河川敷でエロ本を拾う。失くす。そして隣の席の雛月さんの様子がおかしくなる。

せんと

第1話【私があんたのおかずになってやるよ......16歳、ツンデレヤンキーJKの ドキドキ初体験。】

 ――エロ本を無くした。それも大のお気に入りのヤツを。


 一昨日の学校からの帰り道、友人であり同志でもある白洲しらすくんと河川敷で拾った、珠玉の一冊。

 表紙を見る限りは、どこにでもある普通のエロ本にすぎない。

 しかし、中身を見た瞬間、自分好みな内容&女性たちに溢れ、脳から全身にかけて強烈な電流が駆け巡った。あと、ちょっと出た。

 捨てられて間もないのかほとんど汚れらしい汚れもなく、それどころか使用感すらも見当たらず美品そのもの。

 この世には表紙詐欺という、健全な男たちの純粋な心をもてあそぶ卑劣極まりない行為がいにしえより横行しているが、それは珍しく逆のパターン。隠れた名作と言えよう。


 そんな生涯に一度出会えるかどうかのマイベストパートナーを、あろうことか俺は昨日学校に持ってきてしまった。だって我慢できなかったんだもん。

 確かにカバンの中にしまっていたそれは、昼休みに堪能しようと中を開けた時には既に空っぽ。教室の何処を探しても出てくる気配は無く、結局見つからずじまい。


 次の日。

 悲しみの傷がいえず、朝っぱらから厭世的えんせいてきな色を漂わせ登校してきた僕を、窓際の席に座る隣人が出迎えてくれたんだが――。


「おう! 高田おはよう! なに今日も辛気臭いツラしてんだよ」


 ......えっと、貴方はどちら様でしょうか?

 俺の知っている隣人とは見た目も性質も全く違う、派手な茶髪でガラの悪い雰囲気の、見るからに東京でリベンジしてそうなヤンキー風女子が俺の隣の席に座っていた。 


「んだよ、クラスメイトの顔を忘れるなんてあんまりじゃねぇか。私だよ、私。隣の席の雛月結奈ひなづきゆいな


 唖然と言葉を失っていた俺に、さらに追い打ちをかける事実を告げた。


「......ど、どうしたの?」

「女子がイメチェンするって言ったらアレしかないだろ。恥ずかしいこと言わせんなよ、高田のくせに」


 はい、全く意味がわかりません。

 他のクラスメイトたちも雛月さんの突然の変貌ぶりに、同じく困惑している様子。 

 雛月結奈といえば、窓際の席でいつも一人大人しく読書にふける、真面目で静謐せいひつを具現化したような女子。

 例えるならそう、恋愛シュミレーションゲームで勉強のパラメーターにほぼ全振りしておけば落とせそうな、初心者向け三つ編み眼鏡の虚弱系女子。

 とても『夜露死苦』とかが似合いそうなレディースではない。


「一限目の数学の宿題やってきたか?」

「いや、やってないけど」

「ったくしょうがねぇな......今回も私のやつ見せてやるから。センコーが来る前にちゃちゃっと写せよ。あとこいつは貸しだからな」


 あ、その見た目になっても宿題はしっかりやってるんだ。ちょっと安心したかも。

 それと雛月さんから宿題見せてもらうの、今回が初めてなんだよね。とは言える空気ではないか。


 なんやかんやでそのままホームルームからの授業が始まり、時間はあっという間に進んでお昼休みのこと。


「おい高田。ちょっと屋上までツラ貸しな」


 誰かさんのせいで教室の空気が朝からおかしいので脱出しようとすれば、その誰かさんが4時限目の授業が終わるなり、立ち上がって隣の俺に声をかけてきた。

 教室中の視線が一気にこちらへ集中し、皆俺の出方を窺っている。


「え? なんで?」

「約束のブツ、持ってきてやったからさ。忘れたとは言わせねぇぞお前」


 『ブツ』という犯罪的パワーワードにクラスメイトたちはざわつく。   

 

「いや、忘れるも何も俺、雛月さんとそんな約束してないよね?」

「いいから。お前は黙って私に従ってりゃいいんだよ」


 どうやら俺に拒否権はないらしい。

 横目で適当に目の合ったクラスメイトたちに助けを求める視線を送っても『安寧あんねいの昼休みのために犠牲になれ』と、そっぽを向かれてしまった。人身御供ひとみごくう高田淳弥たかだじゅんや、ここに爆誕である。


「......分かったよ。その変わり手短に済ませてくれる?」

「そいつはお前次第だな。ほら、さっさと行くぞ」


 俺次第って何!? どういうこと!?

 私を満足させない限り、いつまでも屋上に監禁してやるって意味なのか!?

 それは困る! 今日は白洲君とまた河川敷まで宝探しに行くという大事な使命が!

 いくらヒントとなりそうなワードの断片のみを繋ぎ合わせても、答えは導き出されず。

 雛月さんに促されるがまま、俺は仕方なく教室を後にした。


「――ジャーン! どうだ! 驚いたか?」


 屋上に連れて来られるなりベンチに隣同士で座った雛月さんは、トートバッグの中から巾着袋に包まれたブツ、もとい弁当箱を自分の顔の前に突き出してみせた。


「......これを、僕に?」

「おう。前に言ったろ? 今度私が弁当作ってきてやるって」

「あ、ありがとう」


 しつこいようだけど、僕と雛月さんはただのクラスメイトで席が隣同士なだけ。そこまで親しい間柄などではない。挨拶やたまに会話を交わす程度の、薄く浅い関係。

 なのに突然の変貌からのグイグイ来る態度に、僕のバグった頭はいつしか考えるのを放棄しはじめた。


「どうだ? 美味いか?」


 真横で露骨に長いつけまつ毛を装着した瞳に睨まれながら食べる弁当は、味も何も感じない。だが答えねばヤラレる。間違いなく。


「......うん。とても美味しいよ」

「そうかそうか~! この世で一番美味いか~!」


 語彙力1にも満たない言葉で返す僕の感情を、雛月さんはその何十倍にも謝った数値で受け取り、満面の笑みで喜んで見せた。どうやら雛月さんのスカウターは故障しているらしい。


「じゃあ私の分も少し分けてやるよ」

「大丈夫だから。そんなにいっぱい食べられないし」

「あぁん? お前今、いくらでも食べられるくらい美味いって言ったよな? 男のくせに嘘ついたのか? おいコラ」


 そっと自分の弁当を横に置いて、長いつけまつ毛で僕の顔を刺すような勢いで迫る。

 なんだか、怖いを通り越して色々面倒くさくなってきたな、雛月さん。


「違うから! 断じてそんなことは――あ」


 もはや何に対して違うと言っていいべきか迷う僕の視線は、ふと雛月さんの口元、下唇に留まる。

 

「あ、って何だよ!」

「雛月さん、ほら。ご飯粒ついてるよ」

「話しを誤魔化すんじゃねぇ!」


 自分の方を指さしてアピールしても、今のスイッチが入ってしまった雛月さんは聞いてくれそうもない。なので詮無く雛月さんの下唇からご飯粒を人差し指で拭ってあげた。


「......ね? 僕の言ったとおりでしょ?」

「ああ。でもこの程度じゃ私は誤魔化され......へぇっ!?」

「ん? どうしたの?」


 妹の頬っぺたに付いたご飯粒みたいに、人差し指に付いた『それ』を自分の口の中にひょいと入れた僕を見て、雛月さんの表情はみるみるうちに赤く変化を遂げた。


「あのっ!? そういうのは軽々しく女子にするものじゃないと思います!!」

「ごめんごめん。僕、毎日妹にやってるから。つい癖が出ちゃった」

「え、妹さんに毎日そんなことしてるの!? ......そっか、高田君はレディース系じゃなくて、そっちが趣味だったんだ......良かった」


 何やら一頻ひとしきりぶつぶつ呟いた雛月さんは、ハッっとしたと思えば両手で自分の顔を覆い隠し、悶えながら小さく呻き声を上げた。

 僕は立ち去りたい気分を堪え、背を向ける雛月さんを動物園にいるアルマジロか何かに見立て、黙って出された弁当をなんとか完食。


 その後。意気消沈した雛月さんはというと、放課後のホームルームが終わるなり、マ〇オカートのスタートダッシュを彷彿とさせる電光石火の走りで教室から姿を消した。

 きっと雛月さんは、勉強で疲れていたんだろう――誰もが頭の中でそう納得させた。



         ◆

 第1話を読んでいただきありがとうございます!

 こちらは第2回G’sこえけん・ボイスドラマ部門に参加している作品です。

 前回の第1回では2作品が最終選考まで残りましたが、惜しくも賞は逃してしまいました。なので今回はそのリベンジマッチです。

 少しでも面白い・先が気になる! と思った方は是非応援のつもりでブクマ・☆☆☆・レビューをよろしくお願いします!!

 


 

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