act.33

物が壊れる音とザインの叫び声を耳にしたディノンは、あわてて裏路地に飛び込んだ。

「なっ!」

そこでディノンが目にしたのは先ほどの事態の最後の一瞬だった。


転移で逃げていく紫のローブの魔術師と、それを阻もうとする小柄な人影。


道端に倒れているジャニス。


血溜まりの中のザイン。


予想外のことに、立ちすく無しかなかったディノンは、そこでさらに信じられない物を見ることになった。

小柄な人影が祈りを捧げるように手を胸に当てると、その姿が薄れ、代わりにマント姿の青年が現れたのだ。

その青年は倒れているザインの上に何かを乗せると、それを押さえたまま一言つぶやいた。

その刹那、ザインを中心に光がほとばしり裏路地を白く染めた。

「ザインっ!」

その光に目を焼かれつつ、ディノンはそこに駆け寄った。


その少年の名を呼ぶ声が、光の向こう側から確かに聞こえた。

先程まで、アイスという名の少女の姿だった青年は、「ややこしいことになりそうだな」とつぶやくと声の主が現れるのを待った。

とにかくザインに対して出来ることは、これ以上何もない。

生命というか、身体の方は助けることが出来たはずだ。そのことだけは確信できた。


銀十字が発する光は大分薄れてきていた。

光の向こう側からやせ形の青年が駆け寄ってきていた。先ほどの声の主だろう。おそらくはザインの知り合いの。

ちらりと足元を見た青年は、とりあえず今のザインの状態をどう説明するか、そのことに頭を悩ませていた。


薄れてきた光の向こうに、ディノンはザインの姿を探した。遠間から見ただけでもすごい出血なのが判ったのだ、早く手当をしないと命に関わるかもしれなかった。

しかしザインの姿はどこにもなく、足下には、


シンプルな夜着をつけた少女が、浮いていた。


「あ、あれ? ザインは」

重傷のザインの姿を予想していたディノンは、少女が浮いているのを気にもせず、ザインを探そうと辺りを見回し、道端で倒れているジャニスの方にも気づき、あわてて抱き起こした。

生気を失ったような白い顔だったが、ジャニスの身体は温かく、わずかながら息もしているのを感じ、ディノンは大きくため息をついた。

その時、黙ってディノンのことを見ていたマント姿の青年が、初めて声をかけてきた。

「ザインと、そちらのお嬢さんの知り合いの方ですか。巻き込んでしまったようで申し訳ない」

「一体これはどういう……、それよりもザインはどこに」

訳がわからず青年にザインの行方を聞くディノンだったが、青年は至極まじめな表情で、ディノンに答えた。

「そのことについても話したいことがあります。とにかくここでは話しづらい。場所を変えたいのだが、そちらのお嬢さんを連れてついてきてもらえないだろうか」

他にどうすることも出来ないので、ディノンは頷いた。

それを見た青年は浮いている少女を抱え上げ、放り出してあった杖を拾うと、何の躊躇もなく裏路地にある一軒の空き家に入っていった。ディノンは意識のないジャニスを背負うと急ぎ足で後に続いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る