act.24

「今フィーネ姫は、とある邪術によって精神、いえ正確に言うと意識体を奪われている」

 アイスはそういうと、胸元から件の銀十字を取り出し、ステイシーに見せた。

「昨日エルロイ殿達に探してもらったこれの片割れが、フィーネ姫の精神を取り戻すための重大な鍵だ。私はそれを探すために姫の姿を借りてこの街に来たのだ」

「……そんな。……何でフィーネが。いったい誰が何のために」

 ステイシーはショックで倒れそうになりながらも、何とかそれだけを聞いた。

 しかしそれに対するアイスの答えは無情なものだった。

「答えられるのは『なぜフィーネ姫なのか』のところだけになるな。後は全くわかっていない。まあ、何のためかと言うのも予想だけならできるのだが……」

「わかることだけでも教えてください、お願いします」

「絶対に口外無用。それだけは誓ってもらう事になる」

「はい」

「いいでしょう。まずなぜフィーネ姫だったのかというと、彼女が『適合者』だったからだと聞いた。まあ、本人にとっては運悪くとしかいえぬのだが、この手の邪術とか、邪神への生け贄というのはきわめて特別な資質を必要とするのだと、それを教えてくれた知り合いの魔術師殿は言っていた。王家や高位の神官の血を引くものであるとか、魔法への親和性、安定した精神と肉体、等々、その上術や邪神ごとに要求される資質の組み合わせはすべて異なるという。姫の場合、この『万能の十字』という邪術の要求する資質をすべて満たしていたのだと魔術師殿は推測していたな。おそらく術を施した犯人は最後の条件を満たすのを待ちかまえていたのだろうと」

 息をのみながら、アイスの語る衝撃的な事実に聞き入るステイシー。

「あとは、何のためにと言うことだが、まあおそらく『力』を求めてのことだろうな。持ち去られた方の銀十字は『精神支配の力』とか『無限の魔力』とかを使用者にもたらすものだと聞き及んでいる故」

「それって……」

「そう、放っておいたらどんなことが起きるかわからない。その上貴方には言い辛いのだが……向こうの銀十字は、『消耗』するらしいのだ。はっきり言ってしまうと力を使うたびに、姫の意識体に負荷がかかる。幸いと言うべきなのは、大きな力を行使できるのが満月の時だけだと言うことくらいだが……」

「消耗……ですか」

「ああ、早い話が、使えば使うほど姫の意識体が弱っていくのだ。最終的には消えてしまうと聞いた。そんなに簡単には消えないとも聞いているのだが」

 ステイシーは俯いてそこまでの話を聞いていたが、しばらく後、毅然として顔を上げアイスに話しかけた。

「……私に何かお手伝いできることはありますか?」

「とにかく向こうの銀十字の行方を探さないことには話にならないのだが、昨日も言ったように手掛かりがない」

 そういって考え込むアイス。その時ステイシーは自分が何のためにアイスに会いに来たのかを思い出し、尋ねた。

「アイスさん、先ほど私が持ってきた手紙には何が書いてあるんですか」

「そういえばまだ読んでいなかったな」

 アイスはザインからの手紙を開封するとざっと目を通していたが、途中まで進んだところで目を丸くすると、猛然と最初から読み返し始めた。

「あの、アイスさん?」

 その様子の急変に驚いたステイシーがおそるおそる声をかけるまで、アイスの視点は手紙の上の一点で固まっていた。

 その声にやっと我に返ったアイスは大きなため息をつくと、ステイシーに問いかけた。

「ステイシー殿、貴方達にとってザインというのはどういう男なのか聞かせてもらえないだろうか」

「……あえて聞かれると答えづらいのですが、私から見ると隊長は面白くて頼もしい人ですね。エルロイなんかは隊長に心酔しているからまた別の意見なんでしょうけど。あと変な意味ではなく女の子の扱いがうまいですね。私も含めて無理しないように配慮してくれていたのを引退してから気づかされました」

「もう一つだけ。なぜ貴方がこの手紙を持ってきたのか教えてもらえないか」

「それはこのメモを見てもらうのが一番早いと思いますね」

 そういうとステイシーはポケットに入っていたメモをアイスに差し出した。そのメモにはザインの字でこう書かれていた。

『2人きりなら何か話してくれるかもしれないよ。幸運を祈る ザイン』

「……気づいていたという訳か。昨日はそんなことはおくびにも出さなかったのだがな。全く、食えない男だな奴は」

「買ってもらってるところで何ですけど、隊長の場合半ばカンで動いてると思いますし、あんまり買いかぶらない方がいいと思いますよ」

「そうなのか? ま、そのことはおいておこう。それよりもこいつだ」

 そういうとアイスは、手紙と一緒に入っていた水晶の小片を取り出して、部屋の明かりにかざした。

「それは?」

 うれしそうに薄笑いを浮かべて水晶片を眺めるアイスに、ステイシーが声をかけた。

「これは、手がかり……かも知れないものだ。ザインの奴が残していった、な。」

「かも知れないって、どういう事なんでしょう」

「ザインにも何が入っているのかわからないらしい。ただ、わざわざ魔法を使ってまで隠されていたものだし、何か重要なことだと思う、と手紙には書いてあったよ」

 アイスは、水晶片を額に押しつけ目をつぶったが、思い出したように傍らのステイシーに言った。

「これからしばらくの間、私は眠ったような状態になるらしい。すまないのだがその間だけここにいて私のことを見ていてもらえないだろうか」

「ええ、それはかまわないですけど、何をされるんですか」

「ザインの記憶を追体験するらしい。私も魔法はあまり詳しくない故、そういうものだとしか理解していないがな。では始めるのでよろしく頼む」

そこまで言うとアイスは改めて横になると、目をつぶりはっきりと口に出した。

「再転写」

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