第3話【保険室の宴――DT男子高校生に迫る、愛に飢えた保健医の超舌技100連発!】
季節の変わり目は誰だって体調を崩しやすい。
俺だって例外ではなく。現に朝からダルさを感じていたので、こうして二時限目と三時限目の合間に保険室まで薬を貰いにやって来たわけなんだが......。
「あらどうしたの高田くん。顔色が優れないようだけど」
そこで目にしたものは、上下薄紫色のボディコンスーツを真っ白な白衣で包み、イスに腰かける
男なら問答無用で開放気味の豊かな胸元に目がいってしまうところだが、熱で特殊能力「死神の目」が発動した俺は騙されない。
雛月さんの頭の上に表示されている数値はC。それも多く見積もってだ。つまりマラソン大会でEの鑑定結果が出たのは不正によるもの。俺としたことが!
Iカップを誇る木藤先生の大きさを再現するには、かなりの枚数を盛ったことになる。その努力を認めよう。
しかしコスプレはいいとして、健全な男子高校生の心をもて遊ぶ行為は解せん。
「雛月さんこそ。その白衣の下......ひょっとして木藤さんの私物じゃ」
「教師に向かってさん付けなんてイケナイ子ね。私のことは雛月セ・ン・セ・イでしょ?」
「......雛月先生」
「はい。なーに?」
「木藤先生はどこに行ったの? 俺、体調悪いから薬貰いに来たんだけど」
「それはいけないわね。そこに座って服まくって頂戴、先生が検査してあげるから」
戸惑うを俺をガン無視し話を進める雛月さんは、首元にかけた聴診器を外し装着。
チェストピースを握りながらいいから座れと、赤縁眼鏡越しの瞳から鋭い視線が飛ぶ。
自身のトレードマークまで渡して。マジであの人、生徒を替え玉にしてどこ消えた。
「BJ先生ならともかく、雛月先生はなりたてホヤホヤの無免許医でしょ。薬の場所さえ教えてくれればいいから」
「何バカなことを言ってるの。流行り病が落ち着いてきたとはいえ、まだまだ油断はできないのよ」
バカは雛月さんです。
ヤンキー・妹に続いて今度は保健の先生ですか。振り回されるこっちの身にもなってほしいというもの。あと空気を読め。そこ、テストに出ます。
「木藤先生に何をお願いされたのかしらないけど、薬もらえないならベッド借りるよ」
「ダーメ。先生の言う事を聞いてくれない悪い子を寝かせるベッドはありません」
ふらつきベッドに向かおうとする俺を雛月さんは無理矢理引っ張り、診察イスに座らせた。
いつもならこの程度の脆弱な力では引き留められはしないんだが、立っているだけでも辛いこの状況下ではそもそも逆らう気力すら出ない。
「脱がないなら、先生が脱がせちゃうわよ?」
「お願いします」
「ふぇッ!?」
「うるさい。ここ保健室」
「あ、ごめんなさい.......」
男子を喜んで上裸にする気概もなく何が保健教員だ。
その定義でいくと木藤先生は痴女ということになるが――まぁ、このTPOが厳しいご時世に学校内をAVに出てくるような服装でうろついてる時点で痴女確定だろ。
顔を赤らめながらも、雛月さんは俺の上半身の肌に聴診器を当てていく。
部位を変え、胸だけでなく背中も。
チェストピースの先の金属部分が肌に直接触れる度「ん」と声が漏れそうになるのはご愛敬。診察が終わったらしく、険しい表情で腕を組んで呻く雛月さんはこう結論付けた。
「多分風邪だと思うわ」
でしょうね。はい、ごっこ遊び改め茶番劇終了。
「風邪薬ならそこの棚の真ん中に入ってるから」
「ありがとう」
「授業も始まってるし、良かったらこの時間は寝ていったらどう」
「そうさせてもらうよ」
雛月さんと無駄なやり取りをしたせいか、さらに体調は悪化したように感じる。
教えられた棚から薬を取り出し、ウォーターサーバーの水で胃袋に流し込む。
運のいいことにベッドは一つも使われていない。
みんな雛月さんの格好に度肝を抜かれて去ったのかは知らないが、貸し切り状態なのは得をした気分だ。
カーテンを閉め上履きを脱ぎ、壁沿いのベッドに仰向けになる。
「......で、雛月先生はまだ何か俺にようで?」
俺だけのプライベート空間の中。薄い笑みを浮かべ見下ろす雛月さんが出て行ってくれない。
「高田くんが寝やすいように、私が子守歌を唄ってあげるわね」
「お構いなく」
「ちょっと! もう......ホント可愛くないんだから」
布団を頭から被り完全なる拒絶の意思を示す。
雛月さんはぶつぶつ文句を言いながらも、どうにか諦めカーテンの外へと出て行く。そんな元気あるなら授業出ろよ。
布団から頭を飛び出させ、静かになった保健室で目を瞑る。
部屋中をほのかに香る消毒液の匂い。
病院で嗅ぐと嫌でも病院に来たことを意識させるさせる嫌なそれは、保健室で嗅ぐと不思議と妙な安心感を憶えるのは何故だろう?
AVに保険医ものが多いのは、人生で最初に性の対象として意識する身近な人間が保険医だからなのか?
くだらない禅問答を熱で朦朧とする思考で行ううちに、やがて睡魔が襲い、俺を夢の世界へと案内する。
「――もっと細いかと思ってたけど、意外と肉付きいいんだ」
次に目が覚めると、ベッドの横には丸椅子に腰かける雛月さん。
布団の上から寝そべるように両肘を付き、俺のお腹の中心辺りを指で
なんとなくここで目覚めるのは気まずい気がして、ゆっくり開きかけた瞼を再び閉じる。
「腹筋の筋もくっきり見えてたし、高田くんもやっぱり男の子なんだね」
違うんです。
単にそれは痩せてるから腹筋の筋が出てるだけなんです。ガリの証なんです。
でも女子に男として見られるのは悪い気はしないな。相手が変人なのを除けば。
「唇も女の子みたいに桜色で綺麗......えい」
真っ暗闇の世界で囁く隣人が、今度は俺の下唇を指先で軽く触れる。
益々起きるタイミングが遠ざかってきたぞ。
「私がこれだけ頑張っているのに、あなたは全然気付いてくれない......」
いや変人だってことは気付いてますよ。俺だけじゃなく教師や売店のおばちゃん等を含め学校内のみんなも。
「罰として、高田くんのファーストキスをいただくね」
勝手に人を童貞扱いするんじゃない! 間違ってはいないが!
雛月さんの影が俺に重なり、顔の辺りを人の体温と思わしき熱が覆う。
嘘だろ? 俺、こんな場所で初めて奪われちゃうの!?
相手が雛月さんなのが決して嫌というわけではないんだ。でも物事には順序ってものがあるでしょ!? 誰かが言っていた。キスとはもっともソフトな性行為であると......。
階段をすっ飛ばしていきなり踊り場にやってくる雛月さんに、俺は持ち前のチキンハートでどうすることもできず硬直。唇まであと感覚数センチまで迫った――まさにその時だった。
「おい高田、風邪引いたって聞いたけどだいじょう......はぁッ!?」
唯一カーテンが閉じられた場所に俺がいるのは至極簡単な推理。
保健室にやってくるなりピンポイントで場所を特定した
「二時間も教室に戻ってこないっていうから人が見舞いに来てやれば......今度こそお前との同盟は破棄だ! チクショー!!!」
傍からはどう見ても雛月さんが眠っている俺にキスをしようと迫る、言い逃れのできない体勢。俺と雛月さんの一切の反論を許さないまま、白洲くんは俺にDVDのパッケージを投げつけ、勢いよく泣きながら保健室を飛び出して行った。
「――コホン。高田くんおはよう。あの子ったら、何か勘違いをしちゃったみたいね」
どんなに平静を装っていても俺は誤魔化せませんよー。
ずれた眼鏡を元の位置に直しても、声音は上ずったままで挙動も白衣をはたいて皺を伸ばそうと不審過ぎ。
「これは先生が預かっておくわね。療養中の高田くんにはまだ刺激が強すぎるから」
布団の上に転がった白洲くんのDVDを俺が拾い上げるより前に、雛月さんはそれを白衣の中にひょいとしまいこみ、何事もなかったかのようにカーテンを閉め出て行く。
できれば一目どんなジャンルか確認したかったが、
「......NTR」
カーテンの外からそう小さく呟いた雛月さん。
なるほど。
病人相手に寝取られものを持ってくるとは――白洲くんはやはりエロの何たるかを分かっている同志だ。
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