誘惑

@Arenkan

第1話

辺りはすでに日も落ちて、

人の匂いのなくなった物達

夜の世界の話しをしよう。

少しばかり時を遡る、

記憶の中で山を2つほど越えた時に

その場所が見えてくる。

奇妙な男の話だ、たとえて言うなら

目に見えて掴めない雲のような男である。

生まれは今から何十年前だったか

そんなものは曖昧でいい、

記憶の中の山などと言う曖昧な言葉で表すのも

あの男の癖である。

そう言う男だ、それと同時に

とても綺麗な音色を奏でた楽人であった。

ある夜例の男が、綺麗な三日月夜に

弦を弾けば、今までにない程の出来栄えで

あまりにも調子がいいため、

少しばかり気分が良くなり、音を鳴らせば

空気に揺れて、虫の音に合わせ

もうひとたび、弦を鳴らすと

あまかける龍が泳いだという。

その男は自慢気にその話しをするせいか、

だれも信じようとはしなかった。

だが、それ以降彼が夜に 

音を鳴らすことはなかった。

そんな変わり者の男だが、

たった1人これまた変わり者の弟子がいた。

まるで水瓶の中身を移し替えたように

よく似た男で、とても美しい音を弾いていた。

時が流れ、男がいなくなり弟子は1人になった

それから、また綺麗な月夜には

見事な音色が聞こえてきた。

それからある日、いつも以上に

興が乗ったように見事な腕を

村外れの家で弾いており、みなが軒下から

耳を傾けていた、、

音が止む、やまびこの音が遅れて聞こえたきり

静寂が滞る、

その夜を最後に弟子が消えた

師であった男と同じく見事な

月夜の最中であった。

あの頃、まだ子供だった私は

夜の闇になにやら吸い込まれそうで

恐れていたが、やはり彼方から

見ている者がいたのだろう。

ここ最近私も琵琶の音が一際綺麗に響く

今宵も披露したいと思っている。


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