第2話【妹✕スパッツ・野外の食い込みレッスン】

 二学期の中間のテストが終わった後にやってくる、秋の肉体労働イベント。

 それがマラソン大会。

 学校付近の河川敷を男子は10キロ・女子は5キロをただひた走る。

 運動部経験が一度もない帰宅部の俺と友人の白洲しらすくんのテンションは、当然ながら最低も最低。

 他のやる気ない勢に混じって体育教師に目をつけらないよう、最善の注意を払って共にダラダラとゴールまで向かう予定でいた......ほんの少し前までは。


「お兄ちゃん発見! ゴールまで結奈ゆいなと一緒に行こう♪」


 ようやく半分を走り切った辺りで、あまり遭遇したくない人物に出会ってしまった。


「......雛月ひなづきさん、まだこんなところにいたんだ」

「えへへ。遅すぎて待ちくたびれちゃったよ」


 俺たちから約5メートル前方で走っていた彼女は、こちらの存在に気付くやわざわざバックしてまで横に並び声をかけてきた。

 三日前までの東京でリベンジする風の派手な茶髪は元の黒髪に。長いつけまつ毛も消え、外見だけは正常に戻ったように見えるが、お察しの通り。


「昨日も言ったけど、私はお兄ちゃんの妹なんだがら。遠慮しないで結奈って呼んでくれていいのに」


 喋り方が典型的な妹属性のへと変化していた。

 合わせて、髪型は普段のおさげ髪にせず、幼さが増すハイツインテール。

 体操服姿でなければ地雷系に見えなくもないギリギリのラインを責めた雛月さん。

 イメチェンするなら10人に聞けば10人全員がこっちの方が可愛くて似合ってると答えるだろう。見た目だけならな。

 そんな妄想・俺の妹と化した雛月さんに白洲くんは「この裏切り者が!」と一言俺に捨てセリフを吐き、号泣しながら先に行ってしまった。

 エロで繋がった男同士の友情ははかなく、そしてもろい。


「こうやってお兄ちゃんと揃って走ってると、子供の頃の町内会の運動会を思い出すね。あの時はお父さんもお母さんもいて、毎日が幸せだったなー。もちろん、結奈は今も幸せだよ」


 昨日、土日明けで学校に来てからずっとこの調子だ。

 俺の本当の妹はこんな頭のアレな同級生ではなく、去年から幼稚園に通っている天然の可愛さを持った4歳児で、両親はありがたいことに共に健在。

 つまり全ては雛月さんの脳内妄想設定で会話が行われている。


「それは良かったんじゃない」

「お兄ちゃんは今の結奈との生活、幸せ?」

「幸せだよ」

「そっか。結奈嬉しい♪」


 代り映えしない澄んだ青空に河川敷の景色と、雛月さんの妄想に突き合わされながら、どこまでも続くと錯覚させる舗装された道を走らされる......控えめに言って罰ゲームか何かか?


「――ねぇお兄ちゃん。いつから知ってたの?」


 暫く走るのに専念していた雛月さんだったが、呼吸を整え口を開いた雛月さんの声音の色は、明らかに真面目なものに。 


「知ってたって、何の話し?」

「私達が、本当は血の繋がった兄妹じゃないってこと」


 俺たちの雰囲気に気まずさを感じたらしい周囲にいた生徒たちが、一斉に急に走る速度を早め我先にと離れようとする。

 皆さん違いますよー。

 この物語はフィクションで、実在の人物・団体・事件とは一切関係のない、単なる雛月さんの妄想にすぎませんよー。

 と心の中で叫んでも誰も速度を緩めはし

ない。


「お兄ちゃんの気持ち、聞かせてほしいな」

「聞かせてほしいも何も......」


 少し前まではクラスの静謐せいひつな隣人だったけど、今は変身願望と妄想癖のあるできればあまり関わりたくない隣人に格下げになりました、なんて言えるか。


「私の気持ちはあの時から変わらないよ」


 あの時ってどの時でしょう?


「今の関係のままじゃ、私もう満足できないの。お兄ちゃんと身も心も繋がっていたいの。ペットとしてでもいいから、結奈をお兄ちゃんのものにして」


 ごめん! もう無理ー!

 これ以上はいろんな方面からの警告が怖いので俺も逃げさせてもらおう!

 ギアを数段階上げた全力ダッシュにより、袖を掴んでいた雛月さんの手が外れる。脱出成功!


「待ってよお兄ちゃん! ――きゃッ!!」


 雛月さんの悲鳴が聴こえ後ろを振り返ると、彼女は足がもつれたらしく地面に倒れ込んでいた。

 どんな変人であれ、目の前で女子が倒れているのを放っておけるほど俺は残念ではな

い。


「!? 大丈夫!?」


 バランスを崩しながらも一旦立ち止まり、雛月さんの元へ急いで駆け寄る。


「いたたッ......」


 見た感じ顔には擦り傷らしいものは見当たらなくホッとしたが、どうやら足をくじいたらしい。痛みで顔を引きつらせ右足首の付近をさすっている。


「立てそう?」

「......っツ!」


 肩を貸してゆっくり起き上がらせようと試みたがダメだ。膝から崩れ落ちまた地面に倒れ込んでしまう。

 ついさっきまで俺たちの近くにいた連中は、全員米粒サイズくらいに見える距離にまで先に。

 後方からは生徒が何名か走ってきたが無視。自転車に乗って巡回する教師の姿も確認できず『助けてください!』と、河川敷の中心で哀を叫んでみたくなるこの絶望的状況。

 仕方がないので、肩に乗った雛月さんの腕を静かに下ろし、そのまま背中を向ける。


「ん」

「え......高田くん?」

「肩がダメならこうするしかないだろ。嫌なら、俺も一緒に先生が来るの待つけど」

「......ううん。嫌じゃ、ないです」


 俺の紳士な行動に一瞬驚き、そして迷った雛月さんだったけれど、首を横に振って受け入れてくれた。

 雛月さんの腕が俺の首に絡まり、体重を預けたところで、スパッツに包まれた太股部分を抱えそっと立ち上がる。持ってくれよ、俺の体力!


「私、重たいですよね?」

「仮に重たかったとしても、女子にそんなこと言えるわけないでしょ」

「......良かった。私、高田くんに女の子認定されてるんだ」


 そりゃしますとも。

 だって雛月さん、めちゃめちゃいい匂いするし。思ってたよりお〇ぱい大きいし。

 この感触は――Eカップとみた! DTなんで知らんけど。あくまでエロ本知識のみだから当てずっぽうだけど。

 猫吸いではなく雛月さん吸い効果により、俺の体力は信じられない超回復(ただアドレナリンが大量分泌してるだけ)をみせた。


 これなら軽くあと5キロはイケる!


 ......そう謎に確信めいた想いを抱きながら数十メートル走ったところで、ボーナスタイムは突然の終わりを告げにやってきた。


「あれれ~。キミたち何で合体してるの~?」


 俺たちの横を、自転車に乗った白衣の女神が颯爽と通り抜け、目の前に現れる。


「「木藤先生きとうせんせい!!」」


 我が校の保健室の主・木藤先生が独特な抑揚のある口調で訊ねた。


「実はですね......」 


 俺はこうなった経緯を雛月さんの痴態がバレないよう伏せ、簡潔に説明。

 その後、雛月さんの怪我の具合を見てもらったが、幸い診断結果は軽度の捻挫。

 大事に至らなくて本当に良かった。


「焦る気持ちは分かるけど、怪我人をむやみにその場から動かすのはかえって良くないことなんだよ~。以後、気を付けるように」


「す、すいません」

「うむ。分かればよろしい~。キミの優しさは充分先生に伝わったからさ~。えらいえらい♪」


 他の先生たちを呼んでもらっている間、軽くお説教を受けていた俺の頭を、木藤先生は優しく撫で回した。

 保健の先生はどうしてこうも立派な双丘そうきゅうをお持ちな方が多いのだろうか? 雛月さんのEが霞んでみえるぜ。

 もしかして保健の教員資格には貧乳NGという隠れ審査でもあるのだろうか?

 薄紫のニットセーターの下からでも存在感溢れる二つの木藤先生を眼前でこんにちわしながら、バカなことを思案してみる。


「......高田くんも、やっぱり大人な保健室の先生が好みなんだね」


 隣で座っている雛月さんが何やら呟いたような気がしたが――うん、多分幻聴だ。  


 すぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅッ!!!(大きく息を吸い込む音)

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