act.30
不意に開いたジャニスの部屋のドアにハッと意識を向けるディノン。そこから出てきたのはドレス姿のままのジャニスだった。ちょっとご不浄に行くかのようなさりげない様子で部屋を後にするジャニスに、ディノンは言いようのない違和感を感じた。
ジャニスのことを注視している自分以外、誰もジャニスの行動に注意を向けていないのだ。表玄関から出て行こうとしているのにシルバやユーリアでさえ止めようとしない。むしろジャニスが見えていないかのように。
よく見ると箱のような物を大事そうに抱えている。その箱に注意を向けたとき、ディノンは自分が何をしようとしていたのかがあやふやになるのを感じた。
「くっ、なんだこれは」
あわてて自分の指にかみつき、意識を保つディノン。
立ち直った時には、ジャニスの姿は大分離れたところにあった。その姿は東門近辺にある繁華街の方へ向かうように見えた。
繁華街に入っても、周囲の人がいないかのように早足で移動するジャニスを見失わないようにしつつ、雑踏をかき分けていくディノンだったが、そこによく見知った後ろ姿を発見し、安堵半分、困惑半分の気持ちになった。
「お約束と言えばそれまでなんだけど、いつもながらすごいタイミングだよな」
だが状況を考えれば人手が増えることほど助かることはなかった。ディノンは迷わず長・短・長の口笛を吹いた。
宿を決め、荷物を預けたザインは王都の繁華街の雑踏を楽しんでいた。同じ盛り場とは言っても、リュシドーの中央広場沿いとは大分趣が違っているため、見ていて飽きないのだった。
道端の屋台をひやかしつつ、おっちゃんと値段交渉をしていたザインの耳に、特徴のある口笛の音が聞こえてきた。昔の仲間内で使っていた集合の合図だった。
音の方に目をやるとディノンの姿があった。ここからでは判別できないが何かを追っている様だ。屋台のおっちゃんに軽く手を振ると急ぎディノンの元に向かうザイン。今になって昔の呼出符号を使うというのはよほどせっぱ詰まっているのだろう。人の波を軽くステップでよけながらディノンに追いついたザインは、単刀直入に尋ねた。
「何があった」
「ジャニス様の様子がおかしい。多分手に持っている箱のせいだ。目にするとこっちまで変になる」
こちらも要点だけを返すディノン。
「どうする? 取り押さえるか」
「いざって時は。出来るだけ追いかけよう。ザインはもう少し距離を詰めてくれないか」
「了解」
短い会話の後、スピードを上げるザイン。ほんのわずかの間にジャニスのすぐ後ろまでたどり着いたのを確認すると、ディノンも遅れないように2人の後を追った。
やがてジャニスの姿は吸い込まれるように一本の路地に消えた。路地の入り口で中をうかがいつつ、ザインは追いついてきたディノンに尋ねた。
「目的地っぽいな、どうする」
「挟めるに越したことは無いんだけど奥の状態が判らない」
「さすがに俺もエルドナの路地までは把握していないからな。回り込めるか判らない以上、入り口を押さえて突っ込むべきだろう」
今しも、ジャニスが路地の中程をさらに折れるところだった。意を決したザインはディノンに、
「入り口は任せた。俺が壁だと逃がすかもしれない」
と言い残し、親指を立てるとジャニスが曲がった路地の先に飛び込んだ。
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