邪眼令嬢と閃光の従者

赤葉響谷

プロローグ

「はぁ……」


 大きな溜息を漏らしながら、全身鏡の前で服装におかしなところが無いかを確認する。

 平均より若干低い156.4cmの身長は動きにくいヒールのおかげで底上げされ、ほとんど起伏のない平らな胸はドレスのバストに仕込まれたパッドによってそこそこのレベルまで格上げされている。

 そして、普段一切しない化粧と自分では絶対にできないような複雑な工程で結い上げられた赤い髪の影響で、鏡に映る自分がまるで知らない少女になってしまったような錯覚さえ覚える。


 だが、その鏡に映った少女が間違いなく自分自身の姿であると証明する決定的な特徴が確認できるため、目の前の少女は間違いなく自分、マリアンナ・ルベル・クロスロードなのだろう。


「どうせどれだけ着飾ったところで、ボクのこの瞳を恐れて誰もまともにボクの姿を見ようとはしないだろうに」


 そう1人呟きながら、右と左で異なる色をした自分の瞳をじっと見つめる。

 ボクの瞳は右目は母上譲りの青、左目はまるで魔物のように赤い輝きを放つオッドアイなのだ。

 そのせいで、ボクは母上が魔物に犯されて孕んだ異形の子ではないのか、なんて噂をする者もいるらしい(しかも、元々体が弱かったお母様はボクを産んで直ぐに命を落としているので、魔物の子を産み落とした精神的ストレスから自ら命を絶ったのではないかなんて噂もあるらしい)く、この紅い瞳から『邪眼令嬢』とあだ名を付けられ恐れられているのだ。

 ただ、間違いなくボクの燃えるような赤毛は父上譲りだろうからそんなことは無いだろうとボクはそう言った噂は完全に無視する事に決めているのだが。


「……と言うか、貴族としての見栄だかなんだか知らないけど、わざわざ他の貴族令嬢と同じように16の誕生パーティーなんて開かなくて良いのに。どうせ、ボクにはそう言った場で発表するような縁談なんて無いんだし」


 そう愚痴を漏らしながら、ボクは何度目か分からない大きな溜息を漏らす。

 本来、貴族令嬢は16の誕生日を迎えると盛大なパーティーを開催し、その場で婚約の発表を行ったり参加した貴族の中から婚約者を決めるのだが、当然ながらボクはこの瞳のせいでそう言った相手もいなければ、パーティーで婚約者に名乗りを上げる者も出ては来ないだろう。

 そもそも、ボクには腹違いを含めて3人の兄と2人の姉、それに1人の弟と2人の妹と言う強大が沢山いるのだから、クロスロード家と繋がりを持ちたければわざわざボクを選ぶ必要が無い。


 それに、ボクにはこの瞳以外にももう一つ問題があった。

 それは、貴族にとって最も重要な要素である魔力をボクは一切使えないのだ。

 そもそも、貴族は領地を守るために魔物や侵略者と戦うための力が求められる。

 そしてその力とは武術の才や肉体の強さだけを指すわけではなく、肉体を強化し魔術を行使するために必要な魔力をどれ程使えるかという点が最も重要視されるのだ。

 極端に言ってしまえば、例え幼い子供であろうが魔力の才に恵まれていれば屈強な成人男性だって倒せてしまうし、同じ魔力量であれば肉体的に優位な男性が近接戦闘では勝るだろうが一般的に女性の方が魔力運用に長けた人が多いため、騎士団や冒険者と言った強さを求められる職種にも女性が数多く所属している。

 そんな中で、国が行う魔力測定において一切の魔力が検知されなかったボクなど領地を守るどころか次代に優秀な魔力を持った子を成す母体としても需要が一切無いのだ。


(ただ、ボクの場合は国の検査基準だと魔力が検知されないってだけで、べつに魔力が無いってわけじゃないんだけどね。でも、そこら辺がバレて変な縁談が舞い込んできたりしても困るし、こう言った才能はいざという時まで隠しておくのが格好いいから自分から言うつもりは無いんだけどね)


 ボクは頭の中でそんなことを考えながら、控え目に口角を上げて静かな笑みを浮かべる。

 そう、ボクには父上にすら秘密にしている隠された才能がある。

 だがまだ今は時では無いため、ボクはその才能を隠す必要があった。

 なぜなら、もしその力が世に知られればボクの力を狙った闇の組織が刺客を送り込んできたり(そんな組織があるかどうかは知らないが)、ボクと言う力を巡って無用な争いが起こる危険性があるため、今はこのまま無能を演じて愛想を尽かした父上からボクの自由にして良いと、つまり家を追い出されるまで耐える必要があるのだ。


「ああ、必ず……きっと…たぶん、近いうちに運命がボクを誘うに違いない」


 片手で顔の半分を覆いながらそう呟くと同時、右手に装着したブレスレット型の携帯端末から時間を知らせるアラームが鳴る。

 そのため慌ててボクはおかしなところが無いか再度鏡を確認した後、大急ぎで父上の待つ書斎へと駆けていくのだった。


 書斎に辿り着き、いつものようにしかめっ面を浮かべる父上、現クロスロード領の領主を務めるバンダール・ルベル・クロスロードに挨拶を済ませ、そのまま父上の後に続いてパーティー会場である大広間まで2人で向かう。

 その間当然ながらボクと父上の間に会話など無く、気まずい沈黙の時間が続く。


(あーあ、早くこの面倒臭い行事を終わらせて昨日読んでた小説の続きを読みたいなぁ。と言うか、父上もボクのことが嫌いならわざわざこんなパーティー開かなくったって……まあ、王国の大貴族としての体裁もあるしそれは無理か)


 そもそも、ここ数年…と言うか物心付いてからボクはまともに父上と雑談を交わした記憶が無い。

 ボクの記憶にある父上はいつもしかめっ面で、何かあればすぐボクに『貴族令嬢たる自覚を持て』と言葉遣いや趣味についてダメ出しをして来るのだ。


(まあ、ボクも貴族令嬢に相応しいようなお茶や音楽、綺麗なドレスなんかは全くじゃ無いけどそこまで興味があるわけでもないし、読んでる本も一般的な貴族令嬢が好むジャンルとは違ったジャンルばっかり読んでるし……父上がいろいろ言ってくるのも分からなくはないんだけど)


 本当に、なぜ父上はそこまで外面を気にするのにボクのような厄介者を追い出さないのか疑問に思うが、大貴族であるクロスロード家の娘を追い出したとなれば領民からの心象が悪くなるのだろうと適当に納得する。(ただ、領民もボクのことを不吉の象徴である『邪眼令嬢』と噂しているらしいので、追い出した方が心象が良くなる気もするが。)


 そんなこと考えながら歩いていると、とうとうボク達はパーティー会場である大広間まで辿り着く。

 そして、扉の前で待ち構えていた初老の筆頭執事、ロベールに出迎えられ足を止める。


「当主様並びにお嬢様、お待ちしておりました」


「ふむ、他3家の者は?」


 父上の問いに、ロベールはすぐに「ケルマイヤー様、ベルメリア様、ジャネット様のお三方全て見えられております」と返事を返す。

 すると、父上は少し意外そうに驚いた表情を浮かべながら「ほう、あの女狐と狸も来ておるか」と言葉を漏らす。

 そして、そんな父上の呟きにロベールは特に返事を返しはしなかったが、少しだけ躊躇うような表情を浮かべた後に「それと、王宮より参列頂いた使者の御方についてなのですが……」と告げ、そこで言葉に詰まる。


 そう言えば、お兄様やお姉様たちの16を祝う誕生パーティーにも王宮から参列者がいたことを思い出し、ボクは少しだけ気が重くなる。

 そもそも、クロスロード家はこのレイラント王国で四大貴族と呼ばれる大貴族、と言うか王家の次に力を持った4家の内1つだ。

 なので、当然ながらそれだけ力を持った貴族が主催するパーティーには相応に力を持った貴族が集まり、またそう言った貴族と近付きたい多数の貴族が集まることになる。

 そのため、王家としてもそれだけの集まりを無視する事もできないため、大抵国の要職に就いている上級貴族を王家の代理として、もしくは重要なパーティーであれば王族自らがそう言ったパーティーに参加するのが通例なのだ。


「ふむ。そう言えば王宮からの参列者については事前に報告が上がっていなかったな。して、そこまで言い淀むと言うことは……よもや、誰も来ぬと言う事は無かろうが……まさか、ラジールあたりでも来たか?」


 正直、ボクとしては誰も来なかったと聞かされてもそこまで驚かないのだが、今父上が告げた名前は確か執政官という行政部局のトップに就いている人の名前だったはずなので、恐らく冗談で名を挙げたのだろう。


 だが、ロベールの口から語られた名は更に予想外のものだった。


「それが……ミレイユ第一王妃が御出になっておられまして」


 普段の彼からは予想もできないほど弱々しい声色で語られた事実に、ボクは勿論父上すらしばらく言葉を失う。

 そして、しばらくしてようやく正気を取り戻した父上は珍しく狼狽えた様子で「馬鹿者! なぜそれを早く報告しなかった!」と慌ててドアを開け放ち、突然の事態に静まり返る会場など一切意に介することなく来賓席まで向かうと、遅れて追掛けるボクの到着を待つことなく一番上座に腰を下ろす豪華なドレスを身に纏った女性、ミレイユ第一王妃の前に跪き、頭垂れながら言葉を発する。


「クロスロード家当主として、ミレイユ第一王妃殿下の出迎えすら行わなかったことはおろか、このように挨拶が遅れたことにお詫び申し上げたい」


「良いのです、バンダール。本日私は其方にお願いがある身として、其方が事前に余計な気を回さぬよう従者の者を含め私の出席を伏せるよう頼んだのですから」


 父上に追い付いたボクも父上と同じように父上の後ろで片膝を付いて頭を下げたところで、ミレイユ第一王妃は穏やかな口調でそう告げ、それに答えるように父上はすぐさま「そのようなご配慮を頂かずとも、殿下の要請であれば何なりとご協力いたします!」と返事を返す。


「それは良かった。それじゃあ貴方の了承を得てパーティーの最後に、と思っていたのだけど……せっかく他の者も注目してくれているこのタイミングで発表してしまいましょうか」


 そう言いながらミレイユ第一王妃は椅子から立ち上がると(このタイミングで他の来賓席に腰を下ろしていた上級貴族達も席を立っていた)、成り行きを見守るパーティー会場の視線を向けながら口を開く。


「幼い頃に命を狙われ、これまで公の場に一切姿を現す事が無かった我が子、レオンハルトの事は皆知っていると思います。そして、その子が今年の誕生日で二十歳を迎えるのに合わせ、正式に公務へ参加する意向で有ることを今年の初めに発表したことも記憶に新しいことでしょう」


 なぜここでそんな話が出て来るのだろうかと疑問に思いつつ、ボクは先程名前が挙がったレオンハルト第三王子の事を思い出してみる。

 確か、国王とミレイユ第一王妃の間に生まれた子で強大な魔力を持って生まれただけでなく、4歳の頃には既に騎士団と互角に戦えるほどの武の才を発揮し、6つ上の第一王女(第一王妃の子)と5つ上の第二王子(第二王妃の子)を差し置いて未来の国王と噂された天才だが、8歳の頃に王宮で謎の刺客に襲われ負傷し、それ以来姿を隠して一切公の場に姿を現さなくなった王子だったはずだ。

 噂では襲撃の際に命を落としていたのを隠されているだけとか、襲われたショックで誰も信じられなくなったって引きこもってしまったとか、身を守るために身分を隠して王宮から離れて暮らしているとかいろいろと言われていたが、今年の年始に二十歳の誕生日を迎える10月18日(今日が6月20日なので約4ヶ月後)に開かれるパーティーの場で姿を見せると伝えられていたため、死亡説は完全に否定されていた。(もっとも、一部ではただの影武者を育てていただけで、ようやく条件に合致する人物がこのタイミングで見つかっただけだと言う主張もあるようだが。)


(でも、そんな王子と父上へのお願いになんの関係が? そもそも、それってわざわざボクの誕生パーティーでする必要ある?)


 正直、もうボクの誕生パーティーなんて皆どうでも良いだろうからこっそり部屋に帰っちゃダメだろうかと考えていると、ミレイユ第一王妃はとんでもないことを口にする。


「そして今回、クロスロード家当主であるバンダール・ルベル・クロスロード郷の了承を得ましたので、本日成人を迎えるマリアンナ・ルベル・クロスロード嬢をレオンハルト・アルバ・レイラントの正式な婚約者とすることをこの場で発表させて頂きます」


 こうして、ボクの運命の歯車は予想を超えた明後日の方向へと転がり始めることになるのだった。

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