第4話【あなた、ごめんなさい――夕暮れのマンションで行われる、罪悪と快感の二重奏】

 我ながら酷く大胆な提案をしてしまったと思う。

 妹たちの願いを叶えるためにしても、流石に一クラスメイトで席が隣同士の関係に過ぎない雛月ひなづきさんを家にあげるなんて。どうかしてるぞ俺は。


「りんちゃん、はいこれ。なつのぼーなすがはいったからけーきかってきたよ」

「うわ~ありがと~。けいくんだいすき~。ちゅっ」


 おいおい妹よ。

 まだ四歳の分際にも拘らず、兄の前で異性ともっともソフトな性行為・キスをするとは。将来はビ〇チにでもなるおつもりですか。

 けいくんもなに汚れをしならいウチの妹の滑らかほっぺにお返ししてんだよ。泣かすぞコラ?

 

「ごめんなさい高田くん。弟がわがまま言って」

「ううん。それはお互い様だよ。丁度今日はこのあと何も予定なくて暇してたし」


 学校帰りに母さんの代理で幼稚園まで妹を迎えに行ったら、そこで雛月さんとその弟くんに出くわすとは思いもよらなかった。

 しかも二人まで同じクラス同士で、見た感じ仲も良さげ。

 帰りたくないとダダをこねて俺たちをこまらせていたので、なら我が家で少し遊ばせるのはどうだろうと連れてきたらこれですわ。

 仲が良いっていうレベルじゃねぇぞ。


「妹さん、特に目の辺りとか高田くんにそっくりだね。すぐわかったよ」

「ウチは兄妹揃って顔のパーツは母さん似ただから。雛月さんはどっち似?」

「私はどちらかと言えばお父さん似かな。性格は絶対にお母さんの娘だ、って言われるくらい似てるらしいけど」


 はにかんでそう答える雛月さんを見ながら、性格が近いらしい雛月母を想像してみる。

 ......ダメだ。最近の度重なるキャラ変の影響か、ふり幅が大き過ぎてイメージがぼんやりとすらも出てこない。

 一つだけはっきりしていることは、お父さん大変だなぁってこと。

 だってそうだろ。日替わり定食みたいに雛月母も日によってキャラが変わるんじゃ、いくら好きな相手でも疲れるというもの。それを受け入れられるのは、聖人みたいに心が大宇宙並みに寛大な人物でなきゃとても耐えられん。


「ねーねーたちもごっごあそびしてるー」


 舌っ足らずな声音こわねでけいくんが、ローテーブルを囲んで座る俺たちを交互に小さく短い指で指した。


「何もしてないよ。ねぇ雛月さん」

「うそだー。ねーねー、いつもみたいにですますいわないもん。おんなのかお? もしないもん」

「こら! けい!」


 言われてみればけいくんの指摘通りだ。

 素の雛月さんは年下にさえ敬語を使う、根っからの丁寧人間。

 それが我が家に来てからは、気付けばタメ口で会話をしている。

 ナイスけいくん! さっきは大人げなく「泣かすぞコラ」なんて言ってゴメンな!

 あとで冷蔵庫の中に入ってる俺のプリンを差し上げるから、妹と仲良く半分こして食べるんだぞ。


「私、女の顔なんてしてないよね!?」


 年齢=彼女いない歴のDTに言われても反応に困ります。

 

「ねーねーたち、えぬてぃーあーるごっごしてるんだー」


「「!!!???」」


 四歳児の口から飛び出してはいけない18禁句に、俺たちは揃って大仰にけいくんの方へと振り向く。


「りん、えぬてぃーあーるごっごみたい! けいくんいっしょにみよー」

「うんいいよー」


 子供という生き物は、時に物事の本当の意味をも知らず、ただ興味のみで動く残酷なマシーンと化す。

 ままごとをする手を止め、体育座りで無垢な瞳を向ける二人からは期待の眼差し。

 桃太郎が始まるでも鶴の恩返しが始まるわけでもない。

 いま目の前にいる幼子たちが待っているのは、NTRれ劇場の開園。

 四年前まで母親の胎内にいた妹・弟から四年後、公開処刑をされるなんて予想を誰ができただろうか。


「......やるか」

「ふぇッ!? 高田くん!?」

「この流れで逃げるのは男らしくないかなと」

「なんでやる気になってるんですか!」

「大丈夫。濡れ場はもちろんカットするから」

「当たり前です! いえ、そうじゃなくて!」


 俺と違ってなかなか覚悟の決まらない雛月さんに業を煮やしのか、観覧席から「えぬてぃーあーる♪ えぬてぃーあーる♪」コール。

 いつもは後手に回る俺だが、今日は一味違う。

 撃っていい奴は撃たれる覚悟がある奴だけだぜ?

 開き直って謎のやる気を見せほくそ笑んでいると、顔を真っ赤にさせた雛月さんがようやく観念してくれたらしく。


「......優しくしてくださいね」


 上目遣いでボソッと呟いた。

 NTRれなので優しくは保証できないが、最善は尽くしましょう。

 俺は以前SNS上で見たNTRれものの漫画のワンシーンをマネし、とりあえず雛月さんの後ろに回り込み、そっと首元から両手を交わす。


「んッ......」

「何つまらない意地張ってんだよ。旦那のモノじゃ満足できないから、また俺のところにやってきたくせに」

「違います......私はただ忘れ物を取りにきただけで......」

「じゃあこれはどう説明するんだ」

「はぅッ......それは」


 注・あくまで妄想の中で確認をしています。

 実際はただ後ろから囁いているに留まっています。


「本当は欲しくて欲しくて堪らないんだろ?」

「......」

「だんまりってことは図星じゃねえか」

「そんなこと......」

「俺ならお前を一生女として扱ってやるよ。毎日獣みたいに、疲れて眠るまで貪りつくしてやる。だから早く楽になっちまいな」

「............さい」

「は? もっと大きな声で言えよ」

「......あなたの大きなモノで私を満足させてください!!」

 

 演技とは思えないとろけた表情で雛月は懇願する。スイッチ入り過ぎだろ。俺もだけどさ。

 

「これがおとなのえぬてぃーあーる......すごいね! けいくん!」

「そうだねりんちゃん! ぼくたちもねーねーたちをみならって、えぬてぃーあーるごっこをれんしゅうだー!」


 これ以上やれと言われたら困るところだったが、俺たちの迫真のNTRれ演技にどうやら納得してくれたご様子。我ながら演技の才能あるんじゃね?

 さて、発端を作った雛月さんはというと――。


「~~~~~~~~~!!!」


 カットがかかると同時に両手で顔を覆い、その場で左右にぐるぐると転がり悶えていた。

 今度はいったい何を仕掛けようとしたのかは、とてもいまの本人の口からは聞き出せそうにないな。

 その日の16時半を知らせる夕焼けチャイムの寂しい音色は、雛月さんにとってはさぞ心に染みたことだろう。

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