第6話 敵襲

 レーリット村を管理する貴族はそこまでバンダール様に忠誠心が高いわけでは無いため、今回マリアンナ様が第三王子との婚約を破棄するために姿を隠すなどと説明出来るわけも無いので俺達はレーリット村駐在騎士の面々と話す際は不信感を持たれないように細心の注意を払っていた。

 本来なら余計なリスクを避けるため、駐在騎士の面子には離れた場所で警備を任せるか今回の作戦に一切関与させない方が良いのだが、もしもそれが原因で『賊に襲われて行方不明だと言う話だが、きっとマリアンナ様は第三王子との結婚が嫌で逃げ出したに違いない』とか、『第三王子とマリアンナ様の結婚は四大貴族の権力を活用してバンダール様が無理矢理ねじ込んだもので、その政略結婚を良く思っていなかった第三王子が刺客を送り込んできたに違いない』などと噂されてはたまったものではないので、必然的に駐在騎士達を証人として利用する作戦を取らざる得ないのだ。

 では具体的にどう言った作戦になるかと言えば、要塞跡地を探索中に壊れかけた使い捨ての簡易転送装置(数百メートル程の距離を転移出来る魔法が込められた魔道具で、貴重な物ではあるが今回の作戦を遂行するために本当に持ってきてある)を発見し、それを調査している最中に潜伏していた賊の襲撃を受けたことで装置が誤作動を起こしてマリアンナ様と俺以外の騎士が飛ばれてしまい、俺の応援要請を受けた駐在騎士がハルジー領に逃走する何者か(簡易転移装置で飛ばされたことになっている団員達が変装して賊を演じる予定)を目撃する、と言ったシナリオだ。

 当然ながら要塞跡地から簡易転移装置でハルジー領付近まで移動するのは賊役を担う団員達だけで、マリアンナ様達はしばらくの間要塞跡地で身を隠し、俺達が駐在騎士達と共にハルジー領近辺へと向かう際にレーリット村から少し離れた場所に有りハルジー領へと向かう際の中継地として旅人が多く訪れるロンジアナの町に向かってもらうと言う流れとなっている。

 そしてロンジアナの町には事前に派遣している騎士団のメンバーが数人待機しているため、その者達から必要な資金などを受け取ってもらい人目に付かない場所に身を隠してもらう、と言うのがバンダール様に命じられた今回の作戦概要だった。


 だが、出発の時はなんとかバレずに済んだものの流石にこれだけ時間が経っていればバンダール様にマリアンナ様の同行者として選出された騎士見習いがレンであることはバレているだろう。

 幸い、携帯型通信魔道具の通信範囲は中継ユニットなどを介さなければ数百メートル程度しかないので俺達に作戦中止などの通信は入って来ていないが、ロンジアナの町で待機する予定の団員がクロスロード家の屋敷を出発する予定時間は俺達が出発した二時間後、つまり今ぐらいの時間だったはずなのでその中でレンの代わりとなる人員が配属されておりロンジアナの町で男であるレンはそのままマリアンナ様から引き離される可能性が高い。


(そうなれば、マリアンナ様が第三王子の婚姻をやり過ごすことができればまだしも、もしも潜伏中に第三王子側の貴族勢力に見つかればレンと結ばれる可能性は潰えてしまう。だったら、せめて2人の運命を自力で切り開くチャンスを与えるのが年長者である俺の役目だろうな)


 そう判断した俺は、一通りのミーティングを終えたところで少し離れた位置で何やら深刻な表情を浮かべて考え込むマリアンナ様と、落ち着いた様子ながらも決意の籠もった瞳を見せるレンの2人近付き、駐在騎士のメンバーに聞こえないようこっそりと話し掛ける。


「バンダール様の命で、(作戦上の設定では)要塞跡地で敵の襲撃を受ける事になっているのですが……正直、俺はバンダール様の命を破ることになってもマリアンナ様達(の恋路)を助けてやりたいと思っているんです」


 そう告げると、レンは驚いた表情を浮かべながらこちらに視線を向けるものの声を発することはせず、マリアンナ様は(正直そう言った反応を見せるのは意外だったが)俺が2人の思いに気付いていた事に気恥ずかしさを感じたのか表情を緩めながらもそれを隠すように俯いてしまった。


「だから、他の団員が次の作戦を遂行するために簡易転移装置で移動した後、俺がある程度隙を作るので、マリアンナ様はレンと一緒に次の部隊が控えているロンジアナの町以外へ逃げて下さい。ただ、レーリット村の村民や管理者、それに駐在騎士の目を欺くためにハルジー領へと向かう街道付近で次の作戦が決行される関係上、そちらへ逃げるのなら、我々も全力でお止めせねばなりませんので――」


 そこまで説明したところで突然、今まで俯いたまま黙って話を聞いていたマリアンナ様は顔を上げると貴族としての威厳を感じさせるたたずまいで「皆まで言わずとも、わたくしは全て分かっておりますの」と声を上げた。


「あの、しかし――」


「良いの。貴方にも立場があるのだからこれ以上罪悪感に苛まれる必要も無いでしょう。だから、あとはわたくしとレンで力を合わせて夢に向かって突き進むのみです」


 俺を気遣うように自分のためにバンダール様の命に背き、罪悪感を感じる必要は無いと告げながらも、絶対的な自信と固い決意を感じさせる表情でそう告げられ、俺はこの少女を過小評価していたのかも知れないと反省する。

 正直、俺の中ではマリアンナ様の評価は良くも悪くも幼い少女と言ったもので、バレバレの仮面で正体を隠した気になって騎士見習いの訓練に乱入して(確か一番最初はマリアンナ様が10歳ぐらいの時だったか)好き勝手やった挙句、多くの候補生達にトラウマを植え付けたあの事件は今でも忘れられない。

 だが、知らないうちにマリアンナ様もここまで成長され、真剣にレンとの恋を考える年になっておられたことに感動を覚えた俺は、自然と「俺の立場で言えた義理では無いかも知れませんが……影ながらご武運をお祈りしております」と言葉を発していた。


(……バンダール様は、魔力を持たないとされているマリアンナ様に危険なことはさせられないと遠ざけておられたが、成り行きで何度か指導せざる得なかった俺は知っている。マリアンナ様の武才は天性のもので、もしも騎士として正式な訓練を受け続ければ俺さえも凌ぐ逸材であっただろう。そんなマリアンナ様と、騎士見習いでありながらクロスロード領騎士団の精鋭部隊と互角の実力を有するレンであればどのような困難だろうと乗り切ることだろう)


 そんなことを考えながら、俺はマリアンナ様の発した「それではそろそろ行きましょうか」という言葉に「分かりました」と返事を返し、離れた位置で最終確認を行っていた団員達へと出発の号令を発したのだった。


 それから数十分後、俺達は何ら問題無く森の奥にある要塞跡地まで向かって歩みを進めていた。

 この要塞跡地がどれ程昔に建設された物かは良く分かっていないのだが、使われている資材から千年は前の物だと言われており、一説には建国の祖が討ち滅ぼしたと言われている魔王との戦いで使用された施設ではないかと噂されている。

 ただ、それを証明する証拠が何も見つかっていないためあくまで仮設として言われている程度のものではあるが。


(それにしても……やけに静かだな。先行している部隊からも同様の報告が上がっているが、魔物はおろか動物すら気配を感じないのは妙だな)


 他の団員も同じような疑問を感じているのか全員の緊張感が目に見えて膨らんでおり、特にマリアンナ様の護衛を務めるレンから感じる気迫は凄まじい物だった。

 そんな中、なぜかマリアンナ様だけは何かを待つようにソワソワとした態度を取っており、どう言った考えがあるのか分からないが時々期待に満ちた視線を俺の方に向けていた。


(まさか、マリアンナ様は何かに気付いており俺が気付くかを試しておられる? ……相応の訓練を積んだ俺達が気付けず、マリアンナ様だけが異常に気付くなどあるはず……いや、案外ありそうだな)


 そんなことを考えながら更に警戒を強めると、ふと微かな殺気を感じて俺は咄嗟に声を上げる。


「レン!!」


 直後、銃声が鳴り響き森の静寂を打ち破る。

 恐らくは遠距離からの狙撃だろう。

 500メートルほど離れた位置にある背の高い木から放たれたその凶弾は、真っ直ぐマリアンナ様の額目掛けて飛来し、そして突如マリアンナ様の横に立つ人物、レンによって放たれた魔弾の閃光に飲まれて消滅した。


「敵襲!! 総員、戦闘準備!!」


 俺の号令を受け、全員がマリアンナ様を囲うように移動したところで不思議な紋様が刻印された仮面を着ける怪しい黒ずくめの集団、10名ほどが俺達の周りを取り囲むように出現する。


(囲まれるまで気配を感じなかった!? こいつら……強い!)


 咄嗟に通信魔道具で周囲を探索している別部隊に応援要請の緊急通信を送ろうとしたが、どうやら通信を妨害されているのか通信失敗を知らせるエラー音が聞こえて来る。


(クソッ! まあ、通信対策くらいは当然か! こうなりゃ、派手に暴れて気付いてもらうしかないが……)


 そう考えながら、護衛対象をどう避難させるべきか意識を向けたところで突然、レンが目も止まらぬ高速で包囲する黒ずくめの1人に接近すると、両手に構えた小型の魔道銃を同時に放つ事でその体を勢い良く吹き飛ばし、そのままいつの間にか走り出していたマリアンナ様と並んで包囲を突破して走り去っていった。


(勝手な真似を! いや、咄嗟の判断にしては妙に冷静過ぎやしないか? まさか、こいつらは2人で逃げるためにマリアンナ様が手配した刺客なのか!? いやいや、最初の一撃は明らかにマリアンナ様の命を狙って放たれた物だった。だが、レンが阻止することを信頼しての作戦だとしたら?)


 そんな思考を高速で巡らせていると、黒ずくめの内一人が「逃がすな! 追え!」と声を上げたことで俺は思考を放棄し、瞬時に跳躍で黒ずくめ達の進路を塞ぐ位置まで移動すると雷の魔力を纏わせた大斧を振るって大地を抉る。


「行かせるかよ! 総員、今は目の前の敵を殲滅することだけに集中しろ! マリアンナ様はレンが一緒なら何とかなるだろう!」


 俺の号令に、全員が「「「イエス・サー」」」と返事を返しながら目の前の敵に向かって駆け出す。


(いったい何が起こっているのか気になるところじゃあるが……余計な思考は後にしてさっさとこいつらを片付ける!)


 そう一旦思考を切替えた俺は、突然現れた奇妙な賊を掃討するために武器を振り上げながら雄叫びを上げるのだった。

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