第3話 人気作家の娘

 成美なるみのおかげで瑠音るねの世界は広がった。

 成美と知り合う前まで、瑠音の世界の中心はお母さんだった。

 お母さんは「木庭こば晴恵はるえ」というペンネームで知られている作家だ。瑠音が生まれるずっと前から青春小説やミステリー小説を次々に発表して、人気作家の地位を確立した。

 お父さんもその「木庭晴恵」のファンだった。その二人が結婚して瑠音が生まれた。

 だから、家での生活はいつもお母さんを中心に動いている。

 瑠音が高校に進学してからは、お母さんは、自分の作品のための調べものを瑠音に言いつけるようになった。

 ネットで調べてプリントして行くと

「瑠音はお母さんがインターネットの使いかたも知らないと思ってるの!」

と怒る。だから、言いつけられるたびに、瑠音は、蒲沢かんざわ市立図書館や、ときには県の図書館まで行って調べて、コピーを取ってこなければいけない。

 それだけではない。出版社の編集さんとやり取りするメールを書くのも瑠音の仕事になった。お母さんが締切に追われているときには、ご飯を作るのも瑠音の仕事になった。

 できてあたりまえ、できなければ怒られる。

 お母さんは次は何を言ってくるだろう、お母さんは怒らないだろうか、瑠音が書いたメールで出版社との関係がこじれたらどうしよう、今日はご飯は瑠音が作るのかな。

 瑠音の頭のなかはそればっかりだった。

 そんな瑠音を、成美は、試験の前にいっしょに試験勉強しようと誘ってくれた。

 成美のことだから、いっぱい友だちがいて、そこに入れてくれるのだろうと思っていた。

 でも、箕部みのべ駅近くのマンションにある成美の家に呼ばれて行くと、成美と瑠音の二人だけだった。成美のお父さんもお母さんもいない。両親は帰って来るのがいつも遅い、ということだった。

 成美と二人きりになって、瑠音は、最初、ちりちりと小さい炎でゆっくりと焼かれるような気分になった。こんがりと、ふっくらと焼き魚を作るときのようだ。

 でも、その日の勉強が終わったときには、瑠音の緊張はすっかり解けていた。

 「うーん。瑠音って最初の着想がおもしろいね。あとにつながって行かないけど」

 「瑠音さ。一つの目的って考えると、ほかの可能性って、ぱかっ、って忘れてしまうでしょ?」

 先生に言われても、お母さんに言われても、絶対に腹の立つようなことを成美は言った。

 でも、瑠音は、胸のところが温かくなって、胸に空気がたくさん入るようになった。心がくつろいだ、とでも言うのだろう。

 しかも、成美は、要領よくおいしくご飯を作る作りかたを教えてくれた。それで、瑠音は、お母さんに、

「今日のご飯は瑠音が作って」

と言われてもあわてなくなった。

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