第12話 【祝】世界初! ボス撃破!

「わぁ~い! やったぁ~! また倒したよ、みんな褒めて褒めて~!」


”すごい!”

”ウサ天才”

”普通に強くて草”

”むしろモンスターが可哀想w”


 恋島ウサのダンジョン攻略は圧倒的だった。

 まず、ウサは、まだほとんどが謎に包まれているダンジョンについて詳しく研究を重ねてきていた。

 例えば、



 ■ ダンジョン探索者には、なんらかのスキルが宿る。

 ■ スキルは使うことによって強化されていく。

 ■ モンスターを倒したら魔石がドロップする。

 ■ ダンジョン内の植物には特殊効果の含まれるものもある。

 ■ アイテムは現実に持ち帰ることが出来るが、ダンジョンを出た瞬間に特殊効果は失われる。

 ■ そしてダンジョンには『フロアボス』というものがおり、まだそれを倒せた人は一人もいない。



 などなど。

 ノリと勢い重視だったカヌカリと違って、緻密で堅実な対策を練って挑んでいるウサの配信は、攻略ガチ勢たちの間でもすぐに評判になり、あっという間に視聴者数も八万人を超えた。

 しかも……。


 ガラガラ~、ズバッシュ!

 ガラガラ~、ザバッ!


「いや~、小さい時からやってきた剣道が生まれて初めて役に立ってなによりです!」


 オレが配信を見ながらタイル通路を作り出し。

 その上をウサがローラーブレードで駆けて。

 一気に魔物に詰め寄って、斬り捨てる。

 並外れた機動力と、日本刀(アバターではカラーバットに見えている)による一撃必殺の攻撃。

 このチートとも言えるふたつのフレーバー効果によって、へなちょこゴブリン(カヌカリ命名)どころか、もはや普通のゴブリンやスライムまでもがウサの相手にはならなくなっていた。

 しかもウサは、自分で名付けたスキル『恋島流剣術』を育てながら進んでいる。


”ウサ無双の時間だあああああ!”

”剣道つええええええ!”

”てか、アバターが持ってるのカラーバットだけど、実際に持ってるのあきらかにカラーバットじゃないよね?w”

”カラーバット(空気の読めるオタク)つええええええ!”

”うおおおお、カラーバットさん最強!”


 そんな絶好調ともいえる攻略配信の中、ひとつだけ気がかりが。


 ミカだ。


 ミカの役目は、オレとウサとのチャットの中継役。

 だが、オレはドローンカメラの配信画面を見ながらウサの進行方向に通路を作っていっている。

 しかもウサの配信を何年も見てきたオレは、彼女の性格や考え方が大体わかる。

 なので、特にコミュニケーションを取る必要もなく、ここまでスムーズに進んできていた。

 つまり、ミカの役目が宙ぶらりんになってるうえ、ローラーブレードでスイスイ進むウサから、どんどん取り残されていってしまっている。


 ガラガラ~。


 先に進んでいたウサが、ミカの元へと戻ってくる。


「ミカさん、大丈夫? ちょっと休みますか?」


”お、JKひさびさ”

”JKの存在忘れてたわ”

”美少女タイム”

”血なまぐさいダンジョン探索に、JKのひとときを”


「ハァ……ハァ……おかまいなく……! 私のことは、ほんっっっっっっっっとうに気にしないでいいですから!」


 息も絶え絶えなのに、ウサをギンッ! と睨むミカ。


 あ~……そういえば、この二人ダンジョン入る前から犬猿の仲だった……。


「そうですか? でも、私ミカさんのことが心配で心配でほっとけないなぁ~」


「いや、ほんとうにお構いなく……! 私、這ってでも勝手についていくんで!」


”なんか空気怪しくて草”

”なになに? もしかして仲悪い?”

”喧嘩しないで~><”

”ダンジョン主さん、なんとかしてあげて!”


 う~ん、なんとかって言われても……。

 あ、そうだ!


 ミカがこのままウサオタに叩かれる……なんてのはオレも絶対に避けたい。

 ということで。


 オレは「グググ……」と精神を集中させる。



 ガラガラ……ニュ~、ニュルンっ。



 天井から柱を一本伸ばし、その先に椅子を作る。


「ミカ、そこに座って」


「へ?」


「いいから、はやく」


「う、うん……」


 ストンっ。


 ウィ~ン……。


「キャッ!」


 天井を伝って椅子を柱ごと前に前に進めていく。


”動いてて草”

”リフトで草”

”VIP待遇で草”

”こんなダンジョンある?w”

”これじゃダンジョンじゃなくてスキー場だよ!”

”ウサはスイスイ滑ってるしなw”


「おおっ! これはダンジョン主さん優しい!」


”たしかに”

”イケメン”

”気遣いのできる男、ダンジョン主”


 両手を広げてリアクションを取るウサの言葉に反応するコメントの数々。

 だが、オレはそれを、少し後ろめたい気持ちで見つめていた。

 というのも。


 ミカの座っているリフトの椅子から。


 感じるんですよね、あの、その。


 お尻の、感触を。


 え、いや、ちがっ。

 不可抗力です。不可抗力。

 ソウ、コノケンニ、カンシテ、ボクニ、イッサイ、ヒハ、ナインダヨナ。

 

 まぁ、そんなことを口に出すわけにもいかず。

 オレはしくも、今日一日で幼馴染の胸とお尻の感触を味わってしまっていたのだった。


 う~ん……ミカを女として見たことは一度もなかったけど、ちゃんと柔らかいのは柔らかいんだよなぁ、なんか不思議な感覚だ……。


「ヨル……」


 リフトに揺られるミカが上目遣いでカメラを見つめる。


「そ、その……ありがと……気を遣ってくれて……」


 最後の方をもにょもにょと濁らせた後、顔を赤くしてプイと横を向くミカ。


”おほ~、これはいいツンデレ!”

”うむ……よいものを見た……”

”イッツグレイト!”

”ふぅ……”

”やだ……JK尊い……”


 ウサから離れすぎないようなスピードでリフトを動かしていく。

 ミカの膝の上には、脱いだ厚底サンダルが置かれている。


(あれ?)


 と思ってミカの足を見ると、かかとのあたりが赤く擦り切れていた。


 ああ、あんな靴履いてくるから……。

 でも、もうちょっと早く気づいてあげてもよかったかな……。


 ドローンカメラが完全にウサの方に切り替わる寸前。

 ニタニタへらへらした表情でうつむくミカがカメラに映った。


(あれ、こんなミカの顔見るの初めてだな)


 そう思ったのも一瞬だけ。

 すぐにオレは、タイルの通路作りへと気持ちを切り替えた。



 そして、たどり着いた。



 フロアボス。



”うおおお!きたきたきたたたたあ!”

”フロアボス……いくらなんでも無理じゃないか?”

”世界初のフロアボス撃破くるー!?”

”がんばえ! 超がんがえ!”

”応援してます!”

”ヤバそうだったら即逃げて!”

”ここまで楽勝だったし、イケるイケるっ!”


 ダンジョンの最奥の奥。

 学校の校庭ほどの広さの空間。

 その真ん中に描かれた魔法陣。

 そこに、全身を西洋鎧で包んだモンスターが静かに佇んでいた。


 ひと目でわかる──強敵だ。


「ふぅ……。よしっ、みんな! フロアボス、倒すね!」


 腰に下げた鞘(カラーバット)から刀(抜き身のカラーバット)を取り出し、切っ先をボスに向けてピタリと構える。

 ボスも侵入者に対し、ゆっくりと盾とほこを構える。


 恋島ウサ。

 フロアボス。


 二人の間合いが少しずつ縮まっていき──。

 西洋鎧が、矛を勢いよく突いてきた。



 ザ、ンッ────!



 紙一重で避けたウサの背後の壁に、大きな穴が開いている。


(ウグッ──!)


 オレの親指に激しい痛みが訪れる。

 このダンジョンはオレの体内。

 ここの壁や床は、オレの感覚とリンクしている。

 だが、今オレが痛がってウサの気をらさせるわけにはいかない。


”やばば! 攻撃ヤバすぎ!”

”えっ! こんなの食らったら死んじゃう!”

”ウサ! 逃げっ! 逃げてぇ~!”


 きっとオレもリスナーだったら、みんなと同じことを言ってるだろう。

 でも、今のオレは見てるだけの存在じゃない。

 ウサたちを、助けることだって──出来るんだ!



 ズオォォっ……!



 壁が隆起し、ミカとウサを護る厚い壁になる。

 それから、特大の拳を作り、フロアボスへと殴りかかる。



 ドォォォォォォン……!



”うおお、ダンジョン主の本気ヤバっ!”

”フロアボス逝ったあああああああ!”

”勝った! 完ッ!”

”攻撃、半端なさすぎて草w”


 ガラッ……。


「くぅ……!」


 足全体に響く激痛。

 オレの放った巨大な拳は、フロアボスの矛によって粉々に打ち砕かれていた。


”やべええ……通用してないじゃん……”

”あ、これ負け確イベントですわ……”

”ムリムリムリムリ”

”ダンジョン主、せめて二人が逃げる時間だけでも作って!”


 逃げる時間……。

 たしかにそうかもしれない。

 オレの体内で、オレの推しと幼馴染に死なれる?

 そんなことがあった日には、一生お天道様てんとさまに顔向けできねぇよ!

 だから。


「ウサっ! ミカっ! 逃げろっ! こいつはオレが引き止めておくっ!」


 オレの声がダンジョン内に響き渡り、それが配信を通して跳ね返ってくる。


「やだっ! 引き止めるって、ヨルが痛い思いするわけでしょ!? 痛いじゃん、絶対! あんなのされたら! 逃げない……逃げないよ……! 私が……私がヨルを守るんだから……!」


 リフトから飛び降り、防護壁を乗り越えようとするミカ。


「馬鹿っ! やめろって!」


 カメラがくるりと回転してウサを映す。

 ウサは防護壁の上に立って呼吸を整えている。


「ハァ……ハァ……。ボクも逃げる訳にはいかないよ……。ボクには、ここしか居場所がないんだ。絶対ぜったいゼッタイ絶対に! ボクがフロアボスを世界最速撃破して、あいつに見せつけるんだ。じゃないと、ボクは、私は、ここのまますり潰されてしまう……!」


 ヤバい。

 ウサも集中しすぎて地のボクっ子キャラになってきてる。

 二人とも全く逃げる気がない!

 あぁ、くそっ!

 じゃあ、オレがやるしかねぇじゃねぇかっ!



 グガガガガガガガガガッ──!



 壁が、床が、天井が、隆起する。


 二人に危害が及ぶ前に、オレが決着を付ける!


 痛かろうが、集中が必要だろうが、なにがなんだろうが関係ない!


 拳の──ラッシュだッ!!!!!!!



 ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!



「ぐあっ……! ぐああああああああああああああッ!」


 全身を、痛みを超えた痺れが襲う。


 痛い……痛い痛い痛い痛いイタイ……!

 でも、ここで二人になにかあったら、その時の痛みはこんなもんじゃない──!

 ふんばれ、オレ!

 全てを出し尽くして二人を助けるんだ──!


「ハァ……ハァッ……!」


 何秒か、何十秒か、もしくは何分か。

 時間の感覚もなくなるほどに激しいラッシュを浴びせたオレは、画面の中の土埃を見つめる。


”主さんの攻撃、ヤバすぎて唖然……”

”これはやったはず……!”

”やったと願いたい……”

”これで無理なら倒せる奴だれもいねぇよ……”

”おねがい……倒れてて……!”


 ガラッ……。


 土埃の中から出てきたのは。


 無傷の、フロアボス。


「うそ……だろ……?」


”え……効いてない……?”

”嘘でしょ……”

”終わった……”

”やだぁ……ウサちゃん……ミカさん……”


 ボスが、一歩、一歩、ミカの方へと近づいていく。


「う……うぅ……」


 震えながら裸足で合気道の構えを取るミカ。


「ミカ……ダメだ……逃げろっ……!」


「うぅ……でも、ヨル……ヨルが……」


「オレのことはいいから! オレは死なない! だから……」


 ダッ──!


 それまでゆっくりと動いていたボス、西洋鎧が駆け出した。


(あいつ──! あんなに早く動けたのか──!)


 全てがスローモーションに見える。

 態勢を低くして駆けていくボス。

 その手に握られた矛は、まっすぐミカの方を向いている。

 青ざめた表情のミカ。

 足は裸足。


(……裸足?)


 一瞬、ミカの踵が擦り切れていたことが頭をよぎった。


(そうだ……これくらいなら、まだ出来るかも……)


 クイッ。


 ダンジョンの地面を操作して、走っているボスの足に引っ掛ける。


 グラッ。


(よし、かかった……!)


 よろめく西洋鎧。

 と、その体の下に、謎エフェクトのかかったミカの体がスルリと入り込んだ。


「え……!? ミ、ミカ……!?」


「う、うわああああああああああ!」


 目をつぶってヤケクソ気味に繰り出したミカの「なんちゃら投げ」。


 それが──西洋鎧の体を宙に浮かせる。



 ドスぅぅぅぅぅぅぅン……。



 今までどれだけ攻撃してもピクリともしなかった西洋鎧──フロアボスが、地面にめり込んだ。


「……!? ……! ……!」


 バタバタと手足を動かして、そこから這い出ようとする西洋鎧。

 だが、自身の鎧の重量も相まって抜け出すことが出来ない。


”JK!?”

”えぇぇぇぇぇ!? JKすごっ!!!!!!”

”奇跡が、起きたあああああ!”

”やだ……私、泣いてる……”


「うん、よくやってくれた、ミカさん。あとは、ボクに任せて」


 防護壁の上に立ったウサが、カラーバットを天高く構える。


 バチッ……バチバチバチ……!


 ウサのカラーバット──実際には日本刀の周りに稲妻のようなオーラが集まってくる。


「スゥ……。スキル恋島流剣術、参の型────雷光八扇らいこうはっせんッ!」


 ト────ッ。


 ウサは、防護壁の上から倒れるように静かに飛び降りる。

 稲妻の尾を引きながら、西洋の鎧の間合いまで落ちたウサは──。

 着地と同時に連撃の火花を散らした。



 ド……シュ──────バババババババッ!



 かすかに残された剣の残像は、まるで稲妻で出来た扇のよう。


 チンッ──。


 恋島ウサの刀が、鞘に収められる。


「カハッ……! ハァ、ハァ────ッ!」


 膝を付き、激しく息を吸うウサ。


 ガラッ……。


「──!」


 フロアボスが──立ち上がった。


”うそでしょ……”


 コメント欄も絶望に沈んだ、次の瞬間。




 ………………ズゥ────────ン…………!




 激しい砂埃を舞い上げ、頭から地面に突っ伏し──消滅した。


”……へ?”

”え……もしかして……?”

”これって……”

”うわああああああああああああああああ!”

”やたやたやっちゃああああああああああ!”

”人類初の!! フロアボス撃破!!!!”

”うおおおお! 恋島ウサ最強! 恋島ウサ最強ううう!”

”JKもダンジョン主もすごい!”

”一緒に見てるおかん号泣で草”

”歴史的快挙!!!”


「ゼィ……ゼィ……」


 息を切らした恋島ウサの元に、ミカがやってきて手を差し伸べる。


「お、お疲れ様……。あんた、ただの変なイケ好かないお嬢様だと思ってたけど……や、やるじゃない……。私とヨルのことも助けてくれて……その……あ、ありがと……」


「ハァハァ……いえ……私も、ミカさんがあれを投げ飛ばしてくれなかったらどうしようもなかったです……。こちらこそ……なんか迷惑ばかりかけて巻き込んじゃってすみませんでした……」


 ガシッ!


 二人は手を取り合ってお互いを認め合う。


”うおおおお! 尊おおおおおおい!”

”はぁ……ゆりゆりしい……”

”二次元美少女と三次元美少女の友情……!”

”ヤバい、はかりすぎる……!”

”ここ、絶対切り抜かれてバズるやつだ……”


「あ、ヨル! 大丈夫!?」


 ミカが思い出したかのように叫ぶ。


「ああ、なんとか、ね」


「ヨルが地面を操作してコケさせてくれたよね? だから私が投げること出来たよ!」


「ああ、ミカの擦り切れた踵見てたら思いついた」


「はぁ!? なにそれ、ひっどくない!?」


「アハハ、ごめん」


”ほう、主が転がせてたと”

”それにしてもJKの投げはすごかったですなぁ”

”エフェクトかかってたよね!”

”考えてみたらJKにもスキルあるんだよな”

”私、ミカちゃんのファンになっちゃった!”


「えぇ……フ、ファン……!? いや、そんな、私なんて、アハハ……。あっ、っていうか、あれっ! なんか光ってる! ボスがいたところに!」


 ミカが指した先。

 そこにドローンカメラが寄っていくと、落ちていたものをウサが拾い上げた。


「『巨力の小手タイタン・ガントレット』……?」


”え、なにそれ?”

”ボスドロップ!”

”ボスを倒すとアイテムがドロップするんだ!?”

”強そうな名前えええええええ”

”なんで名前わかったん?”


「うん、なぜか手に持った瞬間に名前がわかった。これの効果は……」


 ウサが説明しようとしたその時。



 ドスドスドスドスッ!



 荒々しい足音が鳴り響いた。


 配信内に、ではない。


 現実──つまり、オレが横になっているベッドのある小手川渚の部屋。

 そのすぐ外の廊下から。



 ガチャ!



 扉が開けられる。


 現れたのは、いかつい顔をしたスーツ姿の中年。



「渚ァ! 渚はどこにいる!!?」



”なんかめっちゃでかい声聞こえてて草”

”なぎさ?”

”だれの声?”

”感動の余韻消し去られてて草”

”え、もしかして親フラ?!wwww”

”親フラ草”

”なぎさ草w”

”ちょっと待ってwwwww こんなタイミングでの親フラとかあり得る?w”

”全世界が感動してる中で親フラw”

”なぎさあああああああああああ!wwwww”


 そして、この配信が。

 オレたちが今後繰り広げていくことになる様々な世界的、歴史的、伝説的なチーム配信の。

 その記念すべき第一回目となったのだった。

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