第1話 それって、追放って事で良いんだよね

 ミレイユ第一王妃から突然ボクと第三王子の婚約が発表され、その衝撃が大きすぎたせいでボクはしばらく正常な思考能力を失っていた。

 そのせいでいつの間にボクの誕生パーティーが予定通り開催されたのかも良く分からないし、代わる代わる挨拶に訪れる貴族の顔もどう言った話をしたのかも全く覚えていない。

 ただ、ボクが第三王子の、既に10年以上公の場に姿を現していないにも関わらず未だ次期国王の最有力候補と噂される人物の婚約者となったことで、今まででは考えられない程多くの貴族がボクと話すために集まり、『私は昔から貴女のことをこれだけ気に掛けていたのですよ!』アピールなのか全然記憶に無い小さい頃の思い出話を延々と聞かされたことだけはなんとか覚えている。

 そして、普段なら30分もあれば解放されるはずのパーティーに3時間ほど拘束され(しかも、次から次へと訪れる貴族達の相手をさせられたせいでろくに、と言うか全く食事も取れなかった)、ようやく解放されたと安堵したところでボクは父の書斎に呼び出しを食らう。


(正直、体力的にはどうともないけど精神的に疲れたからもう寝たい……。と言うか、ミレイユ第一王妃がボクと第三王子の婚約を発表した時に父上もかなり驚いた表情を浮かべていたし、今回の婚約発表は事前の申し出も何も無い本当に突然の事だったんだろうなぁ。はぁ、王族かぁ……。やだなぁ。正直、ボクってそんなキラキラした世界には似つかわしくないと思うんだけどなぁ。そもそも、今まで恋愛だってまともにした事無いのに結婚なんて……。それに、王族に入れば間違いなくボクの夢は叶わないだろうし……)


 パーティー用のドレスから普段着(と言っても、普段好んで着ている動きやすい服装で父上のところに行くと『貴族令嬢として相応しい服装ぐらいわきまえるように』とか小言を言われるのでそれ相応のドレス姿ではあるが)に着替え、心の中で不平不満を漏らしながらもボクは父上の書斎に向かって足を進める。

 そして、書斎まで辿り着いたボクは一度大きく深呼吸を繰り返し、軽くドアをノックした後に「マリアンナです。ただ今参りました」と扉の向こう側に声をかける。


『入れ』


 ドアの向こう側からそう返事が返ってきたのを確認し、ボクは「失礼します」と声をかけてからドアを開けると相変わらずしかめっ面で何を考えているのか分からない父上の側まで歩み寄る。


「さて、無駄な前置きは無しにして早速本題へ入ろうか。……此度の縁談、おまえはどう思った?」


 そう問われ、ボクはどう答えて良いもの迷ってすぐに返事を返すことができなかった。

 正直なところを言えば迷惑以外の何物でもないので質の悪い冗談だったと言ってもらえればどれ程ありがたいことか。

 ただ、流石にクロスロード家の令嬢としてそんなことを言えば怒られる可能性も高いのでボクはグッと本心を押し殺して笑顔を意識しながら建前を口にすることにする。


「ボ…わたくしのようななんの取り柄もない娘に、そのようなお声掛けを頂いた事は身に余る光栄であると考えておりますわ」


「……それは、本心で言っているのか?」


「ええ、勿論ですわ」


 そうボクが返事を返すと、父上はしばらく無言でボクの顔を見つめた後に「そのような顔と口調で言われても、全く説得力など無いぞ」とあっさり建前を見抜かれる。

 と言うか、父上の怒られないように令嬢らしい言葉遣いを意識し過ぎた事もあって棒読みのセルフだったことは間違いないだろうが、本当にそんな言われるほどおかしな表情を浮かべていたのだろうかと鏡を確認したい衝動をグッと堪えながら「そんな、わたくしは本心からそう申しておりますわ」ととりあえず言葉を返しておく。


「……まあ良い」


 父上はそう告げた後、なぜか椅子から立ち上がってボクに背を向けると背後の窓から外を眺めながら言葉を続ける。


「あの場ではミレイユ第一王妃殿下の手前、婚姻の申し出に異を唱える事は出来なんだが……あのように騙し討ちのような形で来られてはこちらも納得が行かない」


 まあ、父上としてはボクのような無能が王族に入ることでクロスロード家の恥を曝す事になると考えて良くは思っていないのだろう。

 正直、事前に申し出があっていればボク以外の姉妹で婚約者がいないシャルロットかメルフィのどちらかとの縁談を提案したことだろう。


(それにしても、なんで第三王子はボクを婚約者に? ……まさか、王家はボクの隠された力を把握している!? ……いや、もしかすればボクのこの瞳が特別な意味を持つと王家に伝わっていて、他の貴族がそれに気付く前にボクを確保しようと……)


 ボクの脳裏に様々な可能性空想が浮かんで来て現実から意識が逸れそうになっていると、再び父上が声を発したことで辛うじてボクの意識が妄想から現実へと戻って来る。


「だが、レオンハルトが正式に公の場に姿を現すのは二十歳を迎える誕生パーティーをもってであり、その間に婚約者となるはずのおまえが姿を消してしまえばこの婚約も有耶無耶になる可能性がある」


「お父、様?」


 突然の不穏な言葉に、ボクは思わずそう声をかける。


「第三王子は幼き頃に命を狙われ、その後一切公の場に姿を現さず隠れておるのだ。なれば、その婚約者となったおまえがクロスロード領の僻地へ視察を行った際、何者かに襲われて姿を消したとしても何ら不思議はなかろう」


 その父上の言葉で、ボクはふと数日前に読んだ漫画の内容が頭に浮かぶ。


(これって、あの作品みたいに『貴族としての体面を保つために理由もなく勘当などできないが、行方不明という形でいなくなれば問題無いだろ? 不意打ちで命を奪う事は容易いが、血縁としての情けで襲撃があることだけは教えといてやるから死にたくなければ相応の準備をしておくことだな』って事だよね! って事は、予想外の形じゃあるけど家を出て好きにして良いって事!?)


 そんなことを考えていたせいでボクは父上の話をほとんど聞いていなかった。

 だが、完全に浮かれ気分だったボクは父上から「分かったか?」と問い掛けられ、反射的に「分かりました!」と元気良く答える。


「……本当に大丈夫か?」


「も、勿論ですわ! ……さて、そうなると出発は明日にでも?」


「そうなるな。必要な同行者についてはおまえの方で選定しろ。……ああそれと、表向きは今回の視察は第三王子の婚約者としておまえに相応しい技量があるかを確かめるため、レーリット村の外れにある要塞跡で目撃された怪しい集団の調査を行うものとするため、必要最低限…そうだな、不必要な注目を集めないようにするために同行者は2名までとし、同行する護衛についても私が用意した騎士団の以外の同行を禁ずる」


 こういう場合、大抵ボクを襲う役目は金で雇われた野党とかでなぜかボクが襲われるタイミングで同行していた騎士団が離れた場所にいる、ってのが王道のパターンだろう。

 そして、レーリット村は丁度クロスロード領とハルジー領の領境にある村だから、死にたくなければ追っ手を躱しながらハルジー領まで逃げ切ってみせろと言うことなのだろう。

 それに、父上が用意した騎士団のメンバー以外の同行を禁じると言うのもボクに同行させる騎士団のメンバーはこう言った任務を任せる事ができるほど信頼が置けるメンバーだろうが、騎士団に所属するメンバーが全員信頼出来るわけではない以上、外部にこの事実が漏れる危険性を少しでも排除したいのだろう。


(でも、同行者に騎士団のメンバーを選出しちゃダメってなると、ボクと一緒に逃げてくれる戦力は期待できないから1人で行った方が良いのかなぁ。……まあ、騎士団に知り合いなんてレンくらいしか……。あれ? レンって騎士見習いだからまだ騎士団じゃないって判定で良いのかなぁ。……良いよね! と言うか、ボクと歳が近いからかどちらかと言えば父上よりもボクの味方をしてくれる事が多いレンを一緒に厄介払いをしたいって考えなのかも!)


 そう都合良く解釈したボクは、父上に「分かりました。では、早速わたくしは準備に移らせて頂きたいと思います」と頭を下げ、そのまま書斎を後にする。


 そして、廊下に出てある程度進んだところで思わず口角を上げ、呟かざるを得なかった。


「ああ、ボクの呪われし紅き瞳が、ついに来たるべき運命を呼び寄せてしまったか……」


 ボクが考えた格好いいポーズを決めながらそう呟き、しっかりと決めポーズが決まった事に満足すると早速お目当ての人物がいるであろう騎士見習いが普段生活している寮、しかも男子寮に足を向けるのだった。


――――――――――


「ハァ」


 私はため息を漏らし、深く椅子に腰を下ろしてしばらく無言で天井を眺めていた。

 そして、やがて左腕に装着したブレスレット型の端末を操作し、お目当ての人物の端末に呼び出しのコールサインを送る。


 それから10分ほど過ぎたころ、書斎のドアが軽くノックされドアの向こう側から聞き慣れた男の声で『ギルフォード、ただ今参りました』と声をかけられたので私は「入れ」と短く返事を返す。

 すると、182.4cmある私より10cmほど大柄の、そして鍛え抜かれた鋼の肉体を持つ屈強な男、クロスロード領騎士団の団長を務めるギルフォードが書斎へと足を踏み入れた。


「既にマリアンナの事は聞いているな?」


「はい、当然であります。この度は誠に――」


「私はこの婚約には反対なのだ」


 ギルフォードの言葉を遮り私がそう告げると、彼は戸惑いの表情を浮かべながら口を噤む。


「故に、あの小僧が娘を諦めるまで行方不明と言う形で隠そうと思う」


「それは……大丈夫なのでしょうか?」


「大丈夫も何も、先に礼儀知らずの対応をしたのはあちらなのだ! そもそも! あの小僧がステラに似て器量好しのマリアンナに気があるのは分かっておったが! まさか正々堂々と自分から求婚する訳でもなく!! ミレイユ第一王妃殿下を使ってこのような常識知らずの手を打ってくるとは!!!」


 思わず感情的に声を荒げてしまった私に、ギルフォードは戸惑いの表情を浮かべながらも「その、バンダール様はレオンハルト殿下と面識がお有りなのですか?」と控え目に尋ねてくる。


「……ああ。ただ、この事は他に漏らすことが無いよう肝に銘じておくように」


「はっ!」


 感情的にいらぬ事を口にしてしまったと反省しながら、私はこれ以上感情に任せて余計な事を口にしないようにさっさと本題に入ることにする。


「既にマリアンナには説明を済ませているが、筋書きとしては王家に嫁ぐものとして相応しい能力を持っていることを証明するためにレーリット村の外れにある要塞跡で目撃されている不審な集団の調査に出向き、そこで賊に襲われ数人の従者と共に姿を消してしまうと言ったものだ。当然、本当に賊など襲って来るわけでは無いものの万が一を考え、おまえを始め精鋭10名をマリアンナの護衛に付ける。そして、マリアンナが選定した身の回りの世話を行う従者2名と共に周囲に悟られるように姿を隠せるよう手配せよ」


「はっ! かしこまりました」


 そう返事を返すギルフォードに、私は『以上だ』と声をかけようとしたが、ふともう一つ指示を出す必要があると考えて別の言葉を口にする。


「万が一を考えるのならば、マリアンナが姿を隠す間の護衛も必要だな」


「仰る通りですが……そうなると、その者もしばらくの間騎士団を離れるざる得なくなるという事ですよね?」


 そうギルフォードに問われ、娘のためであれば半年ほど精鋭の数名が抜けるくらい何でも無かろうとは思いつつも、流石にクロスロード領騎士団の精鋭部隊ともなれば領内はおろか他領でも顔が知れている者ばかりとなるため、姿を隠すには向かないだろうと判断して口を開く。


「ならば、見習い騎士の中から有望な者を――」


 そこまで口にしたところで私はハッとあることに気付き言葉を切り、少し考えてから言葉を続ける。


「……護衛と合わせて身の回りの世話も必要となるだろうから、女性の見習い騎士で有望な者を護衛として選定するように」


「女性、ですか……」


 そう言いながらギルフォードはしばらく考え、やがて「見習いに限らず、新人の中で選定してもよろしいですか?」と聞いてきたので、私は少し考えて「いや、今の部署に配属してろくに仕事に慣れない内に長く持ち場を離れれば今後の業務に支障が出る可能性がある。それに、ただでさえ方々から人員不足についての不満が出ておるのだ。人員の選定は見習い騎士の中から行うように」と断腸の思いで領主としての決断を下す。


「……かしこまりました」


 ギルフォードがそう返事を返したところで私は「以上だ。下がって良いぞ」と告げて会話を終える。

 そして、彼が部屋を出て行くの確認したところで今後起こるだろう様々な問題に対処できるよう、必要な対応について思考を向けるのだった。

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