第7話 幼馴染の太もも

 状況説明。


 あれから後、カヌカリはシバコの案内によって栃木ダンジョンへと無事帰還。

 帰り際に「これからコラボ依頼とか事務所へのオファーがたくさん来るだろうけど、全部無視するように! 私が、ちゃんと責任を持ってキミをマネージメントしてあげるからな!」と言ってたけど、ほんとにそんなもの来るのか? と、オレは半信半疑。


 で、幼馴染のミカは、シバコと一緒にオレのウオノメから出てきて、オレの母、平子へいこの「あらあら、ずっと出てこないから、それがそれでああなっちゃってるかと思ったけど、あらあら。水分足りなくなっちゃってるんじゃないかと思って麦茶持ってきたけど、あらあら、まぁまぁ」なんて言いながら持ってきた麦茶を片手に床に座って、ベッドに腰掛けたオレと向かい合っている。



「……で、説明は?」


 夏。夕方。クーラー。麦茶。ミカが両手で持ったグラスから水滴が、はち切れそうなくらいに自己主張してるパンッパンな小麦色の太ももの上にぽたりと落ちる。


(夏、だなぁ……)


 女の子座りしてるミカの太ももを見ながらそんな事を思ってると。


「ヨル!? 聞いてる!?」


 ミカが頭をねじってオレの視界の中に入り込んできた。


「ああ、なんだっけ? 説明?」


「そう! 説明! 私、さっき死にかけたんだけど!?」


「でも五万もらえたじゃん、バイト代」


「もらった! もらったけど! 死にかけといて五万円だよ! しかも危険手当二万だけだし!」


「もらえただけいいじゃん、闇バイトだったらゼロ円だぞ」


「比べる対象が闇バイトっておかしいでしょ! 私は、ただカメラ回してればいいって言われただけなのよ!?」


 ああ……危険な目に遭ったから共感して欲しい的な感じなのか?

 まったく相変わらずめんどくさいな、ミカは。

 子供の時から、ずっとそう。

 構って欲しい時にプンプン怒りながら突っかかってくるクセは、大人になっても変わらない。

 かといって、別にオレにはネットでよく見るような「優しい彼くん」みたいにハイハイとミカの話を聞いてやる義理もないわけで。


「ま、無事でよかったじゃん。ってか、そもそもお前、勝手にオレの体の中に入ったってマジ? それヤバくない? お前だったら寝てる間にオレに体の中に入られてたらどう思う?」


「は!? 無事でよかったじゃんって、それだけ!? 私は、あのわけわかんない女に振り回されて死にかけたんだけど!? それをどう思うのかって聞いてるんですけど!?」


 いや、お前、全然そんなこと言ってなかっただろ……。

 質問に質問全無視で返してくるし……。

 マジで相変わらず、ぜんっぜん会話が成り立たねぇ、こいつ……。


「だから無事でよかったっつってんじゃん。その五万で気晴らしに、どっか遊びにでも行ってこいよ」


 小学生の頃くらいまでだったら、オレと一緒に遊びに行ってたんだろうけどな。

 中学生になってからミカとは距離が出来たんだけど、なぜか高校に入ってからミカは、こうやってプリントを届けにくるようになった。

 だからオレは今のミカの交流関係なんか全く知らないし、彼氏の一人や二人いたとして全く驚かない。

 いや、二人いたらさすがにちょっとは驚くだろうけど……まぁつまり、こうして体が弱くて年中引きこもってるオレとは、もう別の世界の人間なんだ、ミカは。

 年頃の女の子らしくナイトプールにでも行くなり、なんか音楽フェスとかでも行って楽しんでくるがよかろう。

 その五万を使ってミカがどう遊ぼうが、オレとは一切関係のない話だ。


「わかった。じゃあ………………ってよ」


「は? なんて? 聞こえるように言えよ」


「…………あってよ」


「あってよ?」


「その……気晴らし……行くから、付き合ってよ。……ヨルの体調がいい時でいいから」


 ミカは、横を向いて恥ずかしそうにほっぺたを膨らましている。


「はぁ? なんでオレ? 遊ぶ友達くらいいっぱいいるだろ、引きこもりのオレとは違って」


「……いないもん」


「いない? だって髪まで染めてギャルっぽくなってんじゃん、お前」


「これは……! ま、周りに馴染もうとして染めてみたんだけど……」


 ミカは恥ずかしそうに髪を擦りながら、膝を抱えてプイと黙り込む。


 ああ~、そういえばこういうやつだった。

 都合が悪いことがあったら、途中で黙って喋らなくなっちゃうんだよな。

 察してマシーンになっちゃうから、こっちが気を遣ってやらなきゃいけないの。

 そんな面倒くさい奴だったわ。

 すっかり忘れてた。

 だって、こんな感じでちゃんと話すのって数年ぶりだから。


「あ~、学校で馴染めてないのか、お前」


「なっ……! 馴染めてないわけじゃ……! ただ、ちょっと……友達がいないだけっていうか……クラスの子とノリが合わないっていうか……」


「あ~、はいはい、わかったわかった。でも、その尻拭いが、なんでオレなんだよ。オレなんて年中引きこもりで虚弱体質のよわよわマンだぞ?」


「今は……ちょっと体調が悪いかもしれないけど、別に病院に行っても原因不明だったわけでしょ?」


「まぁ、そうだね」


「じゃあ、昔みたいに元気なヨルに戻るかもしれないわけじゃん。それに、ほら、病は気からって言うし、たまには外に出たほうが……」


「昔っつっても、お前が知ってるのは小学生の頃だろ? 何年前だと思ってんだよ。それに、気持ちでどうかなるなら……」


 そこまで言って気づいた。

 ミカがグラスをギュッと握って、小さく震えてることを。

 そうだ、ミカにとって学校に馴染めてないことをオレに知られるのは、きっと嫌だったはずだ。

 そして、毎日のようにプリントを持ってくるくらい責任感が強い子だから、オレの体調が悪いこともきっと本心から心配してるんだろう。

 それに……実際、さっきダンジョンで死にかけたばっかりなんだ。


(これ以上……売り言葉に買い言葉でなじるようなことは言わない方がいいな)


 そう思った。


「わかったわかった。じゃ、明日は? ちょうど土曜だし。オレも今日ゆっくり休んだし、お茶とか買い物くらいなら付き合えると思うぞ」


 パァっとミカの顔が輝いた。


「ほんと!? 約束だからね! 絶対だよ! 十一時に駅で待ち合わせね!」


「おお、おう……」


 オレたちの間に、子供の頃の空気が流れる。

 そういえば、いつもこういう風にオレが頼み込まれてミカのお願いをしぶしぶ聞いてたな。

 その時も、そう、こんな顔してたよなミカのやつ……。


 でも。

 今のオレたちは高校生。

 小学生の時とは違う。

 今のオレとミカ間、その数十センチの距離。

 それは……。


(う~ん……なんかノリで近づいちゃってるけど、これ、え、気まず…………!)


 そう、気まずい。

 もう、二人とも子供じゃない。

 一歩間違ったらなにか問題が起きかねない、あれがあれなのだ。

 うちの母、平子が「あらあら、まぁまぁ」しそうなあれなのだ。


 バッ!


 とっさにオレたち後ろに仰け反った。


「あ、ええ、あ、うん、じゃ、じゃあ、明日ね!?」


「お、ああ、そ、そうだな。推しの恋島こいしまウサからのお誘いでも来ない限りは行ってやるよ!」


 見てはないが、お互いの顔が赤くなってることがわかる。

 オレたちは、ぎこちなく会話をしてミカは部屋を出ていった。

 玄関でミカに母、平子が「あら? もういいの? 泊まって行ってもいいのよ?」なんて馬鹿なことを言ってるのが聞こえてくる。


(あのババア……聞き耳立ててやがったな……!)


 スマホに目をやる。

 山のような通知。


(うぇ……なんだこれ……!?)


 コラボ依頼と事務所オファー。

 カヌカリの言っていた通り、それらの通知が何十、何百件も貯まっていた。


(うわぁ……ほんとに来るんだ、こういうのって)


 そう思いながら、一覧をツツツ~とスワイプしていく。


「ん?」


 すると、見覚えのあるアイコンが目に留まった。


 かわいらしいうさぎ耳の生えたアバター。


 それは、オレが昼間に見ていた配信の主。


 恋島ウサからの────。


 コラボ依頼のDMだった。

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