第16話 布団はひとつで
「え? え? えっ?」
急に風呂場に現れ、びしょ濡れになって戸惑うウサ。
「わ、わっ、わぁっ……! ちょ、後ろ向いちゃダメ! ダメですっ! マエっ! 前向いててっ!」
オレは素っ裸なまま股間を押さえ、指をさす。
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。
鼓動がヤバい。
え……なに……? この状況、ヤバすぎない……?
ん? 推しと一緒にお風呂に入れて嬉しい……?
ナイスラッキースケベ……?
いやいや、こんなもんウサに訴えられたら一発で終わりだろ……。
お縄にかかってマスコミに『暴走したVTuberオタクの闇の性欲』とか『モラルの低下するダンジョン』とかあるコトないコト書かれるに決まってるんだ……。
きっとそうなんだ、終わったオレ……うわああああああああん!
「あの……ヨルさん」
「え、は、はひ?」
ドキドキドキドキドキ……。
急に話しかけられて頭の中は真っ白。
振れすぎたメトロノームのように奏でる鼓動を聞くことしか出来ない。
「見えてるんですけど……」
「え、なにが?」
ドドドドドドドドド……。
「その……前にある鏡で、反射して……」
ほう、なるほど。うん、はいはい、たしかに見えてるね、反射して。
ドカァーーーーーン!
「あばばばっばばびゃら……らいっ! らららら~い!」
もうこうなったら勢いで誤魔化すしかない。
オレは浴室から飛び出すと、濡れた体も拭かずに部屋へ戻ろうと脱衣所の扉を開けた。
すると、最悪なことに。
「キャーーー! なにしてんの、ヨルっ!!」
荷物を抱えて戻ってきたミカが玄関から入ってきたところだった。
さらに。
「あらあら? あなたたち、そういうことするには時間がちょっと早すぎるんじゃない? ほら、もうすぐご飯できるから……」
母、
そのうえ。
「あのぉ~……私、一体どうしたら……」
更衣室からびしょ濡れのウサまで出てきてしまう。
「ちょっとヨル……? アンタ、マジデ何シテンノ……?」
あ、ダークミカだ……。
「あらぁ! まったくウチの子も
いや、ほんと誤解を招くようなこと言うのやめて我が母……。
「あ、お母様ですか? お邪魔してます。私、小手川渚と申します。実はつい先ほどから私、ヨルさんの中に入らせていただいてまして……」
「まぁ! 中に!? ヨルの中に!? あらあら、まぁまぁまぁ!」
いや、言い方!
うちの母ぜったい誤解してるからっ!
「で、ヨル……? あんたは一体何してたわけ……?」
素っ裸のまま玄関で三人の女性に囲まれたオレは、体から床に
「あ、え~っと……うん、今日のご飯、なに?」
豚の生姜焼きと豚汁にサラダ。
豚のメインに豚の汁物を合わせるという我が母のとても正気とは思えないメニュー。
食卓を囲むんでいるのはオレ、ミカ、ウサに母、ダメ親父、の五人。足元には柴犬のシバコもいる。
「あらそう……うちの息子がダン……なんでしたっけ?」
「ダンジョンです」
「ああ、そう、そのダン……ジョンってやつで? で、二人はその中に入ってたわけなのね?」
「ええ、そうです」
「まぁまぁ、ダンジョン、ええ、ダンジョンね。わかるわよ、お母さん。ねぇ、あなたもわかるわよね?」
いつも通り適当に
うちの両親の黄金パターンだ。
「お、おお、わかるぞ、もちろん! あれだろ? 入ったらお宝とかあるとこだろ? で、地底人とかがいて改造されちゃうんだろ? し、知ってるぞ、もちろん」
「あら、あなた、物知り。さすがね」
「ま、まぁな、ほら、テレビとかでもやってただろ? 母さんも見てたはずだぞ」
「あら、そうだったかしら? じゃあ、今もテレビつけたら息子のダンジョンがやってたりして」
ピッ。
『スキル恋島流剣術、参の型────
あっ……。
凍りつくオレたち三人。
「あら、なにこれアニメ? CGなの? すごいわね、最近のアニメ。本物の背景みたい」
「あ、あの……」
ウサが恐る恐る口を挟む。
「そ、それ……わ、わたしなんです……」
「え、でもウサギのアニメちゃんだったわよ? バット持って、ヤーって飛び降りて、雷ズバババーン! ってなって、
「わああああああああああ! やめてください! いやぁぁぁ~っ! 恥ずかしいぃっ!」
涙目で両手を顔の前でバタバタと振るウサ。
どうやら、あの時は夢中だったけど、こうして素で見返すと恥ずかしいらしい。
まぁ、必殺技名言ってるからね。気持ちはわかる。
今のウサは、服が濡れちゃったのでミカの持ってきたスウェットの上下を着ている。
ウサの身長はミカより小さい。
なので、とてもダボッとした感じになっててめちゃ可愛い。
う~ん、オレはただのいちファンだったのに、推しの中の人をこんなに堪能してしまっていいんだろうか。
「じゃあ、これがダンジョン? ヨルの中ってわけ?」
「あ、はい、そうです。ほら、私出てきました」
画面では、ミカの『なんちゃら投げ』がスローモーションで再生されている。
「あら~、ほんとね。ミカちゃん昔から合気道上手だったものね。あらあら、今でもあんなに大きな人投げられるなんて」
いや、人じゃないんだけど……それ、フロアボスで、一応世界初撃破なんだけど……。
っていうか、ゴールデンタイムのテレビで放送ってさ……。
なんかこれ、オレが思ってる以上に
あのタクシー運転手も知ってたし。
オレの中では、ちょっとしたネットのバズくらいのつもりの感じだったんだけど……。
「じゃあウサちゃんのお家には私から連絡しとくわね」
「あ、はい、すみません、ご迷惑おかけします……」
「あらあら、迷惑だなんて。ねぇ、あなた?」
「うむっ! いつまででも居てほしいくらいだ! なんなら、うちの息子と交換でも構いませんよ! あっはっはっ!」
親父……かあさん……あんまり程度の低い会話はやめてくれ……。
相手は超お嬢様なんだからさ……。
オレがこの二人の遺伝子から出来てると思われるの恥ずかしいから……。
「それじゃあ、お布団はあと二つ持っていけばいいのかしら?」
「あ、布団はいらないです」
「い、いらない!? じゃあ、一個の布団で三人……ぐぬぬ……ヨル……お前、いつの間にそんなプレイボーイに……」
「ちょっと! ヨルのパパ! 違います! 私たちヨルの中で寝るから……」
「ヨルの中でっ!? な、なんということだ……! 子供の頃から見てきたミカちゃんから、まさかそんな言葉を聞くことになるとは……!」
「ちょ、おじさん! なに言ってんですかっ!?」
ああ……オレ、完全にウサから馬鹿一家の一員だと思われたな……。
豚アンド豚の馬鹿みたいな夕食を終え、お風呂に入り(ウサとミカは仲良くなったみたいで一緒に入ってた)、歯も磨いて、部屋に戻ったオレたち三人。
二人がダンジョンに入るため、オレはベッドに仰向けになって足裏を放り出してる。
「あ、そういえばごめんね、なんかうちの両親馬鹿で」
なんというか、一応フォローしとこ。
「いいえ、羨ましいです」
「またまたぁ~、ほんとに嫌になったらいつでも言ってくれていいから」
「いえ、ほんとですよ。私、小さい頃からお母さんいなくて……。それで、父もあんな風ですし……」
あっ……。
ぽかっ。
「いてっ」
ミカがオレの頭を叩いてくる。
「いえ、いいんです。気にしないでください。だから私、父にあんなに本当の気持ちをぶつけたのも、今日が初めてだったんです。そんな環境で育ってきたから、ヨルさんたちのご両親、ほんとに気さくで羨ましくて……」
「そうね、私もヨルのお父さんとお母さん好きよ。なんか大人って感じがしない。友達って感じ」
「う~ん、そうか? 大人の方がよくない? 大人なんだから」
パシッ。
ミカに足を叩かれる。
「なんだよ、あんまり叩くなよ」
「いいから早く足向けて。ウサちゃん、この後配信しなきゃいけないんだから。カメラとかの充電終わってる?」
「ああ、うん。終わってると思う」
「よし、じゃあ、これ全部持って、っと……。さ、行こう、ウサちゃん!」
「ええ、ミカさん、ありがとうございます」
「おいおい、いつの間にか二人ともすげ~仲良くなってんな。風呂でなんかあったのか?」
二人は顔を見合わせてニヤッと笑うと「秘密~!」と言ってウオノメの中に吸い込まれていた。
「……ったく……なんだよ、あれ……。オレだけ除け者みたいにしやがって……」
ピコン。
ミカからビデオ通話。
「なに? 忘れ物?」
「いや、これ! このリフト、二人乗りにして!」
「あ~、はいはい」
ウサとミカは、オレの作った二人乗りリフトに腰を下ろして、なにが楽しいのかクスクスと笑いながら、キャンプ地予定のフロアボスの居た大広間まで揺られていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます