act.32


 さらに細い路地に駆け込んだザインの目に映ったのは、ジャニスのドレス姿と、路地の一番奥に立っている騎士装束の男の姿だった。

 その男はザインに気づくと何かをつぶやいた。

 突然現れる3本の光の矢。

 ザインが封じられた記憶を思い出していれば、その男があの時ぶつかった相手だと気づいただろう。

 騎士装束の男は、自分の側に来たジャニスの手から小箱を取り上げるとふたを開け中身を取り出した。

 小箱が手から離れた瞬間、操り人形の糸が切れたかのように路上に崩れ落ちるジャニス。

 一瞬そちらに気を取られかけたザインだったが、男が手にした物を見て、そちらに猛然と突っ込んだ。

 銀色に輝く十字のアミュレット。

 それは遠いにもかかわらず驚くほどはっきりとザインの目に飛び込んできた。

 自分の持っている銀十字を直視しても、そのまま迫ってくるザインを見て男は驚愕の表情を浮かべたが、次の瞬間邪悪な表情でザインを指さした。


 事態は錯綜する。


窓を突き破って2階から飛び降りてくるアイス。

とっさに身をかわす騎士装束の男。

集中が切れコントロールを失う光の矢。

その向かう先は、アイス、そして倒れているジャニス。

「あぶないっ!」

さらに加速したザインの身体が光の矢の射線上に割り込む。光の矢は理を歪められたかのように進路を変え、

一本は足先を掠り、

一本はザインの右太ももを貫き、

そして最後の一本が、さらに何かに引っ張られたかのように、


ザインの心臓を貫いた。



その状態から最も早く立ち直ったのは騎士装束の男だった。

「く、殺すつもりは無かったが予定が狂った。だが銀十字は我が手に戻った。ここは退く」

そう言い残すと、銀十字を掲げ呪文を唱え始めた。

「十字の主として力を用いん。我が身を疾く彼方へ。シハル・ナーデ・エル・イムザ」

一瞬遅れてアイスも反応する。

「させるか!」

転移の魔法を邪魔するために、用意していた解呪の呪文石を男に投げつける。

満月時ではないにしろ、銀十字を持って唱えられた転移魔法には解呪が作用することはなかった。

しかし男がその身にまとった変身魔法に対しては確かに作用した。

騎士の姿がかき消えて現れたのは、紫色のローブを着た険の強い老人の顔。その顔をアイスはしっかりと脳裏に焼き付けた。


「ザイン」

心臓を貫かれたザインの命の灯火は今にも消え行こうとしていた。

「緊急事態だ。事後承諾で許せよ」

そうつぶやくとアイスは心臓の位置に自分の持っていた銀十字の片割れを押し当て、小声でつぶやいた。

「帰魂(リターン)」

その言葉と共にアイスの姿が薄れていった。

それと同時に別の人物の姿がゆっくりと現れ始める。その姿は先ほどの騎士装束の男とそっくりだった。

完全に実体化した男は、跪くと、持っていた銀十字をザインの心臓に押し当て唱えた。

「入魂(エンター)」

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