第5話 やっぱり雰囲気は大事だよね

 クロスロード家の屋敷を出発してから約1時間、ボクは貴族用の豪華なシートでゴロゴロしながら暇を持て余していた。


「あーあ、身分なんて気にせずにレンもこっちに来れば良かったのに」


 頬を膨らませながらそう愚痴を呟いてみたものの、それに返事を返すものは誰もいない。

 現在、ボク達は全員1台の魔動車で移動しているのだが、この車両は構造上2つのユニット、そして3つのフロアに分かれている。

 まず1つ目のユニットが走行ユニットと呼ばれる場所で、当然ながらここが操縦席となり、魔動車を運転する操縦者とそれをサポート、もしくはナビゲートする人の2人分の席しかないので現在は運転資格(20歳を越えた者で騎士団か冒険者組合に登録しており、必要な試験に合格したらもらえるらしい)を持った団員と指揮官となるギルフォードが乗っている。

 そしてもう一つがその走行ユニットが牽引する輸送ユニットと呼ばれる物で、こここには文字通り魔動車で輸送する人員、もしくは物資が入るスペースとなっている。

 更に、ボクのような貴族が使う場合はこの輸送ユニットを1階と2階でフロア分けされている。

 1階は基本的に必要な資材(主に通信拠点として扱うための中継ユニットや様々な理由でアイテムポーチや武器ポーチに収納できない特殊な装備)と護衛を行う騎士団が座るシートが用意されている。

 今回使っている魔動車は中型に当たる規格であるため、この1階部分だけで約5平方メートル程度の資材収納スペースと16人分のシートが用意されているので、レンを入れて9人で使うのならばかなり余裕があるだろう。

 そしてボクが今使っている2階部分は貴族が使うための特別な席で、前面部分がガラス張り(しかも外から中が見えない仕様)になっており、2階部分にあるのでゆっくりと外の風景を楽しむことができ、大きなフロアに余裕で横になれるほど大きくてフカフカのシートがいくつかしか置いてないので快適な移動を楽しむことができる空間となっているのだ。

 しかも、この中型サイズでもバーカウンターなんかが設置されている(大型になると遊戯施設やプールなんかがあったりする)ので、使用人を連れて来てゆっくり酒を楽しみながら移動することだってできるのだ。(まあ、ボクは特にそう言ったドリンクを作る事ができるような使用人を連れて来てはいないし、お酒もそこまで好きではないのでセルフサービスでジュースを飲む程度だが。)


「いつもみたいに父上とか他の知らない貴族とかいないから気を張ってなくて良いのは楽なんだけど、やっぱり話し相手も無しに一人で長時間乗ってるのは暇だなぁ」


 最初、レンを話し相手としてこのフロアに誘ったら『俺はあくまで護衛役として同行している立場だから、貴族専用のフロアに入る資格なんてねえだろ。てか、おまえが1階に来ようなんても考えるなよ。貴族令嬢として、そこら辺の棲み分けはきっちりしとかないと後からバンダール様のお叱りを受けるのは巻き込まれた同行者の騎士団メンバーなんだからな』とお叱りの言葉をもらってしまった。

 正直、ボクはもうすぐ追放されて貴族令嬢ではなくなる予定なのでそこまで気にする必要は無いと思うのだが、万が一にも『クロスロード家は貴族と配下が同等の扱いで席を共有する程度の品格らしい』なんて噂になればクロスロード家に関わる全ての人に影響が出かねないので流石のボクも自重する事にした。


(まあ、車輪型と違ってこのフロート型はほとんど揺れないから楽だけど、だからこそ外の景色があんまり変わらない場所に来るとただの映像データを見せられてるみたいで余計退屈なんだよね)


 ボンヤリと窓の外に映る代わり映えのしない草原の風景を眺めながら、ボクはなんとなくいつかの授業で叩き込まれたこの魔動車の仕組みについて思考を向ける。

 この魔動車は、その名の通り魔力を動力して稼働する車で、魔動車と行っても二タイプの種類がある。

 1つが車輪型と呼ばれる物で、魔動力で前輪を回転させる事で推進力を生み出す仕組みとなっており、少ない魔力で運用が可能であることから魔石を燃料として操縦者の魔力を一切消費せずに移動できる物となっている。

 消費魔力がそこまで無いので高魔力が内蔵された魔石までは必要としないものの、それでも魔石は高価な物であるためこの動力ユニットを直接操縦者が魔力を注ぎ込むタイプに改造する人も時々いるらしいが、それでも最低ランクの安い魔石でも基本的に200キロメートルくらいは走れる(車体の大きさや積載量にも左右されるが)ので、余計な魔力消費を抑えたい騎士団の遠征任務などではこちらのタイプが多用される傾向にあるらしい。

 そしてもう一つが現在ボク達が使用しているフロート型で、こちらは魔石と操縦者の魔力がどちらも必要で、魔石の魔力で期待を少しだけ宙に浮かし、操縦者の魔力で推進力を発生させると言った方式で、魔力消費が必要だとは言っても推進力を得るためだけなのでかなり少ない消費量で済むだけでなく、地形に関係無く機体が通る程度のある程度開けた場所であればどこでも移動が可能で車輪型よりも大型で積載量の大きい機体の作成ができると言った数々のメリットから、現在魔動車の主流はこちらのフロート型となっている。


(まあ、ボクの場合はこのフロート型はどう頑張っても操縦できないから、いずれ使う機会があるとしても車輪型だけだろうけど。それか、移動手段ってだけで考えれば二輪タイプのバイクって乗り物も一度は試してみたいかな)


 そんなことを考えながらなんとか時間を潰し、それから更にもう1時間が経過したころ、ボク達はようやくレーリット村の外れにある森の入り口、要塞跡に繋がる通路まで到着していた。


「それではこれより作戦を開始する! 事前に説明したようにA班の3名は俺と共に要塞跡地まで俺と共にマリアンナ様の護衛、B班の4名はレーリット村の駐在騎士10名と協力しながら先行して周囲の探索、残りC班の2名と駐在騎士2名は車両に残り通信と車両の警備を行え!」


 あまりにも退屈で途中から寝ていたらしいボクは、レンに起こされて車両から降りたところで一列に整列してギルフォードからそう指示を受ける騎士団(いつの間にか知らない人が12人ほど増えているが、先程ギルフォードが告げた言葉からレーリット村に駐在して騎士団のメンバーだと察する事ができた)の姿を目撃する。


(あれ? てっきり『王族の伴侶たるに相応しいか判断するための試練であるため、これから先の探索はマリアンナ様とその従者であるレンだけで行ってもらう! 我らはこのまま不審な者がこの森に近付かぬよう、周辺の見張りに当たる!』とか言ってボク達が予め森の中に潜んでいた賊に襲われやすいシチュエーションを作るんだと思ってたのに……)


 そう疑問に感じたボクはしばらくの間いろいろと思考を巡らせ、やがて1つの結論に達する。


(ああ、そうか。レーリット村を管理している貴族にボク達が来るって情報が届いたのは突然の事だろうし、父上の悪事に荷担する味方に付ける交渉なんてしてる余裕は無かっただろうから派遣されて来た騎士団が下手に不審な動きを見せると父上の悪事が世間に露見する危険性が出るのか)


 正直、このレーリット村はクロスロード領の端の方、隣の領地と隣接する部分にある小さな村なため、何か起こった際には真っ先に盾として見捨てられる立ち位置で当然ながらそこの管理を任される貴族も小規模な家系でそこまでクロスロード家に忠誠心を持った貴族というわけではない。

 そのため、そんな貴族に父上が身内の恥を曝し、自身の悪事の証拠を掴ませるような選択を取るはずがないのだ。

 因みに、普通だったらここでレーリット村駐在騎士のメンバーにこっそりと助けを求め、父上の策略を失敗に終わらせると言う選択を考えるのだろうが、冒険者になるために家を追い出されたいボクがそう言った行動に出ることは絶対に無い。


(だから、父上達の策略が世間に露見しないようにレーリット村駐在騎士も巻き込んでボクが賊に襲われたはあくまで父上達が関与しない全くの偶然だって装うことで、より自分達が追及を受ける危険性を少しでも下げるって魂胆か)


 これも前に読んだ小説にあった展開だな、と若干ワクワクしながらもボクはふと疑問を覚える。


(でもこれって、レイラント王国内屈指の実力を持つクロスロード領騎士団の精鋭部隊が護衛してたのにボクが賊に襲われて、ってシチュエーションになるわけだよね? 漫画とかの設定では謎の強力な武装集団が現れて、って展開は王道だけど……まさか! 父上だって四大貴族と言われる王国でもトップクラスの権力者だけど、実は裏で闇の組織と繋がっていた!? ……いや、それだったら流石に特別な力を持ったボクを消すなんて……。ハッ! まさか、本当は死んだことにしてここで組織にボクの身柄を拘束させるのが目的で、王族がボクの力に目を付けた以上表の世界でボクを自由にしておくのは不都合だと……いや、まさか……古の魔王を復活させようとしている闇の組織と協力して、ボクは父上によって作り出された魔王の器だった、とか――)


 そうやって考えに没頭していたボクは、ギルフォードが今後の作戦【本来バンダール様から与えられた任務に背き、どうやってマリアンナ様とレンが逃げ出すチャンスを作り出すか】について説明している言葉など一切聞いていないし、ボクの隣でレンが【やはりギルフォード団長は俺達の味方をしてくれているようだが……まさかバンダール様がここまで本気でマリアンナの命を狙ってくるとは……。まさか、何者かがバンダール様を操って!? これは、どんな状況になっても対応できるよう気を引き締める必要があるみたいだな】などと覚悟を決めているなど全く気付いていなかった。


(うん、良いね! なんか英雄譚の始まりを告げる展開としては悪くない雰囲気になって来た! やっぱり、こう言ったイベントは雰囲気作りが肝心だよね!)


 そう結論付けて現実に思考が戻って来た私は、丁度耳に聞こえたギルフォードの「――へ逃げるのなら、我々も全力でお止めせねばなりませんので」と言う言葉に視線を上げ、余裕の笑みを浮かべながら「皆まで言わずとも、わたくしは全て分かっておりますの」と得意気に見えないように声を発する。


「あの、しかし――」


「良いの。貴方にも立場があるのだから(今回父上の悪事に荷担するのだって仕方の無いことで)これ以上罪悪感に苛まれる必要も無いでしょう。だから、あとはわたくしとレンで力を合わせて(父上の策略を突破して冒険者という)夢に向かって突き進むのみです」


 そう返事を返すと、ギルフォードは一瞬驚いた表情を浮かべたもののすぐに表情を引き締め、ボクの気遣いに対して「俺の立場で言えた義理では無いかも知れませんが……影ながらご武運をお祈りしております」と武人らしいお礼の言葉を述べた。

 そして、ボクの隣でレンが【おまえ、絶対さっきまで話聞いてなかったから、さっきの言葉もなんとなく雰囲気で言っただけだろ】と言いたげな視線を無視しつつ、「それではそろそろ行きましょうか」と要塞跡地があるらしい森の奥へと視線を向けるのだった。

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