第11話 モーゼかな?

 あれから恋島ウサは、ミカにいくつかの約束事を取り決められた。


 ・日本刀には鞘をすること。鞘から剣を抜くのは敵を倒す時のみにすること。

 ・ローラーブレードはオレが作り出した「固い道」の上でだけ使用すること。

 ・オレを晒し者にしないこと。


 その要望を飲んだウサは、VR対応ドローンカメラとかいう超ハイテクな装置と共に、ミカの監視の元、オレのウオノメから体内に入っていた。

 そして、始まった。

 オレとオレの推し──恋島ウサとの、コラボ配信が。


「み、みんな~! こんにちうさ~! み~んなのアイドル、み~んなの友達、恋島ウサだうさ~! 今日は、ななななんと! ついに念願だったダンジョン配信に来てるウサよ~!」


”こんうさ~!”

”ウサきたー!”

”お、ダンジョン!”

”すごい! 探索用装備だ!”

”これは期待”


 画面の中に映ったウサの姿は。


 ピンク髪のボブカットの上に浅く被った探窟家風ライト付き帽子。

 帽子からは、チャームポイントのうさ耳がぴょこん。

 いつもの白セーラーとは違った探窟家風のつなぎにブーツ。

 背中にはでっかいリュックを背負っており。

 盾は、お鍋の蓋に。

 日本刀はカラーバットに。

 

 と、それぞれ変換されたアバターとして映し出されている。


「この新調した探索用装備アバターで、今日、実際に探索するのはぁ~……!? ななななんとぉ~!? ドルゥルルルルルル、ドンッ! はいっ、ちょうど昨日話題になったばかりのアチアチ! ホットな! 体内ダンジョンで~すっ!」


”体内ダンジョン……?”

”昨日めちゃめちゃ話題になってたやつだ!”

”カヌカリの! バズりまくってった!”

”うおお! このフットワークの軽さよ!”

”あれ……? でもこのダンジョン主ってウサのリスナーじゃなかったっけ?”

”ま?”

”リスナーなん?”

”おいおい、まさかオタ繋がりってことか?”


 あ……なんか不穏な雰囲気。

 いや、でも、まぁ、そうなるか……。

 オレがリスナーでも、たしかにイラッとするかもしれん。いや、する。

 あ~、しくったなぁ……。

 昨日の配信でオレが恋島ウサオタだってバレてたの、すっかり忘れてたよ……。


「むむっ! みんな、そこが気になるよね!? でも、大丈夫! ほらっ! パンパカパ~ン!」


 ドローンカメラがミカを捉える。


「へ?」


”おっ、昨日カヌカリの配信に出てたJK?”

”JKきたー!”

”かわE”

”ウサが共演とは珍しいなぁ”

”実写とアバターの共演w”

”ふむ、昨日の制服もよかったけど、この私服もなかなか……むほほ”


「そう! このJKことミカさんが、私とダンジョン主さんとの間に立って業務を取り次いでくれたので、な~んの問題もないのですっ!」


”おお~”

”それなら安心”

”JK有能”

”ミカちゃんは、ダンジョンのマネージャーってこと?”


「マネー……? ……あっ! そう! そうなんですっ! ミカさんはダンジョン主さんのマネージャーなのです!」


『えぇ~!!?』


 オレとミカの声がスマホの中と外でハモる。


”JKマネージャーきたこれぇ!”

”うおおお! JKすげええええ”

”ま、男がウサの中の人と直接会わなければOKだよ”


 いやいや……なんの躊躇ちゅうちょもなくペラペラと嘘が出てくるこの子ヤバすぎるだろ……。

 それとも配信者ってのは、みんなこんな感じなのか……?


 と、一瞬、長年の推しに引きかけたオレだったが。


 でも……冷静に考えてみたら、ミカがマネージャーってのは意外といいかもしれないな……。

 だって、オレ一人だけじゃ自分の体内を配信出来ないし。

 ミカが色々手伝ってくれたら……うん、やりやすいのは間違いない。


 ウサがアドリブで言い放った嘘設定。

 オレにはそれが、妙に現実味を帯びて感じられた。


「はぁ~い! ということで、今日はフロアボスを探して倒すところまで進めてみたいと思いま~す! じゃあ、ミカさん、ダンジョン主さんとの中継よろしくお願いしま~す!」


”フロアボスってマ!?”

”まだ誰も倒せてないんでしょ、フロアボス”

”さすがにそれは欲張りすぎw”

”まず怪我しないで~><”

”志高いのはいいことだよ”


 ……ギッ!


「うっ……」


 ウサは、ダークミカの一瞥いちべつにのけぞるも、瞬時に気を取り直してオレへと要望を告げる。


「あ、それじゃあダンジョン主さん? まずは、ローラーブレードで通れるように道を整理してもらってもいいですか?」


 お、俺の出番だ。

 え~っと、道を整備、道を整備っと……つまり、道路みたいなのを作ればいいってことだろ?


 現在オレのスマホに映し出されているダンジョンの壁や床は、全体的に赤黒くて「内臓!」って感じでちょっとグロい。

 これを作り変えるには……。


(う~ん……!)


 精神を集中させる。


 ボコッ。


 ダンジョンの床が少し動いた。


 ボコココッ……。


「おお~! みんな! 見て見て! 地面! 地面動いてる! すごっ!」


 ウサの声が聞こえる。


 あれ、でも、なんか、推しから期待されてると思うと……。

 なんか……緊張、して……。

 あ、あれ……ああ、ダメだ、集中集中!

 ちゃんとやらなくちゃ……!

 ぁぁぁぁぁあ……!


 自慢じゃないが、オレはプレッシャーに弱い。

 だてに引きこもりがちで社会との関わりを絶っちゃいない。

 体だけじゃなく、メンタルまで弱い、よわよわエリートのオレ。

 そんなオレが、推しと数万人の視聴者からの注目を浴びちゃったわけで……。


 ボロ……ボロボロボロ……。


 ああ……。


 変化しかけてた地面が、茹ですぎた豆腐のように一瞬で崩壊していく。


”失敗してて草”

”ダメダメで草”

”あ~あw”

”ウサをがっかりさせんなよ”

”ダメダンジョン主”

”コラボ、失敗!w”


 うぅ……辛辣しんらつなコメントが胸に刺さる……。


「ヨル……」


 ミカが声をかけてくるが、それも余計にオレの焦りを加速させる。

 あれ……昨日はミカのためにダンジョンを動かせた気がしたんだけど……。

 今日はだめなのか……? なんで……?


「コホン」


 ウサの咳払い。


「え~、それじゃあ、ここで昔話をひとつ」


 静かな声。

 元気キャラを作ってない時の──いや、どちらかというと恋島ウサの中の人、小手川渚に近い声。


「私は今、事務所を辞めて──辞めてっていうかクビになって? フリーで配信やってるんだけど、前の事務所に所属する前も、ちょっとだけ、このアバター使って配信してたことがあるのね。うん、そう、フリーで。ほら、このアバターも自分で作ったものだし。で、その時、あまりにもリスナーさんがいなさすぎてさ、心が折れかけてたんだ」


 ……なんの話だ?

 その時期なら、オレも配信は見てたけど……。


「でね、当然コメントも全然ないわけ。あっても五分に一個とか。配信者って、コメントないと、ほんとに心がボキボキ折れていくのよね。それで、もう心がバッキバキになった私は、こう思ったの」


 リスナーたちも、突然始まったウサの話に耳を傾けている。


「『今から目をつぶって十秒後に開けた時、新しいコメントがついてなかったらもう配信を辞めよう』って」


”そんなことがあったんだね”

”ウサの苦労人時代……;;”

”おねがい、コメントついてて!”


「でね、私は目を閉じたの。こういう感じで」


 両手を胸の前で組んで、そっと目を閉じるウサ。


 おっ、前に見たことがある。

 うん、忘れもしない。

 だって、これがオレの初めて訪れたウサの配信だったから。

 そうそう、ちょうどその時も、こんな感じでウサが目をつぶっててさ。

 それで、心配になったオレは。


「で、目を開けたら」


 目を開ける前に。


「コメントが付いてたんだよね」


 コメントしたんだ。


「そのコメントには、こう書いてあったの」


 そこに、オレはこう書いた。



『すごく楽しい配信ありがとう! 元気もらいました!』



 って。


「って」



 ………………ん?



「そのコメントを見て、私、思ったんだ。そうだ、私は、みんなに元気を与えられる配信をしよう! って。あのコメントがあったから、私は今も配信を続けられてるし、みんなとも楽しい時間を過ごせてる。だから、この話は今日初めてしたんだけど……もし、その時のリスナーさんが今も配信を見ていてくれてたら……私は、その人に、こう言いたい」


 ドローンカメラが、ググッとウサに寄る。



「ありがとう、私は、あなたのおかげで配信を続けられてるよ。私は、まだ今でもあなたに元気を与えられてるかな?」



 ……。

 …………。

 ………………。

 うぉ………………。

 うぉぉぉ~~~~~~い!

 そ、

 そぉぉ……!

 それ、オレやないかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!!!!



 ググッ……グゴガガガガグゴガゴゴゴォッッッッ!!



 次の瞬間、ダンジョンの地面が大きく隆起した。


 ザザザザ……ジャキーン! ジャキーン! ジャキーン!


 そして、地面は宙でタイルへと作り変えられると。


 シュパパパパパパパッ!


 平らにならされた地面の上にぴっちりと並べられていき、まるで宮殿の通路かのようなタイルの一本道が一気に出来上がった。


”おお! 感動話で道ができた!”

”イイハナシダッタナー”

”ウサの話術が奇跡を起こした!”

”てかダンジョン主すげえええええええ!”

”モーゼかな?”

”さっきまでとダンジョンのクオリテー違いすぎて草”


 あ……なんか出来た……道……。


「さ、みんな先に進むよ~! フロアボスを撃破だ~! レッツゴー、レッツゴー!」


 ガラガラ~、ガラガラ~。


 いつの間にかローラーブレードを履いていたウサが、ご機嫌な様子でタイル道の上をツツーっと滑っていく。


「ヨル、大丈夫? ローラーブレード痛くない?」


 と、ミカ。


「あ、うん痛くない。っていうか……」


「っていうか?」


「むしろ、ちょっと気持ちいい……かも……」


「は……はぁぁぁっ!? き、き、気持ちい……はぁ!? もうっ! 馬鹿っ! 知らないっ!」


 え? あれ? なに怒ってるの?


”なんかダンジョン主とJKが痴話喧嘩してて草”

”JKプンプンでかわよ”


 え、別に痴話喧嘩じゃないんですけど。


 ただ、次のこのコメントにはオレも完全同意だった。


”カオス過ぎるだろこの配信w”


 うん、そうだね、オレもそう思う。

 マジで、カオス。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る