第5話 裏切り

 しかし、そうではなかった。

 それがわかったのは、今年の秋、お母さんが新作小説を発表し、その記念の会が開かれたその日だった。

 記念の会は箕部みのべ駅前のパールトンホテルというりっぱなホテルが会場だった。

 お母さんは娘だからと特別扱いはしてくれない。瑠音るねはその会の一スタッフとして働いていた。

 成美なるみが来た。

 成美の家は箕部の家のすぐ近くのマンションだから、それはふしぎではない。成美は、瑠音がスタッフをしているのを知っていて、来てくれたのだ。

 うれしかった。

 ところが、そのとき、成美は言った。

 このパールトンホテルの上の階にも、恒子つねこさんは部屋をもっている。

 そして、うめ大沢おおさわの別荘で「お遊び」をするのではもの足りなくなった相手は、そのパールトンホテルの部屋に呼ばれる。

 つまり、恒子さんにりすぐられた子だけが、そのホテルの部屋に呼ばれるのだ、と。

 しかも、それを知っているということは!

 成美もそこに呼ばれたことがあるのだ。

 しかし、瑠音は、そんな部屋の存在なんか教えてすらもらえなかった。

 下っ端。

 恒子さんにとっての瑠音は下っ端!

 どうでもいい子。

 恒子さんにとっての瑠音はどうでもいい子!

 しかし、成美はそうではない。

 成美は恒子さんにとってたいせつな子。選りすぐったたいせつな子。

 落差!

 小さくて、肌もざらざらで、勉強もできない瑠音には絶対逆転できない落差!

 今度こそ、裏切られた、と思った。

 いや、成美は裏切ってはいない。最初から、成美が「上」にいることはわかっていた。だいたい、瑠音を恒子さんのところに導いたのは成美だったのだ。勝てるはずがない。

 でも。

 「裏切られた」という思いは、どうにもならなかった。

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