第17話 トラック in オレ

「みんな~! こんばんうさ~! み~んなのアイドル、み~んなの友達、恋島ウサだうさ~! 今日はダンジョンの中からミカちゃんと一緒に雑談配信……って、わわっ! 来場者数がすごいんだけどぉ~!?」


 昨夜、リフトでミカとウサをダンジョンの一回奥まで送り届けた後。

 オレがダンジョンを操作して簡単な家のような囲いを作ると、二人はその中で配信を始めた。


 ドタバタ続きでチェックする余裕もなかったが、オレたちのダンジョン配信は凄まじい勢いで話題になっているようで、掲示板10chのダンジョン板ではパートスレが伸びまくり。

 まぁ、元々人気のあったカヌカリや恋島ウサのファンまで巻き込んでるんだから当然といえば当然なんだが……。

 なかにはミカのファンスレやオレのアンチスレなんてものまで。


 ゴールデンタイムのテレビで放送されたこともあり、ただの雑談配信にもかかわらずウサの配信には、開始すぐ六十一万人もの来場者が集まった。

 オレの中に泊まることには、コメント欄でも賛否両論が入り乱れていた。

 でも「ミカも一緒に泊まる」ってウサが伝えて以降は、みんなを安心したみたいで、あまり荒れることもなく配信は進んでいった。


(自分の幼馴染が、自分の推しと一緒に配信してる……)


 不思議な感覚すぎる。

 ベッドに横たわったまま時計を見ると、もう十時を回っていた。

 眠気が襲ってくる。


(今日一日で、ここ五年間分くらい動いたからなぁ……さすがに疲れたよ……)


 視界が暗闇に包まれていく中、とてつもなく貯まったカヌカリからの未開封DMが目に入り憂鬱になる。


『これからコラボ依頼とか事務所へのオファーがたくさん来るだろうけど、全部無視するように! 私が、ちゃんと責任を持ってキミをマネージメントしてあげるからな!』


 言ってた。カヌカリの言葉。


 いや、でもさぁ。

 別にたまたま最初に出会ったからって、全部の権利がカヌカリにあるわけでもないし?

 ウサから誘われたら、しょうがないじゃんねぇ?

 だってオレ、もう五年も推してんだよ?

 ああ……でも一応返事くらいは返しとかないといけないのかな。

 だって相手、日本一有名な配信者だし。

 はぁ……面倒くさいなぁ……。


 そう思いながら完全に目を閉じると──。




 ウィィィィィィィィン!


「ヨル、起きて! なんか来てるよ!?」


「……はぁ? ったく、なんでミカがうちに……」


「は? 寝ぼけてるの? 私いまから学校行ってくるから!」


「ああ、学校……」


 そういえば、ミカはオレの中に泊まったんだっけ。

 白いセーラー服姿が日焼けした肌によく似合ってる。

 そんなことを思いながら、カーテンを開けてけたたましく鳴る騒音の元を確認する。


「…………は?」


 ガコーン! ガコーン! ガコーン!


 えらくゴツい機材が家の前で組み立てられている。


「え……あれ、なに?」


「昨日の配信聞いてなかったの? 家作るのよ」


「い、家!?」


「うん、3Dプリンターで」


「はぁ!? そんなの聞いて──」


 ピコン。


 ウサからチャット。


『ヨルさん、今から機材をダンジョンの中に入れますので、入る瞬間を配信してください。私は入ってくるところを配信しますんで』


「は? 配信……?」


 ガチャ。


「あら、ミカちゃんもう行くの? 朝ごはんは?」


「ヨルの中で食べたんで大丈夫です!」


「あらそう、気をつけてね」


「はい、ヨルのお母さん、ありがとうございます! じゃ、行ってきます!」


 そう言うとミカは、まるで自分の家かのように勝手知ったる感じで軽快に駆けていった。


 こいつ……前から思ってたけど、オレよりも円滑にオレの母親とコミュニケーション取れてるな……。


「ほら、ボサッとしてないであんたも行くよ!」


「へ? 行くって?」


 学校? いや、疲れてるから今日は休みたいんだけど……。


「家の前にあんなの止まってたら迷惑でしょ。さっさとあんたのダンジョンとやらの中に仕舞いなさい」


 えぇ~……? いやいや、そんな「おもちゃ片付けなさい」みたいなノリで言われても困るんですけど?



 家の前。


「オーラーイ! オーラーイ!」


 オレは今、家の前で寝間着のまま道路に寝っ転がっている。

 そしてオレの足を目がけて、組み立てられた3Dプリンターの装置を積んだトラックがゆっくりと進んでくる。

 オレは、その様子をスマホで絶賛配信中。


”臨場感がヤバい”

”ほんとに轢かれそう”

”一歩間違ったら人身事故”

”マ? これがダンジョンに入るってマ?”

”いや、無理だろこれ……”

”主、逝ったわ(確信)”

”ヨル、いいやつだった……”

”安らかに眠って、どうぞ”


 オレの『ヨルチャンネル』と『恋島ウサの元気うさうさちゃんねる』。

 その同時配信は、まだ朝の時間だというのに大盛況の三十万リスナー超え。

 毎日視聴者ゼロ人記録を更新してたオレからすれば夢のような話。

 と言っても、ここでトラックを入れられずに轢かれちゃったら一貫の終わりな話なんだけど。


(うわっ……マ、マジでこっわ……)


 予防接種の注射ですら無理なくらいの怖がりなオレ。

 迫ってくるトラックの音。地面の振動。全てが超絶プレッシャー。


”ウサの方の配信の心音がヤバいw”

”ヨル、無言になってて草”

”轢かれる前にもう死んでそう”


「あっ……一応、生きてます……。死んだら横で見てる母の平子が介錯かいしゃくすると思うんで大丈夫です……」


”介錯草”

”介抱だろw”

”トドメ刺してて草”

”母親も名前バレwwww”

”う~ん、若者のネットリテラシーさぁ”

”平子w”


「あっ、入りそうです」



 しゅるるるる……。



 一瞬のうちに小さくなってウオノメの中に吸い込まれていくトラック。


”え? いった?”

”トラック消えた!”

”おいっ! ウサの方にトラック来てるぞ!”

”マジで!? マジワープ!?”

”ガチもんの人体ダンジョンかよ……”

”うへぇ、異次元すぎるw”

”これ、核廃棄場として使えないかな?”


「なんかめちゃくちゃ言ってる人いるけど、やめてください核とか。怖いんで」


”ビビってて草”

”反応するの、そこ?w”

”なんかズレててかわよ”


「あ、え~っと、何話せばいいんだろ……あ~、トラック入り終わったんで、これで一旦配信切りま~す。この後はウサの配信でお楽しみください」


”りょうかい!”

”おつ!”

”おもしろかった!”

”ヨルくん、天然でかわよだったよ~!”


 と、チヤホヤされるコメントに若干のくすぐったさを感じていると。



 キキィ~ッ!



 なんか「もこっ」とした感じの高そうな黒塗りの車が、荒々しい運転で弧を描きながらオレの前に急停止した。


”なんかきた”

”道路専有してたから怒られるのかな?”

”怖い人出てきそう”

”え、なに? トラブル?”


 バンッ!


 中から現れたのは──金髪をなびかせ、西部劇のようなサングラスをかけた黒いスリットドレスの女。


”カヌカリじゃね?”

”カヌカリ?”

”うおおおお! カヌカリきたああああ!”

”最後にすげえゲスト来たっ!”


「え、あ、あの……」


 大量のDMを返せてない後ろめたさから、思わずキョドってしまう。


「まだ配信中よね?」


「え、あ、はい……」


 カヌカリは、ぐっと身を乗り出してオレのスマホを覗き込む。

 なんというか、大人の香りが鼻を突いて一瞬ぽわっとした気持ちになる。


「はぁ~い、みんな~! カヌカリでぇ~す! 今日は、ヨルくんがあまりにもDM返してくれないから直接会いに来ちゃいました~!」


”うおおおお! カヌカリの凸配信!”

”さすが日本一のフットワーク”

”カヌカリに住所バレしてるの運がなさすぎたなw”

”カヌカリ、今から探索するん?”


 カヌカリはサングラスを外すと、思いもよらないことを抜かし申した。



「ん~、探索? ノンノン。探索じゃなくてぇ~、私もこの子の中に住むことにしましたぁ~!」



 …………はぁ?


”まさかの超展開wwwwww”

”え!? 日本一の配信者と元日本一のVTuberが同居!??”

”やべぇ、これ日本が揺れるだろ!!!”

”最強の二次元と最強の三次元がヨルの中に……”

”これは一体どうなってしまうんだぁ~!?”


 いや、マジで。

 どうなってしまうんだよ、オレの体とこれから……。


 困ったオレは横にいた平子に助けを求めて視線を向ける。

 すると、平子はカヌカリから高級菓子の折り詰めを貰ってホクホク顔で喜んでいた。


(うわぁ~、この母、頼りになんねぇ~)


 こうして。

 この日のオレの午前の配信は、カヌカリの乱入という形で幕を閉じた。

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