act.27

「馬車旅とはいえ、5日は長かったな。中の2日はタイミングが悪くて街泊まりじゃなかったし」

 5日目の午後、乗合馬車から解放されたザインは、王都の南門の風景をぐるりと見回し、大きくのびをすると自分の荷物を受け取りに向かった。その中には身分証明にもなるマインスター卿からの招待状もたたみ込んでしまってあるのだった。これが無くなったら何のために王都まで来たのかわからない。

「あんたのは、こいつだね。ちゃんと中身を確かめとくれ。あとで文句を言われても困ってしまうからな」

 幸いなことに招待状を含め無くなったものなどはなかった。

「大丈夫、無くなったものはないぜ、おっちゃん。快適な旅だったぜありがとな」

 世話になった乗合馬車の御者に礼を言うとザインは、一直線にマインスター卿の屋敷へ向かった。数年ぶりに来た王都の全く自分に関わりのない人物の屋敷の位置がなぜわかるのかというと、昨晩泊まった街で王都の案内図をちゃっかり手に入れていたのだ。下手にお上りさんが迷い込まないように、国を代表するほどの貴族の屋敷の位置ぐらいは書いてあった。


「よく来てくれた、君がザイン君だね」

 そう声をかけられるまでザインはあっけにとられたままであった。今いるのがマインスター邸の玄関ホールであるのはわかっているのだが、そのあまりの金の懸かりっぷりに驚くよりも呆れが先に立ってしまっていたのだ。

 ザインのよく知っている貴族の屋敷は、リュシドー伯の屋敷や、エルロイの実家などだが、リュシドー伯の屋敷の方は裏口から潜り込むのが専門で、ホールなどにはほとんど立ち入らなかったし、何より伯爵はある程度質実剛健なものが好みらしく、光り物自体がほとんど飾られていなかった。また、エルロイの家はここまで格式のある家ではないので数段質素な入り口であった。

 そう思いながらもザインは一ヶ所だけ似たような場所を思い出していた。

『そうか、アリストクラート卿の屋敷もこんな感じだったっけな。こっちの方がだいぶ上品だけど』

 以前マーティンの取り巻きとのもめ事が大事になって、危うく街中で火事を起こしそうになったことがあった。もちろん失火の原因はマーティン側で、ザインと仲間はどうにかぼや程度でそれを食い止めたのだが、その時アリストクラート卿から口止めの意味も込めて食事に招待されたことがあったのだ。その時にも派手さに呆れかえった覚えがあった。

「はい、ザイン・ストラトスと申します。この度はお招きいただきましてありがとうございます」

 ザインは声をかけてきた50がらみの紳士をよく見た。最初はこの家の家令かと思ったのだが、態度や服装、何より射すようなという表現がぴったりの視線から、この人物がマインスター卿本人だと感じた。

 まさか玄関ホールまで卿自らが出迎えるとは思っていなかったザインは確認するように、

「あの、まことに失礼なのですが、財務卿閣下でいらっしゃいますか」

 と、付け加え尋ねた。紳士は笑みを浮かべると、

「まあ、そんなに緊張しないでくれたまえ。私は財務卿としてではなく私人として君を我が家に招いたのだからね。改めて私がアルフレード・マインスターだ。ザイン君、私の無理な願いを聞いてわざわざこのエルドナまで来てもらって済まなかった。ほとんど事情も説明しないのにこんなに早く来てくれるとは思っていなかったので嬉しく思っているよ。私のことは近所のおじさんとでも思ってもらって何でも聞いてくれたまえ」

 気さくなマインスター卿の挨拶に、多少は気が楽になったザインは一つ質問を返した。

「それじゃお言葉に甘えて一つ聞きたいんですが、予想だけはして来たんですが、私が呼ばれたのはやはりリュシドー伯のお嬢さんのことをいろいろ知りたいから、ということでいいんですよね。こちらとおめでたい話があると聞いていますから」

 ザインのそのセリフを聞いたマインスター卿は、こめかみをポリポリ掻くと、

「いや、どうにも率直だねザイン君は。まあうち明けた話その通りだからこちらは何も言えないのだがね。そのことについてはまた本人のいるところで話してもらった方がいいだろう」

 そういって肯定した。その時卿は突然気がついたように付け加えた。

「そうだ、大事なことを忘れていた。その当の本人、当家の下の息子のイスカリスなのだが、とある事情で今日は家に戻らないのだよ。だから君に話を聞くのは明日以降ということになると思う」

「イスカリスさん、ですか。その事情というのはどういう事なんですか。差し支えなかったら教えていただけませんか」

「まあ、隠しておく様なことでもないしな、いいだろう。実はイスカリスは街の警務隊長の依頼である事件について調べているのだ。リュシドーの方では噂にしか聞こえていないと思うのだが、この王都では一月ほど前から若者が10人以上消息不明になる事件が起きているのだ。ふつう家出とか行方不明と言っても何らかの痕跡があるものなのだが、今回の件では全く忽然と消え失せてしまっている上、消えた若者というのが良いにしろ悪いにしろ一芸に優れているものばかりなので、王宮の方でも何か大きな事件が起こるのではないかと、過敏になっているのだよ」

 ザインはその話を聞いてふと疑問に思いマインスター卿に質問した。

「ところで、どうしてその調査にイスカリスさんがかり出されたんですか。ま、それが事情って奴の肝なんでしょうけど」

 その質問をしたザインに、「ほう」とつぶやきを漏らしたマインスター卿はもう一度ザインのことを眺めた。その目は好ましい性格の情報提供者と考えていたザインが、高い分析力と知的好奇心を持ちなおかつそれを表に出さない思慮を持った若者であると考えを改めた様であった。

「おそらく人手が足りないのだと思うのだが、何か気になることでもあるかね」

 何を思ったのか卿は、何事もないかのように振る舞いながらザインにかまをかけてきた。

「ええ、痕跡もなく消え失せたと言うからには、よほど綿密な調査をされてるように聞こえるのに、警務隊の人数に比べてほんのわずかな増員をしても意味がないんじゃないかと。だから可能性があるのは、行方不明の人の内何人かとイスカリスさんが知り合いだって事と、なおかつその人達の共通点がそのくらいしかないので、あえてイスカリスさんに協力要請が来たってこと位しか思いつかないんで」

 ザインの答えを聞いた卿は、

「いや全くザイン君の予想通りだよ。消えた彼らの半分はイスカリスの知り合いだ。もう半分についても知り合いじゃないとは言い難いが直接の関係では無いと思う。ザイン君、君には事件の調査に加わって欲しいくらいだな」

 そう言うと、目の前のザインの肩を両手でがしっと叩き、話を続けた。

「といっても、今回君にはジャニス嬢の事を話してもらうために来てもらったわけだし、この件については話が済んだあとまた改めて協力を依頼するかも知れない」

「はあ、あまり長くこちらに滞在もしていられないのですけど、こちらにいる間くらいでしたら喜んで」

 ザインはそう言って、もう一度卿の顔を見た。マインスター卿はその視線を受けたとき、何かがふと頭をよぎったのだったが、特にそのときには気にせずザインの肩においた手を離して聞いた。

「いや、何か妙な話になってしまったが本来の用事についてもう一度話しておこう。さっきも言ったのだが今晩はイスカリスが帰ってこない。本当は晩餐の時にでも簡単に話を聞こうと思っていたのだがそういうわけに行かなくなってしまった。そこで今日は私の屋敷の客室に泊まってもらって、明日イスカリスが戻り次第改めて話を聞きたいのだがどうだろう」

「すいません、泊めて頂けるというお話ですが、こちらのお屋敷があまりにも普段の生活とかけ離れていて、何か逆に緊張して眠れないんじゃないかとちょっと心配なんですけど」

 ザインは、恐縮しながら宿泊を辞退した。卿はそれを聞くと笑いながら、

「別に王宮に泊まるというわけではないのだし、そんなに緊張することはないと思うのだが、しかたあるまい。それでは南門と東門の付近に宿屋が何軒かある。君が緊張しないような宿に泊まって明日また尋ねてくれたまえ」

 と言い、手近にあったペンでメモ用紙に何かを書き付けると、近くに控えていた青年に一言話しかけるとそのメモを渡した。青年はすぐさま控えの部屋に引っ込むと、程なく一通の封筒を持って現れた。

 卿はその封筒を受け取ると改めてザインに手渡した。

「泊まる宿が決まったら、主人にこれを渡してほしい。まあ、宿代は当家に請求してくれという覚え書きだがな、当家にゆかりの人物なのでよろしく頼むと書いておいたよ」

 ザインは、これであまり安い宿に泊まるわけにはいかなくなったなと思いつつありがたく封筒を受け取った。

「ありがとうございます。分相応な宿で休ませて頂きます。明日はいつ頃こちらへ伺ったら良いですか」

「そうだな、昼までにはイスカリスも戻っておるだろうし、昼の半時前ほどに来ると良いだろう」

 礼をして明日のことを聞くザインに答えた卿は、一つ付け加えるように言った。

「それとザイン君、もし夜に盛り場に行くなら気をつけてくれよ。さっきも話したとおりここしばらく事件が多い。王都の人間ではない君がねらわれるとは思っていないが、万一と言うこともある。その上、警務隊の見回りもぴりぴりしておるから、あまりフラフラしていてあらぬ疑いをかけられてもいけない。遊ぶのでもほどほどにな」

 ザインは笑いながら、

「私は、地元でもそんなに羽目を外すような事はしてませんよ。ですから今のはそこそこ派手なことならしてもよろしいと言うマインスター卿のお墨付きをいただいたと思っておきますから」

 そう返した。卿もそれを聞いてひとしきり笑うと、明日はいろいろ聞かせてくれたまえと言い、ザインと握手をし、一礼をして退出するザインを見送った。


「ふぅ、さすがにすごい圧力だったな。さすがは一国の重鎮、気の良いおじさんを装ってたけど締めるところは締めてきたし、ああいうのを海千山千って言うんだろうな」

 マインスター邸を出てしばらく歩いたところでザインはやっと肩の力を抜いてつぶやいた。

「まあ、問題は明日だな。イスカリスさんっていうのがどんな人なのかまだ全然知らないし、俺の感じた印象だけでもジャニスの奴に伝えてやりたいからな。さてと、堅苦しくなさそうでこの封書を見てびっくりしない程度の宿を探さないといけないな。盛り場は東門の方に近いからそっちにするか」

 そんな独り言をつぶやきながら歩くザインを、魔法の目で観察する存在があった。

「そうか、あの少年がザイン・ストラトスであったか。運命の糸というのはおもしろいものだな。しかし、かわいそうなことだが、少年にとってはおもしろいでは済まなくなってもらわねばならぬわな」

 そういってその存在は魔法の目にザインの後を付けさせるのであった。

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