act.21
「とりあえずここの用事は済んだし、いったん家に戻らないとな。アイスへの置き手紙も書かなきゃいけないし」
リュシドー邸の裏門へ向かいながら、ザインは次の行動について考えを巡らせていた。
「お、ザインじゃないか。ちょうどいい所にいたな」
そんなザインに母屋の方から来た男が声をかけた。ディノンと同じ門衛の格好をした中年の男だった。
「何だ、ゲルティスじゃん。腹の調子はもう平気なのか」
普段裏門の門衛をしているゲルティス氏だった。
「いや、まだそんなに良くないんだけどな。それよりお前今から裏門通って戻るんだろ。そしたらディノンのヤツに『シュテインさんが呼んでるから至急戻れ』ってつたえといてくれるか。俺はその交代要員で裏門に行く所なんだけど、もう一度便所に行ってから行こうと思ってな」
「きたねーなぁ。ま、伝言は了解したよ。なるべく急いでいってやれよ。詰め所無人になっちまうんだからな」
そう言い残すと裏門に向けて駆け出すザイン。ゲルティスはそれを見て小走りで母屋に戻っていった。
「へ、何で俺が呼ばれるんだろ。まあ呼んでるっていうなら行かなきゃいけないけどな」
ザインから伝言を伝えられたディノンは首を傾げていた。
「ま、昼のことがばれたって事はないだろうけどな。宮仕えも大変だよな」
「そうだな、楽な事も往々にしてあるけど。安定してるし。じゃザインはもう戻るんだな。だったらここに朱押してくれ」
ディノンは先ほどの通行台帳と朱色の液体を出してザインに向けた。ザインは人差し指を液体に突っ込むと自分のサインの横にそれを押しつけた。
「それじゃ俺は、戻るから。あと、俺しばらく王都に行くから、戻ってきたらなんか土産でも持ってくるわ」
来たときと同じように、詰め所の入り口を通って出ていくザインを見送ると、ディノンは『巡回中』の札を入り口に掛けた。
「ごちそうさま」
自宅に戻って、温めなおした夕食を食べたザインは、アイスに宛てた置き手紙を急いで書いていた。
内容は、急に旅に出ることになったので、約束を守れなくなったことについての謝罪と、自分の記憶を封じ込めた魔法の水晶片を残していくことについてだった。
『……この水晶片は、知り合いの魔術師に、思い出せなかった記憶を封じ込めてもらったものなんだ。一回しか見られないから自分でも何が起こったのかはまだわからないんだけどね。とにかくそれが一番必要なのはアイス、君のはずだ。だから俺はそれを君に渡そうと思う。額に当てて『再転写』と唱えると写し取った俺の記憶が見れるらしい。君に価値のある記憶が入っていることを祈ってる』
ここまで書いたザインは次の言葉を書くか否か逡巡した。
しかし後悔したくないと思い、続きを書き始めた。
『アイス、君は多分この記憶の中に手掛かりがあったら、旅立ってしまうと思う。俺がこの街に戻ってきてももう会えないだろう。だから君に一言だけ言いたかった。たった半日だったけど君と知り合うことができて良かった。初めて姿を見たときから、何かの度に君の姿が心に浮かぶんだ。一目惚れってことは無いと思うんだけど、自分の心のことはよく見えないよ。今のままでも男女の垣根を越えていい友達になれたとは思ってるけどね。もし君ともう一度会うことがあったら、もっと心の中まで語れる関係になりたいって考えてる自分もいる。だからさよならとは書かない。また何時か何処かで会おう』
そこまで書くと、ザインは手紙を水晶片とともに封筒に入れ、宛名書きをして封じた。
そしてもう一人分、今度はごく短いメッセージを書き、同じように封じた。
できあがった2通の封書を持ち、ザインは今度はこっそりと家を抜け出し、貴族街のエルロイの家に向かった。
「隊長、これは一体」
ザインからの合図を聞き、裏通りに出てきたエルロイは、ザインから封書を受け取って思わず聞き返した。
「実はな、急な話なんだけど俺、突然王都まで出かけることになっちまったんだ。それでアイスとの約束が守れなくなるんで、そのことについて手紙書いたんだ。それを明日の朝のうちにアイスに渡して欲しいんだけど、出来ればメッセンジャーをステイシーにやって欲しいんだ」
「まあ、それは良いんですけど、何でステイシー宛の手紙まで僕のところに持って来るんですか。直に持っていけばいいと思うんですけど」
それを聞いたザインは、にやっと笑うとエルロイに言った。
「だって俺がこんな時間にステイシーのところになんて行ったら騒ぎになるだろ。お前ならばれてもまあ、周りはさもありなんと思うだけだからな」
エルロイは真っ赤になってうろたえつつ聞き返した。
「たたた隊長、なんですかそれは」
「おまえ、まさかばれてないと思ってるのか。お前とステイシーが水面下でつきあい始めてるのってほとんど周知の事実だぜ。さすがにこんな時間に互いに行き来する関係だとまでは思っちゃいないがな」
エルロイは、はあっとため息をついて2通の封書を眺めて言った。
「やっぱりいつまで経っても隊長にはかなわないな。わかりましたよ何とか遅くならないうちにステイシーに届けておきます」
「それとな、ことによるとアイスはそのまま銀十字探索のためにこの街から動くかもしれない。そしたら噂集めは一旦休止しろよ。昼になってもいつもの場所にいるようだったら、夕方に報告しに行ってくれ」
「はい、そんなに心配してもらわなくても今のメンバーでどうにかやりますって」
「そうだったな、何かつい昔みたいな気分になってな、わりぃ」
「いいですよ、それでも隊長が上で指揮すると下の連中の動きが格段に良いんですから。さすがマスターをして『この十年でもっとも派手な活躍をしたリーダー』って言わしめるだけのことはありますね」
「ナッシュめ、自分を棚に上げてよくいうぜ。16年前リュシドーにあった全てのグループに一時的にとはいえ号令を掛けた伝説の男が」
「え、そうなんですか。僕そんなこと知りませんでしたよ」
驚きの声を上げるエルロイに、ザインは、
「ま、身内がらみの事件だし、本人隠したがってるからな。結構俺達の父親世代の方が知ってるんじゃないのか。もし知りたかったら親父さんに聞いてみりゃ良いと思うぜ。本人に聞いたってかわされるだけだろうし」
と言ってから改めてエルロイに向き直り確認した。
「そうだ、もう一通の方はステイシーへの個人的な頼み事だ。気になるなら開けてみてもいいけど、きっちりと渡してくれよ」
「いくらなんでも、私信を盗み見たりはしませんって。でもどうしてメッセンジャーがステイシーなんですか」
ザインはその問いに答えつつ、逆に尋ね返した。
「簡単に言うと、女同士秘密の話もあるだろって事だよ。お前だって今日のステイシーの様子がおかしかったのくらい、気付いてただろ」
「まあ、それはもちろん。後で聞いてみたんですけど、はぐらかされちゃいました」
「アイスの方も、ステイシーの素性を聞いてきた後、はっきりと『覚えがない』って言い切ってたよ。多分巻き込んじゃまずいって考えてるんだと思う。半日だけだけど一緒にいた感想だと、アイスの観察力は相当のものだった。アイスの方が一方的に忘れてるってことは考えられないな」
「そうですね。じゃ僕は早速ステイシーの所へ行きますよ。さっきの隊長のセリフじゃないですけど、こんな時間に訪ね合う仲って訳じゃありませんからね。一応手紙を預かってきたって名目で堂々と表門から入りますよ」
エルロイが何となくにこにこしながらザインにそう告げる。
「それじゃ頼んだぜ、エルロイ。お前も頑張れよ」
そう言いつつ、親指を立てザインは帰途についた。
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