第4話 見送りと擦れ違い

【バンダール視点】


 書斎を出た私は、しばらくの間会えなく娘に別れの労いの言葉を掛けるために筆頭執事のロベールを連れて屋敷の正門前へと足を向ける。


「して、結局昨夜の内にギルフォードから同行する騎士見習いの報告はあったか?」


「いえ。話によれば寮長の点呼終了後も特別に有望なものを呼び出し交渉を続けていたようですが、なかなか芳しい結果が得られずにギリギリまで人員の選定に難航したとか。ただ、1名では有るものの適当な者が見つかったとは報告が上がっておりますが、その者の名前までは……」


 ロベールの報告に、私は「そうか」と短く返事を返し、心の中で(まあ、どのような者で有ろうと女性であれば万が一もあるまい。だが、最近の若者の間では同性でも恋愛感情が成立するのが当たり前だと聞くし……。ふむ、本当にこれで安心だと言えるのだろうか?)などと不安が脳裏を過ぎるが、これ以上考えすぎては何もできなくなってしまうと脳裏に浮かんだ不安を無理矢理振り払う。

 そして、順調に歩みを進めた結果出発の8時ほぼ丁度ぐらいに正門前へと到着し、同行者は全て出発の準備をしているのか丁度最終確認を行っていたマリアンナとギルフォードの2人だけが会話を交わしながら正門前に立っていた。


「ッ!? バンダール様!」


「お父様! わざわざお見送りにおいで頂きありがとうございますわ」


 そう告げながらギルフォードはすぐさま片膝を付き、マリアンナは私が14の誕生日に送った魔法武具のスカートを摘まみながら挨拶の言葉を告げる。


「ふむ、滞りなく出立の準備は整っているようだな」


「はっ! ……少々お待ち下さい。すぐさま準備を行っている同行者一同をこの場に――」


「良い。領主として状況を把握するだけであれば、責任者たるおまえと娘の状況だけでも確認出来れば十分だ。それよりこの大事な遠征、万が一の不手際がないよう皆の者が準備に集中することの方が重要であろう」


 正直、ギルフォードが選出したメンバーであれば娘に万が一が起こることは無いと信頼しているため、私は同行者の人選にはそこまで心配していなかった。

 確かに、団長含め精鋭部隊10名がこの都市を離れるのは多少不安が有るが、レーリット村までで有れば魔動車で2時間も有れば辿り着くので、日帰りで帰って来る事を考えればそこまで不安もないだろう。


「さて、マリアンナ」


 私がそう声をかけるとマリアンナは「はい」と返事を返しながら頭を下げる。

 正直、しばしの間だとは言え最愛の娘と離ればなれとなるのだが、ここで心からの労いの言葉を最大の愛情を向けたいところではある。

 だが、私にもレイラント王国の四大貴族であるクロスロード家当主としての建前があるだけ無く、マリアンナが甘やかしすぎて手の着けられない問題児となってしまったエリザベートやシャルロットのようにならないよう、あえて厳しく当たろうと心に誓った手前例え彼女に嫌われることになったとしてもここで厳しい態度を崩すことはできない。


「(ほとぼりが冷めるまでしばらくの間)顔を合わすことは無いと言っても、おまえがクロスロード家の出である事は(隠居中に身分を隠している状況でも)変わらんのだ。ならば、(怪我したり変な事件に巻き込まれないよう)己の立ち振る舞いには十分気を付けよ」


 魔力も無く可憐で非力な少女であるマリアンナが私の庇護下を離れて過ごさなければならないと言うのは非常に心配ではあるが、あの常識知らずの愚かな小僧に無理矢理奪われるくらいならこの程度のことは我慢しなければならないだろう。

 そう心を鬼にして告げると、賢いマリアンナは私の気苦労を察してか決意に満ちた瞳を私に向けながら「心得ております、お父様。多々至らぬところはありましたが、ここまでお世話になりました」と私の気遣いに対するお礼の言葉を掛けてくれた。


「……ギルフォード! 準備の方は滞りなく進んでおるのだろうな?」


 予想外に私の心中を察して発せられた娘の言葉にグッときながらも、それを表に出さないように私はギルフォードに声を掛ける事で気を紛らわす。


「はっ! 必ずやこの大任、果たして見せます!」


 ギルフォードにしては珍しく力が入り過ぎたような硬い声色に、彼も私と同じように卑怯な手段でマリアンナを手に入れようとするあの小僧に思うところが有るのだろうと納得しながら、私との別れが寂しいのか暗い表を浮かべるマリアンナの背を押すように「さあ、そろそろ出発の時間だろう? 私の事は気にせず、早く行くが良い」と声をかける、2人は同時に「それでは行って参ります!」「それではお父様、必ずや上手くやり遂げて見せますわ!」と返事を返し、そのまま準備ができて2人が乗り込むのを待っていた魔動車へと乗り込み出発していったのだった。


――――――――――

【マリアンナ視点】


 集合場所に辿り着く、予想外にもクロスロード領騎士団団長であるギルフォードと精鋭部隊のメンバーの合計10名が既に準備を始めており、ボクは出発の準備をレンに任せてこの視察部隊の指揮を執ることになるギルフォードに声をかける。


「本日は、わたくしの視察任務に同行いただきありがとうございます」


「いや、これもバンダール様より命じられた騎士団としての正式な任務だ。故にマリアンナ様は我々の指揮官として堂々と命令を下していただいて構わない」


 正直、この人は正義感の強い真っ直ぐな人だと思っていただけに、ボクを亡き者にするための父上の策略に荷担していることに多少衝撃を受けたが、父上の配下で軍事のトップに付いている以上裏では様々なことをやっていたのだろうと納得することにする。


(とりあえず、最悪王国で1,2を争う実力者であるギルフォードが敵として襲って来る可能性を考えないといけないなんて……。ああ、やはり特別な運命を持つボクの行く先には斯様な試練が待ち構えているなんて当然のことだよね)


 そんなことを考えながら、隙を見せないように彼の動向を探りながら他愛も無い会話を続けていると不意に父上がこちらに向かってくる姿を見付ける。


「ッ!? バンダール様!」


「お父様! わざわざお見送りにおいで頂きありがとうございますわ」


 ギルフォードに続きボクが貴族令嬢らしくそう挨拶をすると、父上は自身の策略が順調に進んでいることを確かめるように「ふむ、滞りなく出立の準備は整っているようだな」と声をかける。


「はっ! ……少々お待ち下さい。すぐさま準備を行っている同行者一同をこの場に――」


「良い。領主として状況を把握するだけであれば、責任者たるおまえと娘の状況だけでも確認出来れば十分だ。それよりこの大事な遠征、万が一の不手際がないよう皆の者が準備に集中することの方が重要であろう」


 父上はそうギルフォードの提案を遮ると、すぐさまボクの方に鋭い視線を向けながら再度口を開く。


「さて、マリアンナ」


「はい」


「顔を合わすことは無いと言っても、おまえがクロスロード家の出である事は変わらんのだ。ならば、己の立ち振る舞いには十分気を付けよ」


 これは要するに、『おまえが私が放つ刺客によって命を落とすか、それとも生き延びるかは知らぬが、余計な事をしてクロスロード家の家名に泥を塗るような真似をすれば死ぬより屈辱的な未来が待っているものと知れ』と言う脅しの言葉に違いない。


「心得ております、お父様。多々至らぬところはありましたが、ここまでお世話になりました」


 なので、ボクは『そんな愚かな真似はせず、今まで育てていただいた恩を忘れず夢に向かってクロスロード家とは関係無く生きていきます』と決意を込めて(若干思い描いた物語の展開のようでワクワクはしていたが、演技派のボクはそれを華麗に隠し通して見せて)返事を返す。

 だが、ボクの言葉を『おまえの思い通りなど行かない! ボクは必ず、父上の策略を打ち砕いてみせる!』と言った挑発の言葉と取ったのか、父上はその表情を険しいものに変えながらギルフォードに声をかける。


「……ギルフォード! 準備の方は滞りなく進んでおるのだろうな?」


「はっ! 必ずやこの大任、果たして見せます!」


 このやり取りに、ボクは(やはりギルフォードは父上の忠実な僕で、ボクの命を狙っているのか!)とショックを受けるが、当然ボクはそんな表情は一切表に出さない。


「さあ、そろそろ出発の時間だろう? 私の事は気にせず、早く行くが良い」


 父上のその言葉にギルフォードが「それでは行って参ります!」と返事を返すのに合わせ、ボクは「それではお父様、必ずや(父上の思惑通り命を奪われることなどせず)上手くやり遂げて(冒険者として大成して)見せますわ!」と返事を返し、準備が整った魔動車に乗り込み屋敷を出発するのだった。


――――――――――

【ギルフォード視点】


「本日は、わたくしの視察任務に同行いただきありがとうございます」


 今回の視察警護の責任者として部下達に指示を出し、進捗を見守っていると突然そう声をかけられそちらに視線を向ける。

 するとそこには案の定、漆黒のバトルドレスに身を包み燃えるような赤い長髪をポニーテールにまとめたマリアンナ様の姿があった。


「いや、これもバンダール様より命じられた騎士団としての正式な任務だ。故にマリアンナ様は我々の指揮官として堂々と命令を下していただいて構わない」


 俺は初の視察任務で緊張しているのか硬い口調のマリアンナ様にそう告げ、少しでも緊張を解せるならと準備を部下達に任せてしばらくマリアンナ様と他愛無い世間話を続けていた。

 すると、愛娘の初任務と今後しばらく会えなくなることを考えてた普段このような場所に姿を現す事が無いバンダール様がこちらに近付いて来ていることに気付き、俺は慌てて片膝を付いて挨拶の言葉を告げる。


「ッ!? バンダール様!」


「お父様! わざわざお見送りにおいで頂きありがとうございますわ」


 マリアンナ様がそう挨拶の言葉を交してバンダール様が「ふむ、滞りなく出立の準備は整っているようだな」と返事を返したところで立ち上がり、すぐさま「はっ! ……少々お待ち下さい。すぐさま準備を行っている同行者一同をこの場に――」と声を発する。

 だが、「良い。領主として状況を把握するだけであれば、責任者たるおまえと娘の状況だけでも確認出来れば十分だ。それよりこの大事な遠征、万が一の不手際がないよう皆の者が準備に集中することの方が重要であろう」とバンダール様に告げられた事ですぐさま言葉を切った。


(セーフ、だな。ここで結局バンダール様の命を破って騎士見習いの同行者としてレンを選定したことを知られればどうなっていたか……。やはり、天はレンとマリアンナ様の未来を祝福していると言うことか?)


 そんなことを考えていると、バンダール様は「さて、マリアンナ」とこれからしばらくの間分かれて生活することになるマリアンナ様に、自身の感情を押し殺すような硬い表情で声をかける。


「はい」


「顔を合わすことは無いと言っても、おまえがクロスロード家の出である事は変わらんのだ。ならば、己の立ち振る舞いには十分気を付けよ」


「心得ております、お父様。多々至らぬところはありましたが、ここまでお世話になりました」


 大貴族の当主として掛けた言葉に、父を心配させまいと気丈に返事を返すマリアンナ様に思うところが有ったのだろう。

 バンダール様はギュッと溢れ出しそうになる父親としての表情を押し殺しながら当主として威厳を辛うじて保ちつつ俺に方に顔を向け、その口を開く。


「……ギルフォード! 準備の方は滞りなく進んでおるのだろうな?」


「はっ! 必ずやこの大任、果たして見せます!」


 そう答えたものの、俺はレンの恋心やマリアンナ様が無自覚にレンに向ける信頼を優先し、バンダール様の命に背くことに罪悪感を覚えながら2人の恋路を応援すると決意した者として固い決意で罪悪感を押し殺す。


そして、「さあ、そろそろ出発の時間だろう? 私の事は気にせず、早く行くが良い」と言うバンダール様の言葉に、「それではお父様、必ずや上手くやり遂げて見せますわ!」と言う決意の籠もったマリアンナ様の言葉に合わせて「それでは行って参ります!」と返事を返し、全ての準備が滞りなく済んだ魔動車へと乗り込みレーリット村目掛けて予定通りの時間に出発するのだった。




 こうして、3者の考えは擦れ違いながらも運命の始まりとなるレーリット村視察任務が幕を開けたのだった。

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