

 だが、敵の接近を感じ取った俺はすぐさまマリアンナの手を離すと、素早くホルスターに収納していた魔銃を構えて気配がした方向へと魔弾を放つ。


 しかし、俺が魔弾を放ったのとほぼ同時に3つの影が木の影から飛び出すと、俺達を取り囲むような位置に着地してそれぞれ両手剣、槍、双剣を構えた。


(こいつら、さっき襲って来た奴等より明らかに強いな。俺1人で対処できるか微妙だが……)


 そう思考を巡らしながら最悪マリアンナに戦ってもらうことも考慮しながらチラリとすぐ後ろにいるマリアンナに視線を送ると、そこにいるはずのマリアンナの姿が無かった。


「は?」


 俺が思わずそう声を漏らした直後に『ドゴン!』と大きな音が響いたかと思えば、先程まで双剣を構えた刺客がいた位置にいつの間にか移動したマリアンナの姿があり、そこにいたはずの刺客の姿が無い変わりに遙か彼方まで続く深く抉られた地面と薙ぎ倒された木々の道が続いていた。


「フッ、ボクの目は誤魔化せないよ! こう言った集団で、ああ言った特殊な武器を装備している敵は幹部クラスだって知ってるんだから!」


 ドヤ顔でそう語る彼女に、予想外の事態と良く分からない言動で困惑と動揺を見せる残り2人が一歩後退る。

 だが、流石は刺客として送り込まれてきたプロと言うべきか2人の内両手剣を装備した方が「何を意味が分からないことを!」と叫びながら地面を蹴り、そのまま剣を上段に構えて振り下ろす。

 そして、対するマリアンナは『え!? なんで逃げないの!!?』と言いたげな驚きの表情を浮かべてその場に立ち尽くしている。


「止めろ!!」


 咄嗟に俺はそう叫んだが、それは決して敵対して発した言葉じゃなかった。


 マリアンナは何でも無いように左手を上げ、振り下ろされた剣をそのまま素手で掴み取ると、そのまま剣ごと驚愕の表情を浮かべる刺客をグルリと一回転程度振り回して投げ飛ばした。

 結果、咄嗟にしゃがんだ俺の上を轟音を発しながら刺客が飛翔し、そのまま派手は破壊音を響かせながら次々と木々を薙ぎ倒して森の奥へと姿を消して行った。


「な、何なんだ! 何なんだ、おまえは!!」


 最後に残った1人はパニックを起こしたように叫び声を上げながら、魔力で作り出した巨大な火球をマリアンナ目掛けて放つ。

 しかし、マリアンナはまるで邪魔な虫でも払い除けるように左手で火球を振り払おうとして、手が触れた弾けた火球の爆炎に呑み込まれる。


「は、ハハハッ! 器を生け捕りにできなかった事は想定外だが、魔力を持たない以上これで――」


 その刺客の言葉は最後まで発せられることは無かった。

 なぜなら、語り終える前に爆炎が収まり、そこから服が少しボロボロになって不機嫌そうな表情を浮かべる無傷のマリアンナが姿を現したからだ。


「まさか…そんなバカな……」


 放心したようにそう呟く刺客に、マリアンナは頬を膨らませながら「『漆黒の衣』は完全に燃えちゃっても1日経てば自動修復するから良いけど、もしも下着とかまで燃えちゃったら流石に恥ずかしいんだからね!」と文句の言葉を告げると同時に姿を消し、次の瞬間には無駄にヒラヒラとした飾りが付いたスカートを閃かせながら蹴りの姿勢を取り、刺客の目の前へと姿を現した。


「導師よ、今度こそ――」


 そして、何事かを呟く刺客を無視して放たれた回し蹴りは刺客どころかその先に広がる数百メートルの地面ごと吹き飛ばし、轟音が治まる頃にはまるで災害でも起こった痕のような悲惨な光景が作り出されていた。


 彼女、マリアンナ・ルベル・クロスロードは魔力を使うことができず、国の実施する魔力測定で示される魔力量はゼロだとされている。

 だが、この魔力測定は本来人間が無意識の内に体外に放出している魔力量からその者が保有する魔力量を測定するもので、理屈で言えば全ての魔力を肉体に吸収させてマナに変換させれば魔力無しの判定を故意に出すことができる。

 しかし、人間の肉体は魔力による肉体の強化に耐えられる限度がそこまで高いわけでも無く、どんなに低い魔力しか持たない者でも全ての魔力を故意に肉体強化に回すのはほぼ不可能なのだ。

 だが、希にこの常識が通用しない体質、と言うか病気を持って生まれる者がいる。

 その病気の名は『魔物病』と呼ばれるもので、生まれつき魔力の大半、もしくは全てが人体の限界を超えて肉体に吸収されるだけ無く、その影響で体の一部、最悪の場合は全身が魔物のような異形の姿になってしまうのだ。

 そのため、この奇病を発症した子供は産まれてすぐに魔物として命を奪われてしまったりある程度の年齢で魔力による肉体強化の負荷に耐えられずに命を落とすことがほとんどなのだが、どう言う訳かマリアンナはこの病気を発症しても左目が魔物のような深紅の輝きに変貌しているだけで、貴族として持って生まれた膨大な魔力の全てを肉体の強化へ強制的に変換されていることで驚異的な身体能力と魔術対抗力を手に入れているのだ。


「あ、あれ? ちょっとやり過ぎちゃったかなぁ」


「ちょっとどころじゃねえ、アホが!」


「で、でも! もし敵がレン達くらいの実力だったらこれぐらい力を込めないと魔力を込めてないボクの攻撃じゃ装備次第だとダメージが通らないし……」


「だから、そこら辺の加減を見極めるために最初の内は大人しく後ろで俺の戦いを見てるよう言ったんだろ! てか、最初の戦ってた刺客の強さと装備から明らかにやり過ぎな一撃だって分かるだろ!?」


 俺の説教に、マリアンナはシュンとしながら「だって、初めてのまともな実戦でテンションが……」とか細い声で呟く。

 因みに、クロスロード領騎士団は国内最強と名高い騎士団であるため、所属する正規の騎士はおろかその見習いであってもかなりの実力者が揃っており、特にマリアンナが今まで目にしている見習いは俺のように特殊なカリキュラムを受ける未来の精鋭部隊候補生達ばかりなので彼女にとっての『普通の強さ』はかなり高い水準にあり、その国内最強の騎士団で未来の精鋭部隊候補生達もマリアンナの圧倒的身体能力と武術の才にトラウマを植え付けるられるレベルなので、複数対1で俺に手傷を負わせることができない程度の実力ではまず間違い無くマリアンナには勝てないのだ。


「とりあえず、これで異変を察知した全員がここに集まってくるぞ。だから、その前にさっさと『引き裂かれた大地』まで辿り着く!」


 俺がそう告げると、マリアンナは素直に「うん、分かった」と肯き今度は文句を言わずに俺のあとに続く。

 そしてその後、俺達の進行を防ぐように現れる刺客を俺が蹴散らし、同じく刺客を蹴散らしながら俺達を止めようと必死で追いかけて来るクロスロード領騎士団の精鋭部隊を躱しながらハルモニアの滝まで辿り着き、そのまま躊躇うこと無く遙か下方に見える大きな湖(正確には国内最大規模の地下水路へ繋がる入り口なのだが)、ハルモニアの湖へと飛び込んだのだった。


―――――――――――


「襲って来た賊はほぼ制圧、数名の逃走者がいたものの付近に残存する兵力は確認できないとの報告が上がっております。また、レンとマリアンナ様を発見した部隊からの報告で、2人はハルモニアの滝から身を投げハルジー領へ向かったとのことです」


 その報告に、俺は思わず頭を抱えながらため息を漏らす。


「如何なさいますか?」


「……流石に俺達が関所を介さずハルジー領に侵入するにはマズいだろ。ハルジー家は民衆主義側だろ? だったら、貴族主義派のウチが下手に刺激するといらぬ争いの火種になりかねんからな。それより、賊を捕えて情報を得ることはできたか?」


「それが、どうやら全員いざという時の薬を奥歯に仕込んでいたようで、生きて捕えた者も全て自ら命を絶ってしまい……」


 言いにくそうにそう告げる部下に、俺は「そうか。引き続き賊の正体に繋がる情報が無いか探索を続けるように。それと、俺は一旦レーリット村まで向かいバンダール様に通信で状況を報告して次の指示を仰ぐ」と告げると、その足をレーリット村に向けて歩き出す。

 携帯型通信魔道具では数百メートル程度の通信しかできないが、各町や村に設置されている固定型通信魔道具を利用すれば数百キロ離れているクロスロード家の屋敷とも連絡が取れるのだ。


(それにしても、あれほどの手練れ……明らかにまともな集団じゃねえな。噂に聞く王家直轄の特殊部隊か、それとも表沙汰にできないような事件を解決するために組織されていると言われている暗部か……どちらにせよあれほどの刺客を準備できる人物など王族関係だけだろうな)


 そう考えながら歩いていると、俺はふと昔マリアンナ様が得意気に話していたとある噂について思い出す。


(まさか、魔王復活を目論み闇の世界で暗躍する『教団』の関係者? ……何バカな事を。……しかし、もしも本当にそんな組織が実在するとすれば? それに、そもそもマリアンナ様が『邪眼令嬢』と呼ばれるようになったのは、まだ幼い頃の本人が『この眼こそが魔王の生まれ変わりであることを示す邪眼なのだ』と語ったからでは無かった?)


 そうやって疑い出すと、なぜマリアンナ様は襲撃の直前に何かを期待するような視線を俺に向けていたのか、訓練場で度々見せていた恐ろしいまでの強さをなぜこの襲撃でも隠すように戦闘を避けたのか、彼女が時々語っていた『成すべき野望』とはなんだったのかと言った疑問が次々と頭の中に浮かんでくる。


(もし……もし仮にマリアンナ様が魔王復活を目論む『教団』と繋がり、魔王の生まれ変わりとして世界を手に入れるつもりであれば、第三王子が婚約者に指名したのも彼女の暗躍を察してその動きを封じるためで、今回の襲撃もバンダール様を利用して自分が行方不明になることで自由に活動できる環境を作ろうとしての策略だとしたら説明が付く!)


 その考えを後押しするように、俺の脳裏に浮かぶのはバンダール様が語った『この婚姻はマリアンナも望んではいないものなのだ。だから、領主としてと言う前に一人の親として私は娘の意思を尊重してやりたいのだ』という言葉だった。


(だが、魔物に襲われて家族と故郷を失ったトワイライト家の生き残りであるレンが魔物を操り世界を恐怖で支配したと言われている魔王復活に協力するはずが……いや、魔物脅威を知っているからこそ何らかの脅しを受けて無理矢理従わされているという可能性も……。しかし、レンは明らかにマリアンナ様のことを……まさか、レンはマリアンナ様を止めるためにあえて従うふりを?)


 ブンブンと頭を左右に振って答えの出ない問いを頭か振り払い、俺はとりあえずバンダール様に事の顛末を報告すると同時に送り込まれた刺客について四大貴族の立場として何か知っている情報は無いか問質す覚悟を決めながらレーリット村までの道程を急ぐのだった。

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