act.36

突然、男が床に頭を付けて謝罪を始めたのを見たザインは、混乱して聞き返した。

「え、ちょっと、なにが、一体?」

頭を下げ続けているイスカリスに、助け舟を出したのはディノンだった。

「先ずは自己紹介込みで状況を説明した方が良いと思いますよ。聞いた後でコイツが怒らないのは私が保証しますから。私の方もほとんど聞いていないような物ですし」

その言葉を聞いたイスカリスは、頭を上げるとザインと目を会わせて話を始めた。

「私の名はイスカリス・マインスター。通り名はアイスと言う」

その名前を聞いたザインはギョっとしたが、話を続けるイスカリスの方を見つめるだけにとどめた。


「そうだ、リュシドーで会ったアイスだ。正確に言うとあの時のアイスの中身だ」

微妙な表情になったザインを見て『まあ、大体こんな反応だろうな』嘆息しつつ、イスカリスは、ザインの事を指さし次の言葉を口にした。

「で、外身の方はココにあるわけだ。ここまで聞けば予想はしていると思うが、ザインの体は今、リュシドーでアイスと呼んでいた女の子のものになっている」


そこまで聞いたザインは改めて自分の手足を眺めた。自分の物ではないのはわかっていたが、まさかアイスの物だとは思ってもいなかったのだ。

その様子を見ながら、イスカリスは更に次の話に進んだ。

「それじゃ、なんでこんなことになってるのかの説明なんだが、ザイン、お前はさっき足と心臓に魔法を食らった。それは覚えているな?」

ザインが無言のまま頷くと、イスカリスは話を続けた。

「私の見たところ、足はともかく心臓の方は致命傷だった。放っておけば幾何も持たない位のな。だが私は一つだけ助ける手段を持っていたんだ」

そこまで言ったイスカリスは、つとザインの首筋に手を伸ばし、首に掛かっていた鎖を引き上げた。

「まあ、ぶっちゃけこれのことだ。以前にも見せたが、あの時は巻き込むまいと思って詳しいことは言えなかったのだ」


「で、これの事は、できる限り内密にと言うことで話を進めるけど、いいか」

そう尋ねるイスカリスに、話を聞いている2人が肯くと、イスカリスは傍らに置いてあった杖を手元に引き寄せて、先端の飾りの部分を、指先ではじいた。

すると、そこについていた意匠の部分が強く輝いて、ザインは初めて聞く、ディノンは先ほども聞いた声が聞こえてきた。

『初めまして、だな。今回は友人が迷惑をかけたようだ。こちらの事情もあったのだが誠に申し訳ない』

若者2人に対する言葉としては、妙に丁寧なその声は、2人にとって予想外な、たいそうな名前を名乗った。

『申し遅れたが、私は、ブラン・アガスティアという魔術師だ。縁あってロシェールの宮廷魔術師を名乗らせて貰っている』

「うえ、なんかえらい大事に巻き込まれた気がする」

ザインは小声で、ディノンにこぼした。ディノンもザインの方を見て肯いたが、ザインの姿が少女で、しかも薄物一枚なのに気づくと、パッと目を逸らした。そう言うところでは純情な青年ではあった。

一方ザインはと言うと、ディノンのそんな躊躇を気づきもせず、声に対して挨拶を返していた。

「えーと、ブランさん、初めまして。私は…というか中身はザイン・ストラトスというリュシドーの住人です。アイス…じゃなくてイスカリスさんとは、現地協力者って事になると思います、で、こっちが」

そこまで言って、ザインはディノンに挨拶を振った。

「あ、ディノン・ウィルダと申します。リュシドー伯の家人をしております。今回は…まあ、巻き込まれました。マインスターさんと顔を合わせたのも初めてですし」

『お二方ともよろしくお願いする。少し長い話になるかもしれないから楽にして欲しい』

ブランと名乗ったその声は案外気さくに話を始めた。


「まず、今回の事件の一番大本から説明させてもらうが、今ザイン君の首に掛かっているペンダント、それと対になるもう一つは「万能の十字」という魔道具、いや呪物だ。強力ではあるが、一般的には『よくないこと』をして作成するものだよ」

そこまで言うと、ブラン氏の声は一呼吸置き、続けた。

「『よくないこと』ま、はっきり言ってしまうと今回は、生きている人間を呪物の作成と使用の代償に使う、簡単に言えば生け贄にすることだね。そしてその生け贄にされたのが、我が国の三の姫であるフィーネ様だ。ちなみに今のザイン君の姿は、その姫のものだね」

予想外というか、予想を遙かに超えた事件に巻き込まれているなと思ったザインだったが、一つだけ腑に落ちたことがあった。アイスと会ったときのステイシーの反応についてだった。相手の立場こそ知らなかったが、ステイシーがフィーネという少女と手紙をやりとりしているのは何年も前からよく知っていたからだ。

「で、そこにいるイスカリスという男だが、我が主家とは縁戚関係でな、ここ何年か我が国に遊学に来ていたところ、今回の事件があって協力を言い出てきたのだ。まあ、信頼できて、姿が見えなくても不審に思われず、自由に動ける、言い方は悪いが理想的な手駒ではあったから頼むことにしたのだ」


声も出さずにブランの話を聞いている二人を見ながら、イスカリスは事件の起こった日のことを思い返していた。

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クロスロード・クロスロード 達句 英知 @tac-h9999

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