第9話 入った! 推しの部屋!

 ゴゴゴゴ……!


 まるでスタンドバトルを行う漫画の効果音のような音を立てて開いていく鉄の扉。

 アチアチに熱されたそれをくぐると、背の高い木々に覆われた日陰が、オレとミカを別世界にいざなうかのごとく迎えた。


「ちょ、ほらっ……ヨルが先に行ってよ」


「なんでオレが……」


「今日呼ばれたのはヨルなんでしょ。だから先に行って」


「いや、別にいいけど……」


 身をかがめてオレの後ろからついてくるミカ。

 急に日和りやがって……と思いながらバキバキに不釣り合いな高級庭園の中に足を踏み入れていく。


 ジャリッ、ジャリッ……。


 真っ白の砂利の中に浮かんだ飛び石の上をゆっくりと進む。

 涼し気な砂利の音と木陰のおかげで、さっきまでのアスファルト道路の灼熱地獄がウソのように快適だ。

 慣れない雰囲気に警戒しながら十メートルほど先に進むと、円柱型要塞風建物の入り口らしき扉へと辿り着いた。


「……入っていいのかな?」


 インターホンも何もない。

 仕方なく、金ピカのドアノブを回そうと手を伸ばした瞬間。



 ガチャッ。



 扉が空いた。

 中から出てきたのは、驚くほど色の白い、小柄な少女。

 純白のワンピース。

 色素の薄そうな、腰まで伸びた艷やかな髪。

 オレたち──いや、オレを見つめるクリックリのその瞳は、まるで二次元から飛び出してきたかのような愛らしさだ。

 前髪ぱっつんのロリロリな雰囲気ながら、落ち着いた大人っぽさも感じさせる──年齢不詳の超正統派美少女。


(え、これがウサ……? 嘘だろ……? たまたま遊びに来てたモデルさん……とかじゃないのか……?)


 芸能人の橋本カナナを初めて見た人は、その美しさに衝撃を受けて必ず数秒間固まると言われている。

 今まで「そんなことあるわけないだろ(笑)」と思っていたが、今なら確信を持って言える。

 ある!

 なぜなら!

 オレが今、固まってるから!


「え、あの……大丈夫、ですか?」


 ハッ──!


 女神のあまりの美しさに気を失っていたオレは、配信で聞き馴染みのある天使の声によって意識を取り戻した。


「え、あの、ウサさん……なんですか?」


「ええ、そうですよ。恋島ウサです。ヨルさん、いつも配信見てくれてますよね。ありウサ〜」



 ズッキュウウウウウウウン!



 ズッキュウンである!

 ズズズのキュンキュンでズッキュンである!

 ずっと推してた推しが!

 姿も天使で!

 ありウサ~、って!

 あぁ……幸福すぎてもう、死ぬかも……っていうか、今死神がやってきて命を刈り取っていっても、それはそれでそうですよねとしか思えない……ヤバい……あぁ……目眩がしてきた……。


 ミカがオレを支える。


「ちょっ、ヨル! 大丈夫っ!? あの、私、結城深夏ゆうきみかって言います。あの、こいつ体弱いから、もしかしたらそろそろ限界が来たのかもです」


 ちょっと相手を責めるような口調で言うミカ。

 おいおい、やめてくれよミカ。

 オレの推しに喧嘩売るような口調はやめてくれ。


「あら、それは気が付かなくてすみません。ささ、早く中に入ってください」


 険のあるミカの言葉をさらりと流し、ウサはドアを開けてオレたちを中へと誘う。


「あ、いえ、ご心配なく……」


 あなたが美しすぎて倒れかけただけですから。


 そう言いたくても、言えね~!

 配信のコメント欄だったら、いくらでも言えるんだけどなぁ。

 あぁ……それにしても、家の中からなんか涼しい空気と、いい匂いが漂ってくる……。

 金持ちの家って匂いまで違うもんなんだな……。


「ほら、中に入らせてもらうわよ、ヨル」


 そう言ってベタベタと背中を押してくるミカ。


 ん~? お前の方が暑苦しくて迷惑なんだが?

 それに、オレが体弱いことって今までウサには伝えてなかったんだが?

 それを勝手に暴露されたのは、かなり不満なんだが?

 ウサのオレへの第一印象が「虚弱な人」になっちゃたんだが?


 という気持ちを込めてミカをジトッと見つめる。


 それにしても。

 なんか、ミカが急に保護者面し始めたのが微妙に気持ち悪い。

 なんていうか、無理やりオママゴトに付き合わされてた子供の時の感覚。


 そんなオレの気を知るよしもないミカは、グイグイとオレを家の中に押し込んでいく。


(え、すごっ、広っ! 玄関だけであんたの部屋くらいあるんじゃないの?)


 サンダルを脱ぎながら顔を近づけてくるミカ。


(ちょ……! 顔近づけてくんなよ! っていうか、お前、水虫じゃないだろうな?)


(ハァ!? 水虫ィ!? あんた、マジで何言ってんのよ!?)


「くすっ……お二人は、ほんとに仲がいいんですね」


 口に手を当ててお上品に微笑むリアル&本物な恋島ウサ。

 はぁ……マジ天使&マジお嬢様……。

 ……って、ハッ!

 いや、そうじゃなくて!


「違うんです! 仲良くないです! むしろ仲悪いです! 今日も、こいつが無理やりついてきただけで……!」


「何言ってんのよ! 今日は元々、私が先に予定入れてたんじゃな……」


「あら!」


 ウサは、ただでさえ大きな目をくりんと大きくする。


「ミカさんが先に予定を入れてらっしゃったんですね! そうとは知らず、すみません……。う~ん……これは、なにかお詫びをしなくてはいけませんね……」


「いえいえ! そんな、お気になさらず! こいつとは家が近所なんで、予定なんていつでも組めるんですよ!」


「そうは言っても、私がミカさんの立場だったら、きっと嫌な気分になったと思いますから……」


「そんなもんですか? なぁ、ミカ、嫌な気分になったか?」


「ちょ……! あんた、そんなこと相手の目の前で言えるわけないじゃないの……!」


「え……それ、答え言ってるのも同然じゃない?」


「あ、ヤバっ……!」


「うふふ、大丈夫ですよ。さぁ、上がってください」


 めちゃめちゃ人間性まで出来上がった完璧超絶美少女、恋島ウサに気を遣われつつ、オレたちは高そうな謎のバロック柄のスリッパを履いて、リビングへと案内された。



「それでは、お茶を入れてきますね」


「あ、はい! お気遣いなく!」


 謎に脚のウネウネしたローテーブルに、高級ブランドっぽいL字のソファー。

 そこに、ちんまりと座ったオレとミカ。

 落ち着かなさを誤魔化すかのように、オレたちはヒソヒソと庶民ボイスで言葉をかわす。


「ちょっと……! なんなのよ、この謎な柄のスリッパ!」


「玄関にあった金屏風もちょっと気になるな……」


「二階への階段はロココ調なのに、このテーブルも脚がぐんにゃぐにゃで……。ねぇ、ヨル? この家って、お金持ちっぽいけどさぁ……なんか絶妙に噛み合ってないっていうか……趣味が……」


「おまたせしましたぁ」


 ビクッ!


「どうされましたか?」


「あ~、いえいえいえ! なんでもないです! ここ、素敵なお家だな~、ってヨルと話してたんですよ! ねぇ、ヨル!?」


「え? あ? ああ、はい」


 よくそんなに嘘がスラスラ出てくるもんだなと感心しつつ、ここはミカに話を合わせることにする。


「お手伝いの方は平日しかいないので、もし美味しくなかったらすみません」


 差し出された、持ち手が細~いティーカップを持ってグビッとあおる。


「いえいえ、そんな美味しくないだなんて……って、アチッ!」


 うん、紅茶って熱いものなんだ。

 そんなことすらわからないほどに舞い上がっていたオレ。

 思わずこぼしちゃったりもするよね。


「あら、大変! 今、拭くものを持ってきますね!」


 そう言って立ち去っていくウサ。 



 ハァ~……自分で自分が情けねぇ……。

 すっかり舞い上がっちゃって失態続きだ。


 一、推しに会ったら。

 二、大金持ちで。

 三、超美少女。


 どれか一つの要素だけでもオレの手に負えるものじゃない。

 それが三つも同時に襲来だ。

 どうだ、怖いか?

 ああ、怖い。

 怖いっていうか、オレに対応できるキャパシティーを完全に超えちゃってて「無」だね、「無」。


「…………」


 オレがこぼして服についたシミを、どこからか取り出したハンカチでトントンと叩いているミカを見る。


 推しでもなんでもない、腐れ縁の幼馴染。

 庶民。むしろ貧乏寄り。

 普通オブ普通の見た目。


 うん。


「ハァ……ウサが、お前みたいなのだったらよかったのになぁ……」


「はぁっ!? なにそれっ!? わ、わたっ……私が、その……ヨルの推し……だったら嬉しいってことっ?」


「え? ああ、そうだな」


 ウサの中身がミカみたいなやつだったら、ほとんどなんの気兼ねもなく話せそうだし。

 少なくとも、こんなに住む世界の違いすぎるお嬢様よりは、よかったかもしれない。

 紅茶もこぼさなかっただろうし。


 そんなことを思ってると、めちゃめちゃ高級そうなタオルを持ってウサが戻ってきた。


「すみません、今タオルを持ってきたのですが……」


「ああ、もう大丈夫です! 私が拭いときましたんで!」


 なぜか鼻の下を伸ばしたドヤ顔でウサに言い放つミカ。


 おいおい、なんだよ、その顔は。

 顔が失礼だぞ、ウサに対して。

 オレの推しに、そんな意味不明な表情を向けないでくれ、頼むから。


「そうですか、それはすみません……。では、そのハンカチ、こちらで洗濯させていただいても?」


「いやぁ~、そんなお手間をかけさせるほどのものじゃないなんで大丈夫ですよ! ヨルのに、私なんかのものを洗濯させちゃ申し訳ないですから!」


 ギリッ……!


 え、なんか歯ぎしりみたいなのが聞こえた気がしたんだけど……。

 なに? ポルターガイスト?

 タオルを持つウサの手がギュッと握りしめられて、こめかみがヒクついてるような気がするのは見間違いですよね?


「そうですか……わかりました。では後日、改めてお詫びに伺いますね!」


「いえ、結構です。自宅の場所を教えるつもりもないですし。私は、ただのヨルの付き添いとしてここに来ただけで、おそらく今後あなたにお会いすることも、もうないでしょうから」


 にっこりとした笑顔でそう返すミカ。


 はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?

 ちょ、お前、何言ってんの!

 なんで、そんな空気悪くするようなこと!

 あ~! なんなんだよマジで!

 ほんとにほんとに、こいつ連れてこなきゃよかった……。


 なぜだか急になんの前触れもなく、二人の間にビームがバチバチと飛び交い始めてしまった。

 その場に居るオレに出来ること。


「え、あの、今日の打ち合わせとか……しませんか? なんちゃって、あははは……」


 それは、話題を変えることだけだった。



 凸凹凸凹凸



 というわけで。

 打ち合わせを終えたオレとミカは、ウサに「準備してから向かうので、先に部屋で待っといてください」と言われ、配信部屋──そう、彼女の自室へと足を踏み入れていたのだ!


「しっかし、すごいメカね」


「メカじゃなくてパソコンな」


「え~、でもヨルの家にあるのと全然違うくない? ヨルのはなんかキモ、ダサ、オタって感じの冴えないやつじゃん? でも、これは……」


 ピカピカとピンクに光りまくってる、それ。

 見ただけでわかる、超高級なゲーミングパソコン。

 しかも超水冷システムで、ぶっとい謎のパイプがにょっきにょきのピッカピカである。


「ほら、VTuberってパソコンのスペックが必要だから」


「へ~、ヨルのじゃ出来ないの?」


「出来ても簡単なのだけだろうな。凝ったこととか出来ないと思う」


「そうなんだ」


 ぐるりと部屋を見回す。


 部屋の手前側は、どうやら配信に特化してるようだ。

 ゴチャッとしたギークっぽいデスク周りは、あの超可憐な美少女っぷりからは、ちょっと想像がつかない感じで散乱してる。

 まわりの壁と床にはグリーンシートがかけられていて、三脚と値段の高そうなカメラがデスクの方を向いている。


 部屋の奥側は、天井まで埋め尽くされたおびただしい数の美少女キャラクターのポスター。

 う~ん、二次元から飛び出してきたかのような美少女が、二次元の美少女を愛でてるだなんて、それなんて桃源郷!? って感じだ。

 で、最奥には天井から白いレースの垂れた、どデカいお姫様ベッド。


 ギークでオタクな配信者の恋島ウサ。

 超清純派美少女なプライベートの恋島ウサ。

 彼女の二つの顔が共存している、とても興味深く不思議な空間。


 しかも。


 とても!


 いい匂い!!!


 スースー! ハーハー!


「ちょっと」


「なに?」


「なにしてんの?」


「なにって、推しの部屋の空気を全力で体内に取り込んで循環させてるんだけど?」


「え、キモっ!」


「キモってなんだよ、キモって! お前だって推しの部屋に行ったら、ぜったいやるだろ!」


「私は、やんないわよ!」


「ハァ? お前、推しの部屋とか入ったことないだろ?」


「あ、あるわよ!」


「はい、ウソ~。嘘つき確定~」


「ゥ、ウソじゃないわよ! その……何回も……入ってるもん……」


「何回も? はいはい、出ましたよ、何回も。いくら嘘にしても、ちょっと風呂敷広げすぎましたねぇ~、結城深夏さん」


「だ……だから嘘じゃないって……キャッ!」


 うつむいてたミカが急に顔を上げる。


 ガッ──!


 ドラマの古畑古三郎がごとく指を立ててミカの周りを回っていたオレとぶつかる。


 ドスッ……。


 よろけたオレたちは、二人ともウサのどデカいお姫様ベッドに倒れ込む。


(うお、推しのベッド……!)


 オレは頭をぶつけられたことよりも、推しのベッドに不可抗力で寝られたことにテンションが上がる。


 うぉぉぉ……! あぁ~……めちゃくちゃいい匂いだぁ~~~……!

 しかも、なにこれ……。

 超サラッサラ! サラッサラのサラサーラーだよ!

 なんですか、もしかしてシルクとかいうやつですか、この敷いてある布!

 シルクをかけて寝る人なんてこの世に本当にいたんですね、驚きです!

 

 ドドドドドドドド……!


 これには、オレの心臓も思わず早鳴りしますよ!


 って。


 ……あれ?


 これ、オレの心音じゃなくね?


 そこで初めて、オレの上にミカが倒れかかってきてることに気づいた。


 ああ、この心音、ミカの……。

 え、っていうか、顔近っ!

 え、っていうか、え、胸が押し付けられ、え、あれ? え? えっ!?


 色々混乱してミカを押しのけようとするも、逆にミカがオレの顔を両手でホールドしてくる。


 はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?

 なにやってんの、こいつ!?

 推しの部屋だぞ、ここ!?

 マジで、おい離せよ、っていうか何マジでこれ、っていうか胸、オイ! 胸!


「ヨルは……本当にあの人のことが好きなの?」


「はぁ? 好きに決まってるだろ。もう四年だぞ、四年。ウサのファンになってから。好きに決まってるだろ」


「そっ……か…………四年、か」


「そう、四年! わかったら、さっさと手をどか……」


「(私は八年だもん……)」


「え、なに?」


「ううん、なんでもない」


「なんだよ、それ。大体さぁ、あんな品があって世界一の清純派美少女みたいな人がいたら、好きにならない男なんているわけが……」



 ガチャ。



「準備できました、始めましょう!」



 凛とした声でそう言いながら、恋島ウサが部屋に入ってきた。


「…………は?」


 オレは、ミカから離れることも忘れて、その格好に見入った。


 だって。



 頭にライト付きの安全ヘルメット。

 体は武士が着るような鎧。

 右手には日本刀。

 左手には武士が持つような盾。

 足にはローラーブレード。



 そんな装備を身に着けてるんだから。

 

 え? は?


 なに? 今から、こんな格好でオレの中に入って配信するって?


 おいおい……。


 おいおいおい……。


 この超清純派美少女……もしかすると、なかなかにぶっ壊れてないか……?

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