第13話 親フラ配信!
「渚ァ! 渚はどこにいる!!?」
そう叫びながら恋島ウサの部屋に入ってきた肩幅の広い白髪のおっさん。
その人物と、目が合った。
さてさて、世界で初めてフロアボスを倒したウサの配信はというと、視聴者爆伸びで現在すでに三十万人を超えている。
そのコメント欄の言語も日本語だけではなく、英語やタイ語、アラビア文字や、アクセスが禁じられてるはずの中国語までが入り乱れてる状態。
スパチャも飛び交い、もういくら投げられたのかも把握しきれない。
何万円という金額のログが、流しそうめんのように左から右へと流れていく。
昨日まで視聴者ゼロ人配信を続けてたオレからしたら、もう夢の中にいるような状況。
そんな中に響き渡った恋島ウサの(たぶん)父親の
オレはベッドの上に寝そべったまま、首だけをそっちに向ける。
え~っと……とりあえず、挨拶をしてみようかな……。
「えっと……おじゃましてまぁ~……」
「お前は誰だァ!」
あばばばばっ!
こわっ!
七三になで上げられた白髪。
頬から顎にかけて生えた白ひげ。
高級そうなパリッとしたダブルのスーツ。
なんか現役バリバリな会社の社長って感じ。
「あ~……えっと、オレは……」
あれ?
なんて説明すればいいんだ?
『オレがダンジョンになったんで、娘さんに中に入ってもらってます』
…………。
いやいやいや、ないだろ~。
そんなこと言われても意味不明すぎるだろうしなぁ。
軽く途方に暮れていると、配信のコメント欄が目に入った。
”主、詰められてて草ァ!w”
”間男で草”
”お父さん! お嬢さんは、その男の中ですよ!”
”だれがお父さんやねんw”
”Oh……ガチ修羅場……”
”主、いいやつだった……”
”つ【香典】”
「お前は……娘の部屋で……何をしているんだ!? あ!?」
鬼かな? くらいの勢いで、ウサパパは激しく唾を飛ばしながらズンズンと部屋の中に突き進んでくる。
「渚はどこにいるんだッ! 大体お前は、なんでベッドから起きない!? 失礼だと思わんのか、ひとの家で! そんな態勢でっ!」
”え、やだ、こわっ……”
”はい、ギャン詰めですね、わかります”
”間男が見つかる親フラ配信とか史上初やろ……”
”間男じゃないからw”
”主~、説明がんばれ~(無責任)”
そうだ、説明……オレが説明しないと……。
うん……せっかくウサがフロアボスを倒して配信が盛り上がってたんだ。
オレがこんな親凸なんかで配信をグダグダにさせてたまるか!
オレは自分を奮い立たせると、キッ! とウサパパを睨んだ。
「オ、オレは、ダンジョンの方をさせていただいてます、
”ヨルくん、本名公開wwww”
”ダンジョンの方をさせていただいてますw!?w?w”
”ちょ、こんな挨拶ある!?www”
”意味不明すぎw”
”フロアボス戦よりヤバいw”
”リアル(現実)ボス(パパ)”
「あぁ? ダンジョンだァ!?」
ウサパパの眉間に深いシワが刻まれる。
ギラッとした鋭い眼光。
こわっ……だけど、ここで押されるわけにはいかない。
オレの中には、推しと幼馴染が入っているんだ。
守らきゃ、二人を。オレが。
「わけあって自分はこの体勢から動くことが出来ないのですが、ウサ……あ、お嬢さんは無事です!」
「無事なのは当たり前だろうが! だぁから! 渚はどこにおるんだと聞いとるんだ!?」
「あ~……お嬢さんの名前を、あまり口にされないほうがいいかと」
「あ?」
「つまりですね、え~っ……いま配信されてます。この、オレたちの会話」
「……ん? 配信だぁ? 許さんぞ、さっさと切れ! カメラはどこだ!?」
「あ、カメラはオレの中で……。あ~……つまり、お嬢さんもオレの中にいるわけで……」
”やだ、もう見てらんない……”
”ボス戦より胃が痛いw”
”こんなに怒られるダンジョンが存在したんだ”
”オレ氏、ダンジョンに同情”
「あ? どういうことだ!? どうせ、そのスマホで配信してるんだろ! 見せてみろッ!」
ガッ!
「あっ……」
ウサパパがオレのスマホを奪い取った時に、イヤホンが根元から外れた。
「? なんだ……これは?」
外界の音が配信に乗って……。
『なんだ……これは!!!!!?』
ぐわんわぁんわぁ~~~ん!
部屋中に反響する。
「こ、これは、私の声か!?」
『これは、私の声か!!!!!!?』
「一体どうなっているッ!?」
『一体どうなっているッ!!!!!?』
「おい、渚! いるなら出てきなさいっ!」
『おい、渚!!! いるなら出てきなさいっ!!!!』
ぐわんわわわわぁ~~~~~~~ん!
”うるさぁ~い!”
”ミュートにしたわ”
”音量焦ったw”
”外の声が体内に響いてるのか”
”これエンドレスに反響してるじゃん!”
”声でかすぎるんだよ、このおっさん!”
”あ~、もうめちゃくちゃだよ!”
オレは足元が揺れないように上半身だけをサッと起こすと、ウサパパからスマホを奪い返す。
「おい、君、ちゃんと説明しなさい! 渚はどこに居るんだ!?」
「あの、だからオレ、ダンジョンなんです」
「だからダンジョンとはなんだッ!」
その時、これまで黙り込んでいた恋島ウサが声を上げた。
「お父さん!」
オレは、配信の画面をウサパパに向ける。
「お父さん、聞いて。私、今、その人の中にいるんです。その人の体の中に出来た、ダンジョンに」
ジィ~……。
ウサパパは老眼なのか、目を細めてスマホに顔を近づける。
「これが……渚?」
「はい、そうです」
”お父さん! ウサをボクにください!”
”いぇ~い、パパ見てるぅ~!?w”
”おいおい! この台本、神すぎるだろ!”
”このウサちゃんが渚さんですよ~”
”パッパかわよ”
オレは自分とウサパパの耳にイヤホンを刺す。
ふぅ……この一つのイヤホンで二人で聞くやつ……初めては彼女としてみたかったぜ……。
「え~、そこに映ってるウサギのアバターの中の人がお嬢さんです、はい」
「これが……?」
どうやらウサパパは、初めて娘の配信を見たらしい。
ウサは全盛期と比べて多少人気が落ちたとはいえ、今でも十分な人気を誇る日本トップクラスのVTuberだ。
なのに、親がここまで娘に無関心って……ありえるのか?
……オレが思ってるよりも、ウサの家庭環境は複雑なのかもしれない。
それにしても……。
こういう頭の固いおっさんには、口で説明するよりも体験してもらったほうが早いだろう。
「嘘だと思うなら、オレの右足の小指の裏にあるウオノメに近づいてみてください。そこからダンジョンに入れます」
「はぁ? ウオノメだと……?」
”は?”
”え、入るの?”
”これは……超絶神展開の予感!”
”まさかの親子ダンジョン探索配信?”
”展開早すぎてついていけんw”
「な……なんなんだ、こいつらはっ! わ、私は探索なんかせんぞっ! 大体なぁ、ウオノメに近づいてダンジョンだなんて、そんなことあるはずが……」
ウサパパは、そう言いながらオレのウオノメにグッと近づいてくる。
そして。
しゅるるるる…………!
ウサパパは、一瞬でウオノメの中へと吸い込まれていった。
”パパ逝ったああああああ!”
”親凸の次元超えすぎwwwwww”
”間男の体の中に取り込まれるパパw”
”カオス超えてんだろ、この配信!”
しゅるるるる…………!
すぐにウオノメから出てくるウサパパ。
「ぶ、ぶはぁっ! な、なんだったんだ、今のは──!?」
ゴブリンにでも襲いかかられたのか、ウサパパの整えられてた髪は乱れ、服もよれよれになっている。
「こんな……こんなもんは認めんぞっ! 娘をこんなわけのわからないところに行かせることは許可できんっ! 渚! 今、すぐに出てきなさい! そして今後、お前の一切の配信行為を禁止する!」
”は?”
”何言ってんの、このおっさん”
”おい、ふざけんなよ”
”えぇ~、唐突な最終回”
”終わりだよ、もう”
”せっかく盛り上がってウサの人気復活しかけてたのに……”
”ま、でもお父さんの言ってること正論だよ”
”恋島ウサって、結局いつもこうなるのね……”
オレもコメント欄と同意見。
オレがウサパパに見つかったせいで配信禁止とか、ウサにもみんなにも申し訳なさすぎる……。
そうだ……ここは、オレがウサパパを説得しないと……!
「あの……」
オレが声を上げようとした、その時。
「なんでッ!?」
ウサの声が響いた。
「なんで、お父さんは……いつもいつも私のすることに文句ばっかり……!」
「文句!? お前のために言ってるんだろうが! 早くそのふざけた格好をやめて出てきなさいッ!」
「また、そうやって無理やり束縛するのっ!? お父さん、普段は私のすることに何の興味も持たないじゃない!」
「別に束縛などしていないだろう! 社会の常識を教えてやってるだけだ!」
「社会の常識!? そのお父さんお常識は、いま全世界に配信されてるからっ! 本当に常識がないのは、どっちか後でじっくり思い知るんじゃない!?」
「渚っ! 親に向かってその口の聞き方はなんだっ!? いいからすぐに配信とやらを切りなさいッ!」
「イヤッ! 絶対に切らない!」
「渚ッッッ!」
ウサのこんな顔見るの……初めてだ……。
ダメだ、ダメだよ……。
ウサは、そんな顔してちゃダメだ。
みんなを明るく、元気を与えるのが恋島ウサなのに。
でも。
部外者のオレが、今この二人の間に割り込む資格は、ない……。
いくら高校生のオレでも、それくらいはわかる。
聞くにいたたまれない親子のやり取り。
コメント欄もピタリと止まっている。
そして次の瞬間、信じられない言葉が耳に飛び込んできた。
「私……もう家に戻らないからっ! 私…………このダンジョンの中で暮らすからっ!!!」
………………………………はい?
…………ん? 今なんて言った?
ダンジョンの中で……え? なに?
くら……暮らす?
えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?
”草”
”草”
”家出草”
”まさかの展開で草”
”もうっ! なんなのこれっ!”
”ダンジョン主、巻き込まれてて草”
”これからは『ダンジョン攻略配信』じゃなくて『ダンジョンでスローライフ配信』になるのか……”
動揺収まらぬコメント欄。
そんなオレを救うかのように、ミカが異を唱える。
「は? ちょっと、あんた何言ってんの? 住むってヨルの中に? ちょっとめちゃくちゃ言いすぎじゃない?」
お、ミカ、いいぞ。
その調子で言ってやってくれ。
そんなことは無理だって。
でも、そんなオレの期待とは裏腹に、ミカの口から飛び出した言葉は──。
「あんた一人で住ませられるわけないでしょ! だから、私もここに住みますっ!」
はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?
”え、なにこれw”
”オレ、なに見せられてんのこれ?w”
”『ダンジョン攻略配信』かと思ったら『ダンジョンでスローライフ配信』かと思ったら『ダンジョン恋愛リアリティー番組』だった?wwwwwww”
”もう考えるのやめたわw 脳がおいつかんw”
”ネット史上一番カオスな配信だろこれぇ!”
いやいやいやいや、いやいやいや…………。
オレの中に「推し」と「幼馴染」が住む、だって…………???
いやいや、ムリムリムリムリ……。
マジで意味が分からなさすぎるんですけど……。
さすがにウサパパも唖然とした表情をしてる。
う~ん、これから一体どうなるんだ、オレ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます