第3話 準備万端、出発の時!

 次の日の朝、お気に入りの枕を持っていくかを散々悩んだせいで寝不足だったボクは大慌てで朝の支度を調え、大荷物を持ってエントランスに向けて駆けていた。


(結局、枕はもっと荷物を減らさないとリュックに入りきれないから諦めるしかなかったし、早い段階でそれに気付いていたらもっと早く寝れたのに!)


 ボクはそう心の中で愚痴を漏らしながら、『漆黒の衣』と呼ばれる魔法武具(14の誕生日に父上から何が欲しいか聞かれ、リクエストしたら予想外にも買ってもらえてそれ以来お気に入りの一着だ)のスカートを揺らしながら駆けていく。

 この黒いバトルドレスは魔力を纏った防具で、装備者に合わせて大きさを変えてくれだけでなく一晩経てばどれだけ損傷していても修復されるという優れ物で、布製の生地なので軽くとても動きやすいという優れ物だ。

 まあ、その代わり自身の魔力を乗せなければ全くと言って良いほど防御力が無いただの服なので、魔力で装備品を強化出来ないボクでは全く防具としての効果を発揮しない(だけど自動修復機能と自動サイズ調整は周囲の魔素を吸収して装備が勝手に行うので問題無く発動するが)のだが、特定のキーワードを告げる事で今のようなバトルスタイルと普段着で着ていてもおかしくない程度のノーマルスタイルに自由自在に変更できるところだ最大のお気に入りポイントなのだ。


(それにしても、やっぱり魔力をまともに使えないと不便だなぁ。本来ならアイテムポーチや武器ポーチを使えばもっといろいろ持って行けるのに)


 背中にずっしりと乗っかるボクの背丈ほどの大きさを持った大剣と、ボクの体がすっぽりと入りそうな巨大なリュックに意識を向けながらボクは相変わらず心中で愚痴を漏らすが、当然ながらそれで事態が好転するわけでも無いの軽く頭を振って余計な思考を振り払い、ボクはレンと待ち合わせしたエントランスへと急ぐ。

 そして、どうにか7時半を少し過ぎた程度の時間(5分くらいの遅刻だろうか)でなんとかエントランスに到着した。


「セーフ!」


「いや、アウトだろ。てか、なんだその大荷物」


 呆れたようにそう告げるレンに、ボクは「だって…もうここには帰って来られないんだし、あれもこれもと詰め込んでたらこうなっちゃって……。でも、これでもだいぶ減らしたんだよ!」と返事を返す。


「はぁ。てか、そんな大荷物で調査任務って普通あり得ねえだろ。それに、そんな荷物抱えてどうやって追っ手から逃げ切るつもりなんだよ」


 そう言いながらレンは腰に着けていたポーチの口を開けると、「ほら、邪魔にならならないように俺がしばらく預かってやるから」と告げる。

 なので、ボクは素直に「ありがとう」とお礼の言葉を告げながらリュックを下ろし、そのままレンが差し出したポーチの口にリュックを近付けると一瞬にしてポーチの中に広がる闇の中へと吸い込まれて行った。


「それと、そいつもだ」


 レンは相変わらずポーチの口を開いたまま、ボクの背中にある大剣を指差しながらそう告げる。


「でも、武器がないといざという時に――」


「いざという時は俺がどうにかするし、必要な時はすぐに返してやるからとりあえず寄越せ。そもそも、当然ながら当主としてバンダール様も見送りに出て来るんだから内緒で戦闘訓練に参加していたおまえがそんな厳つい剣を背中に背負ってたら怪しいだろ。それに、その剣をおまえが持ってるってバレるとマズいんじゃないのか?」


 そう指摘され、反論の言葉が見つからないボクは大人しく背中の大剣をレンのアイテムポーチへと収納する。

 この大剣、バルムンクはかつて邪龍を討伐した英雄が使っていたとも伝わっている国宝級の魔法武具の1つで、今の技術では武器として加工する技術が失われてしまった魔鉄と呼ばれる魔力を帯びた鉱石で作られた武器で、魔力を通さずとも刀身が常に魔力を帯びているのでボクでも普通の人が魔力で武器を強化した状態と変わらない状態で戦闘が可能となるのだ。(ただ、魔力が普通に使える人であればさらに刀身へ魔力を乗せて強化するだけでなく、剣を振るのと同時に魔力の刃を飛ばして遠距離攻撃ができるようになるらしいが、当然ながらボクにはそんなことはできない。)

 ただ、この武器はかなり重くて扱いづらい上に意識して抑えていないと勝手に装備者の魔力を湯水のように吸い上げるのでまともに扱える者がおらず(因みに、その特徴から『魔力喰らいの魔剣』と呼ばれている)、クロスロード家の倉庫で長年保管されていたのをボクがこっそり借りている状態なのだ。

 因みに、魔力を使えないボクは当然ながらこの魔剣を装備しても何ともない(普通なら魔力を吸い尽くされると気を失ったり最悪死ぬこともある)し、その性質上他の人は特殊な方法でしかこの魔剣を持ち出した入り手入れしたりできないので、この魔剣が収められていたケースへ適当に似たような大剣を入れて誤魔化しているが未だバレていない。


「とりあえず、護身用としてはこれぐらいで良いだろ」


 そう言いながらレンはアイテムポーチから魔道銃が収納されたホルスターを取り出し、こちらに差し出してきた。


「えー、魔道銃ってすぐ弾切れになるし当たんないから苦手なんだよね」


 そう言いながらボクは渋々レンからホルスターを受け取り、そのベルトを腰に装着する。

 この魔道銃には二種類のタイプがあり、一般的に広く使用されているのは術者の魔力を込めることで魔力弾を発射するタイプで、引き金を引くことでお手軽に一定の威力を持った魔術攻撃を放てるだけでなく、銃のタイプやカートリッジの交換などで変換する魔力の属性や魔弾の特徴を自由に弄る事ができるのだ。(例えば魔弾に炎や雷の属性を着けたり、相手を吹き飛ばすのに特化した球、貫通力に特化した球、消音性に特化した球などを切替えることができ、銃のカスタマイズ次第でいろいろと装備者に合わせた調整が可能なのだ。)

 それに、銃の中に内蔵された魔力を魔弾に変換する機構が壊れない限り魔力が尽きるまで魔弾を打ち続けることができるため、魔力さえあれば誰でも一定の強さを手に入れる事ができる武器として広く普及している武器なのだ。

 ただ、当然ながらボクにはこのタイプは使えなのだが、代わりにもう一つの消耗品の魔石を利用したタイプは問題無く使える。

 このタイプはシリンダーに魔力を蓄積するタイプの魔石を装填し、それを消費しながら魔弾を撃ち出すもので、魔力を一切消費せずに戦闘が可能となる。

 その代わり、装填できる段数に限りがあるのでどうやっても弾切れの問題が発生するし、そもそも魔石はかなり高価な物なので一発魔弾を撃つだけでかなりの出費になってしまうのだ。


「まあ、とりあえず護身用として一応の備えってだけで、何か起きた時は俺がどうにかするからおまえは逃げることに集中しとけ。てか、おまえの隠された力を解放するのは来たるべき時だけで、それはおまえの夢で有る冒険者として英雄を目指すデビュー戦だったんじゃねえのか?」


「うっ、そうだね。華々しいデビューを印象づけるためには、ここは我慢のしどころだよね……」


 そう、ボクの夢は冒険者として未知の敵と戦い、物語に語られるような英雄として後世に語られる人物になることなのだ。

 そのために、ボクはいずれ最強の魔物と呼ばれるドラゴンを討伐する予定だし、世界の裏で暗躍する闇の組織の野望を阻止する予定だし、かつてレイラント王国開国の祖が討伐したと語られる魔王のような強大な脅威を討伐する予定なのだ。

 もっとも、ドラゴンと言えどピンからキリまでいるのでワイバーンクラスとかそれより少し大きい程度のドラゴンなら頻繁に討伐された話を聞くが、闇の組織の噂なんて聞いたこと無いし、伝承に語られる魔王のような脅威は現代には確認されていないのだが。

 それでも、どちらにせよ今のまま貴族令嬢を続けていてはその夢を追掛けることもできないため、この夢を実現するためには何でも屋としての色合いが強いとは言え普段人が足を踏み入れないような未開の地を探索することを仕事とする冒険者しか選択肢を思い付かない。


 因みに冒険者がどう言った職業かと言えば、人が足を踏み入れないような未開の地を探索して得た情報や素材を売って生計を立てる職業で、それだけでは生活が難しいことから市民から持ち込まれる依頼(人捜しやアイテム収拾、護衛や魔物討伐など)を熟して報酬を得たりもする。

 基本的に騎士団は集落の周辺や街道など人が集まる場所に出て来る魔物の討伐は頻繁に行うが、それ以外は人員の問題もあってあまり手が回らないことが多い。

 そのため、未知なる地を冒険できるだけの戦闘力を持った冒険者へ代わりに魔物討伐や護衛を頼むことでお互いに利益になると言うことなのだ。

 だからそう言った依頼の斡旋や素材の買い取り、未開の地で手に入れた情報の集約がスムーズに行えるように冒険者は組合に所属し、その実力や功績に合わせて階級付けをされており、最上級の階級である特級に所属する10人の冒険者はアイドル的な人気があり、かなりの数のグッズが販売されていたりファンクラブが存在するほどなのだ。


(そうだよね。後に語られる冒険者になるには最年少、最速で特級まで上がるのは当然として、英雄譚の始まりである華々しいデビュー戦も外せない要素だよね! だったら、やっぱり今はまだボクの才能を隠すとき、だね!)


 そう判断したボクは、「だから、お願いだから余計な事はせずに大人しくしといてくれよ」告げるレンの言い方に多少引っ掛かる部分が有るものの素直に「分かったよ」と返事を返す。

 そして、「さて、そろそろバンダール様もやって来るだろうし早めに正門まで移動するぞ」と言うレンの言葉を合図に、ボク達は2人で正門へ向けて足を進めるのだった。

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