第2話 夜闇の侵入者
俺は腹ごなしに自室のある寮の6階まで階段で駆け上がり、寝るにはまだ早い時間なので昨日途中まで読み進めていた小説の続きでも読もうかと考えながら廊下の角にある自室の前まで足を進める。
そして、ドアノブに手を伸ばしたところで俺が1人で使っているはずの部屋に何者かの気配があることに気付き、その人物が誰なのか一瞬で理解した俺はウンザリした表情を浮かべながらドアを開けた。
「何で来てるんだよ。てか、今日は誕生パーティーでお偉いさんの相手しなきゃなんねえんじゃねえのかよ」
ドアを開けてすぐ、どこから持って来たのか豪華な飾りが付いた高そうな椅子に腰を下ろして妙なポーズを決めていた赤髪の少女、マリアンナ・ルベル・クロスロードに俺はそう声をかける。
「ちょっと! せっかくボクが『フッ、遅かったな』て決めたかったのにぃ!」
頬を膨らませながら左右で色の違う瞳を向ける彼女に、俺はため息をつきながら「はいはい、それで要件は?」と腰に下げた訓練用の剣をベルトから外して壁に掛けながら声をかける。
「フッ、そう急くではない。物事には順序というものがあるのだよ」
再び謎のポーズを決めながらそう告げる彼女に、俺は「そうか~」と適当に返事を返しながら、流石に彼女がいる前で着替えるわけにもいかないのでそのままの格好でベッドに腰を下ろすと脇のテーブルに置いていた読みかけの小説に手を伸ばす。
「なんと! ついに、ボクの夢が叶うときが来たんだよ!」
瞳を輝かせながら興奮気味に彼女が発したいきなりの言葉に、俺は心の中で『話の順序はどこに行った!?』とツッコミを入れながらも、彼女の『夢』がどう言った内容なのか知っている俺は思わず小説に伸ばしていた手を止め、彼女の方に視線を向けながら「おまえ、誕生パーティーでいったい何やらかしたんだ?」と問い掛ける。
「なんでボクが何かしでかした前提なの!?」
「いや、だって夢が叶うって事はクロスロード家を追い出されるって事だろ? だったら、今日開催された誕生パーティーで何かしでかしたとしか思えねえだろ」
流石に話の内容が適当に流せる内容ではないと判断した俺は、姿勢を正すと真っ直ぐに彼女へ視線を向ける。
「違うよ! ボクは何もしていない!」
そう告げる彼女に俺が懐疑的な視線を向けていると、彼女は頬を膨らませながら「本当に何もしてないもん」と拗ねたように口にしたので、俺は軽くため息を漏らしながら「はいはい、分かった分かった。だったら、何も知らない俺に何があったのか分かるように最初から説明してくれ」と声をかける。
「えっとね、切掛は確かにボクの誕生パーティーなんだけど、原因を作ったのはボク自身じゃなくて、来賓としてパーティーに参加していたミレイユ第一王妃が――」
そこで俺は思わず「ちょっと待て!」と声を上げしまう。
「ミレイユ殿下!? まさか、おまえの誕生パーティーに王宮からの参加者として王族が自ら出席したってのか!?」
「うん」
そう返事を返す彼女の表情からそれが嘘や冗談では無いと察した俺は、俺は思わず「嘘だろ」と呟きを漏らした後、軽く頭を左右に振って気持ちを切替え、「それで? いったいミレイユ殿下がどうしたんだ?」と話を続けるよう促す。
「それで、来賓としてパーティーに参加していたミレイユ第一王妃が出迎えをできなかった事や挨拶が遅れたこと謝罪する父上に、お願いがあるって言い出して、父上は内容も聞かずにそのお願いを了承しちゃったんだけどね」
恐らく、最初の時点で不手際があった以上バンダール様にミレイユ殿下の提案を断る言う選択肢は取れなかったのだろうと察する。
「その内容が、ボクと第三王子の婚約を了承することだったんだ」
一瞬、何の話か理解できなかった俺はしばらく言葉を失う。
そして、ようやく思考が追い付いたところで俺は確認のため、「誰と誰の婚約だって?」と問いを返す。
「だから、ボクと第三王子の」
「第三王子って……レオンハルト・アルバ・レイラント、って事で良いのか?」
「それ以外に第三王子っていないよね?」
俺は頭痛を感じて額に手を当てしばらく考えを放棄し、とりあえずこのわけが分からない話を整理させるために疑問点を口にする。
「それで、なんでそこからおまえが家を追い出されることになるんだ?」
「それはきっと、父上が表向きなんの力も才能も持たないことになっているボクが王家に嫁ぐことでクロスロード家の恥を曝すことになる考え、この縁談を破局させようと思ってるからだね!」
確かに、彼女は国が行う魔力測定では『魔力無し』と判断され、魔力を使って行使する魔術の類いはおろか、自身の魔力を使って使用するタイプの魔道具すら一切使えない。
だが、彼女は気付いていないようだがバンダール様は実は子供達に激甘で、幼い頃から共に育って第一夫人となったステラ・ルベル・クロスロードの若い頃にそっくりだと言われている彼女の事も当然ながら溺愛している。
だから、例え彼女を嫁がせるのが嫌で縁談を破局させようとすることはあってもそのために彼女を家から追い出すなど有り得無いだろう。
(これはあれだ。いつものようになんか勘違いしているか早とちりで動いているだけだな)
そう判断した俺は、彼女の勘違いを正すためにももう少しちゃんと話した方が良いのだろうとも考えたが、本人はとうとう夢が叶うと興奮しているのでここでいきなり勘違いを指摘してガッカリさせるのもあれなので、もう少し状況を整理して取り返しが付かなくなる前までに追々勘違いを正せば良いかと判断してそれより先にいくつか気になった点を整理しておこうと口を開く。
「そう言えば、おまえはどう思ってんだ?」
「どうって…何が?」
「縁談のことだよ。いきなりのこととは言え、普通に考えれば悪い話しでもないだろ」
俺がそう告げると、彼女は露骨に嫌そうな表情を浮かべながら「ボクが大人しく王宮で王族の婚約者らしい令嬢としてやって行けると思う?」と問い返してきた。
「無理だな。たぶん1月……1週間と保たず追い出されるんじゃないか?」
「流石にそれは言い過ぎな気がするけど……。それに、貴族には良くある話だとは言っても、ボクは顔も知らない相手といきなり結婚なんて言われても嫌かな」
「そうか……。でも、案外会ってみれば気があったりするかも知れねえじゃないか」
「それはそうだけど……正直、ボクは恋とか愛とか良く分かんなし、こうやってレンみたいに気心知れた相手と好き勝手やってる方が楽しいからそう言った恋愛とかはまだ先で良いかな」
笑顔を浮かべながらそう告げるマリアンナに、俺は彼女に聞こえないような小声で「俺も一応、異性を意識する程度には普通の男なんだがな」と呟いた後、その言葉を打ち消すように次の話題に話を変える。
「それで、結局おまえは何しにここに来たんだ? それを報告するためだけに俺を訪ねてきたわけじゃねえんだろ? まさか、追放されるから俺に付いて来て欲しいとか言わないよな?」
ただ今日の出来事を報告するだけなら明日にでも適当に時間を作れば良いだけだし、携帯型通信魔道具(これは内蔵された魔石に蓄積された魔力で動くので、魔力が使えない彼女でも使用できる)でメッセージを送れば良いのだ。
だから、わざわざ尋ねてきたと言う事はそれだけ重要な案件であると言うことだと察することができた。
「……そう、だよね。レンは今年で二十歳だし、来年から騎士団に正式に配属されるんだから、良く考えればわざわざ危険を冒してボクと一緒に出て行く必要なんてないんだよね」
シュンとした感じで『そこまで考えて無かった』と言わんばかりに小声で呟く彼女に、俺は軽くため息をついた後に「べつに嫌とは言ってねえだろ」と声をかける。
「……本当?」
上目遣いにそう尋ねる彼女に、俺は再度ため息をつきながら頭を掻いて再度口を開く。
「どうせ夢見た物語のように自由な世界に出るのは嬉しいけど、1人だと分からない事も多くて不安なんだろ? 正直、俺だってそれほど世界のことを知ってるかと言われれば怪しいが、それでも騎士見習いとしておまえよりはあちこちに行ってるからいないよりはマシだろ」
俺がそう答えると彼女はパッと笑顔を浮かべながら「ありがとう!」と抱き付かんばかりの勢いでお礼の言葉を告げ、そしてふと何かに気付いたような表情を浮かべたかと思うとその表情を曇らせて再度口を開いた。
「でも、やっぱりボクの我が儘にレンを巻き込むのは――」
「だぁぁぁ!! ここまで話しといて今更だろ、それ。それに、どうせ俺は今年の内に家の都合でここを去る予定だったしな」
俺がそう告げると、彼女は驚いた表情を浮かべながら「え? 家の都合って……トワイライト家は、もう……」と呟いたところで言葉に詰まる。
「確かに、トワイライト家と管理していた村は魔物の襲撃で既に無いが、それでも貴族としての身分まで完全に失ったわけじゃねえんだ。だから、それなりにいろいろとあるんだよ」
「そうなんだ」
「それより、わざわざこの時間にこんな話をしに来たって事は、大方出発は明日とかなんだろ? だったら、大まかな今後の方針と何を準備するば良いかのか教えてくれないか? それ次第でさっさと準備を始めねえと間に合わないだろうしな」
俺がそう告げると、彼女は「そうだよね」と慌てた様子で言葉を返し、明日には視察という名目でレーリット村に出発すること、俺は彼女が任命した随行者として同行すること、そしてレーリット村の外れにある要塞跡で襲撃を受け、追っ手を躱しながらハルジー領まで逃げ切らなければならない事を説明される。
「――って事だから。さっき端末に届いたメッセージだと正門前に8時には迎えの車が来るみたいだから、7時半にはエントランスに集合ね」
彼女はそこまで告げたところで時計を確認し、「そろそろ寮長の見回りの時間だよね。丁度必要な説明は終わったし、ボクもそろそろ退散しないと」と告げながら窓の方へ足を向ける。
「それじゃあ明日の朝は遅れないでね!」
彼女はそれだけ言い残し、そのまま窓の外に広がる闇の中へと姿を消した。
「はぁ、本当に突然現れて嵐のように去って行ったな」
俺は言葉を漏らしながら開けっ放しの窓を閉め、いつものように鍵だけは開けっ放しの状態にしておく。
そして、ブレスレット型の携帯端末を操作すると真っ先に話をすべき相手に電話をかけるのだった。
――――――――――
「はぁぁぁ」
大きな溜息を漏らしながら、俺、ギルフォード・ジレーミアはベッドに横になりながら天井を見上げる。
「……結局、可能性がありそうなところには手当たり次第当たってみたが、やはりと言うか全員全力で拒否してきたな」
バンダール様の命令を受け、俺は有望な女性見習い騎士へ片っ端からマリアンナ様の護衛を引き受けてくれないかと頼み込んでみたが、その尽くを全力で拒否されてしまった。
中には彼女の護衛を引き受けるくらいなら騎士団に入団するのを辞めるとまで言う者もおり、改めてあの令嬢がどれ程恐れられているかを実感させられる。
だが、それも仕方ないの事なのだ。
(あの目のこともあるが、それ以上に問題なのは……)
そうして俺の記憶に浮かぶのは、目が隠れるような仮面で正体を隠した気になっているどこかの令嬢が時々レン・トワイライトに連れられて(と言うか、あれは間違い無く我が儘を言ってレンに手引きさせただけだろうが)見習い騎士の訓練に紛れ込んでいたときの記憶だった。
(見習いに限定しなければある程度耐性があるやつが何人かいるんだがなぁ。そもそも、女性の縛りがなければレンに任せるのが手っ取り早いんだが)
そう考えながら俺の脳裏に浮かんだのは、見習い騎士一の実力者で騎士団に入団する前から『閃光』の異名持つ青年の姿だった。
彼は剣の扱いが苦手らしく基本は魔導弓や魔道銃、それに魔術を使った後方支援が主であるものの、それでも見習いの身でありながら騎士団の精鋭部隊隊員にすら引けを取らない実力者で、いずれはレイラント王国でも屈指の強さを誇るクロスロード領騎士団一の実力者として王国に名を轟かせる事になるだろうと俺は確信していた。
(それにしても、いずれはレンとマリアンナ様が、なんて考えたりなんかもしたが……まさかマリアンナ様に縁談が、それも第三王子なんて大物との話がいきなり出て来るなんてな。マリアンナ様はそう言った事には一切興味あるようには見えんが、レンは間違いなくマリアンナ様のことを意識しているだろうし……ハア、ままならないものだな)
ただ、バンダール様がこの縁談に反対である以上まだレンにも可能性が残っているのが救いだろうが、それでも厳しい恋になることは間違いないだろう。
そんなことを考えていると、ブレスレット型の携帯端末が何者かからの着信を知らせ、表示を確認したところでそれが丁度今意識を向けていたレンからのものである事に驚きを覚えながらもすぐさま体を起こして電話を取る。
「こんな時間に珍しいな」
『夜分遅く申し訳ありません。急ぎご相談したことがありましたので』
「ああ、かまわんよ」
『単刀直入にお尋ねしますが、ギルフォード様は明日行われるマリアンナ様のレーリット村視察に同行されるのではありませんか?』
そう尋ねられ、ある程度事情を察した俺は「ああ、そうだ」と返事を返した後、レンが再び口を開く前に言葉を続ける。
「その話を知っていると言うことは、マリアンナ様に従者として同行を命じられたのか?」
『はい、お察しの通りです』
その返事を聞き、俺の脳裏に浮かんだ考えは(突然の婚約発表にその婚約を回避するための隠居生活でレンを従者に選ぶ、か……。これは、案外可能性があるんじゃ無いか)と言うものだった。
そのため、ここで俺の心に中には(ならば、年長者としてこの2人の関係を守るために一肌脱ぐしかないな)といった感情が芽生える。
「ならば丁度良かった。バンダール様の命で、俺は(ほとぼりが冷めるまで身を隠すため)家を出るマリアンナ様の身を守る従者として騎士見習いの中から有望なものを選出せよと指示されていたのだ。その役目、マリアンナ様に直接声をかけられたおまえであれば適任であろう」
俺がそう告げると、なぜかレンは少し狼狽えたような口調で『では、バンダール様がマリアンナ様に視察中に何者かの襲撃を受け、そこで命を落としたことにして家を出るように命じた、と言うのは事実だと言うことでしょうか?』と問い掛けてくる。
「ああ、事実だ。だが心配するな。俺が、(おまえ達の恋路が)最悪の結末にならぬよう、できる限り力を尽くそう。だから、おまえはただ全力で(第三王子にマリアンナ様を奪われぬよう)マリアンナ様を守ることだけを考えろ」
そう俺が激励の言葉を投げかけると、レンは覚悟を決めるようにしばらく沈黙を挟み、それから意を決したように『分かりました』と返事を返した。
それから、俺は明日の動きについて2,3レンに伝え、明日の準備を万全に整えるようレンに命じると通話を終えた。
「……さて、それでは俺もバンダール様のお叱りを躱すための言訳でも考えておくか」
俺はそう呟きながら再びベッドに体を倒すのだった。
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