act.25
「……ん」
一時ほどの時間が過ぎ去った。微動だにしなかったアイスの体がぴくりと動く。
心配そうにアイスを見つめていたステイシーから安堵のため息が漏れる。
「アイスさん、大丈夫ですか」
「う、うぅ」
アイスは体を起こすと、急速に覚醒していく意識とともに今まで見ていたザインの記憶を反芻していた。
「非常にまずいことになったな。私もすぐに王都に向かわなくては」
アイスは口の中だけでそうつぶやいた。
「アイスさん、それで何かわかったんですか」
「ああ、大当たりだった。少なくともあれはひと月半ほど前に王都に向かったらしい。だが状況は予想より遙かにまずいことになっていた」
ステイシーからの問いに簡潔に答えたアイスは、
「ステイシー殿、あれの行方の手がかりがわかったからには、私はすぐにでも追いかけるつもりだ。だが貴方に真実を語ったことが、もし万が一相手方に知られたら、貴方もねらわれてしまうかも知れない」
そういうとアイスは、自分の荷物から一枚のメダルを取りだし、ステイシーに渡した。
「これは遠話のメダルという魔法のアイテムだ。3度だけ私の持っている対のメダルとの間で会話ができるようになっている。もし、この件に関わることで何かあったら、これで連絡をもらえるとありがたい。使い方は指ではじくとメダルが光る。光が消えたら話しかけてくれればいい」
「はい、わかりました。それではアイスさんもお気をつけて」
ステイシーはそのメダルを大事そうに自分の物入れにしまい込みながら、素早く旅装を整えるアイスに声をかけた。
宿を引き払い、ステイシーと別れたアイスは、北門で馬を借りて王都に向かおうとしていた。
「とにかく今重要なのは一刻も早くエルドナにたどり着くことだな」
周りの人が聞いたら独り言にしか聞こえないようなそのつぶやきには、実はしっかり返事を返す存在があった。
『うむ、お前の話を聞く限りではその判断が妥当のようだな。しかしまさかそのような形でこちらの隙をつかれるとはな』
「ああ、だが王都ではさらに慎重に姿を隠さなければならない。この姿形を見知っている人間も多いだろうしな」
『特に王宮近辺は近づかん方がいいだろうな』
驚くべき事に、アイスは自分の杖から聞こえてくる声と会話していたのだった。よく見れば杖の先の飾り部分には、先ほどステイシーに渡した遠話のメダルの意匠と同じ物が彫りつけられていた。
「しかし事はロッシェルだけでなくエルドナの内部まで関わってきてしまったな」
『私とて、遠話だけでフォローするにも限りがある故な、そちらにも誰か協力者が欲しいのだが、なかなか信用できるものも思いつかぬし』
信用できるものという言葉を聞いて何故かザインの顔を思い浮かべたアイスだったが、それを慌ててうち消した。これ以上ザインに迷惑をかけるのは悪いとでも思ったのだろう。
「この姿が一度きりのものでなければ話は簡単だったと思うがな」
『まあそうだが、魔術の理というやつがあってな』
「そういうと思ったよ、とにかくエルドナまで急いでも4日はかかる。その間に何かいい手を考えておいてもらえるとありがたいな」
『簡単に言うな。それでは又展開があったら連絡してくれ』
最後にそう伝えると、杖からの話し声は止まった。非常に小さな声だったので杖に耳を当てていたアイス以外に聞こえたものはいなかった。
「えーと、お嬢さんが乗りなさるんで?」
馬場にいた馬番の男は、馬を借りに来たのが十代の半ば以上にはどうしても見えない少女であることを訝しんだが、アイスが自分の旅鉦を見せると、突然態度を変え、アイスの背格好でも乗りやすそうな馬を引き出して手綱を渡した。
そうしてアイスもザインから半日遅れて王都へと出発した。
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