act.22
一方話は戻ってリュシドー邸。
家令のシュテイン氏に呼ばれたディノンは、予想だにしなかった言葉を聞いていた。
「へ、私が……ですか」
「ああ、門衛の組からはアスティ、サイ、それにディノンお前が指名された。まあお前は一見弱そうな見かけの割に、そこそこ得物も使えるし、お嬢様も肩肘張らないですむし、その辺が評価されたんじゃないのか」
「はぁ、まあ別に行くこと自体は問題ないのですが……やはり私がお目付役ということですか」
「……順当に考えればそういうことになるな。多少頼りなくはあるが、仕方あるまい。責任は重大だぞ、気を引き締めていけよ」
その言葉を聞きつつ、ディノンはあることを思い出し愕然としていた。
『そうするとあの薬の餌食になるのは、僕って事になるぞ。さすがにそれと知りつつ脱走させちゃうのも問題あるだろうし……ああどうしたもんだろう』」
「それでは、出立は明日の午後遅くになる予定だ。明日は休みをやるから荷物を整えておくと良い。それと後で伯爵様からお呼びがかかるかもしれん、ここか自室で待機しているようにな」
シュテイン氏はディノンの内心の葛藤など全く気にせず話を締めくくった。
「皆に集まってもらったのは他でもない。話は聞いていると思うが、明日ジャニスが婚約者候補と会うために王都に向かう。その随員として、ここに集まったものに行ってもらうことにした」
半時後、執務室に集められたディノン達今回の随員は、リュシドー伯自らの訓辞を受けていた。
「いきなり聞かされた者もいると思うが、本来予定していた家政室のメンバーが、急な仕事でジャニスに付いていけなくなってしまったのだ。慣れぬ仕事になるとは思うが娘を無事王都へ送り届けて欲しい」
伯爵は全員に向かってそういうと、続いてミルフェに話しかけた。
「ミルフェ、いつも通りジャニスの身の回りの世話は任せるぞ」
「はい、お任せください。私もお嬢様も半年前まで暮らしていたところですから問題ないと思いますよ」
「続いて、シルバ、ユーリス。警衛隊の中でも腕利きのお前達だ、二人きりだが十分な活躍を期待しているぞ。一番良いのはお前達の出番がないことだがな」
「はっ」
「お任せください」
伯爵の言葉に、衛士の二人は簡潔に答えた。
「さて、アスティ。お前には慣れない仕事を任せることになってすまぬとは思っている。だが家政室の者を除くと当家で一番旅慣れているのはお前のようなのでな」
「はあ、任された以上は微力を尽くそうとは思いますが、ジャニス様を含め、私たちの身分を隠すことになりますが、よろしいでしょうか」
「アスティ、それは何故なのだ」
「私の知っている宿は伯爵様のような王位継承権を持つほどの貴族の令嬢が泊まるような所ではありませんし、何より表立って行ったら宿の人間がかしこまってしまうものですから……」
「ふむ」
「まあ、いいところ富裕な商人の娘くらいでしょうかね。これだけのお供を引き連れて泊まる少女なんていうのは」
「お前がそうした方がよいというなら、そうなのだろうな。まさか鳴り物入りで王都に向かうわけにも行かぬだろう。わかった、ミルフェ、ジャニスにそう伝えておいてくれ」
「はい伯爵様」
伯爵は続けて、サイという名の門衛に簡潔に言葉をかけた後、ディノンに向かって告げた。
「さて、ディノン。お前には少し荷が勝つかもしれぬが、ジャニスの話し相手と、目付を頼むぞ。確か幼い頃はお前の遊び仲間達とジャニスが騒ぎを起こしていたようだし、ジャニスも肩肘を張らずに済むだろう」
「はい、ご期待に添えるよう微力を尽くさせていただきますが……本当に私でよいのですか?」
「お前は若年だが、いろいろ頼もしい話も聞いているぞ。それとガルシアからの推挙もあったしな」
「は、はあ、相談役の御推挙ですか……」
ガルシアの名前を聞いて思わず首をすくめてしまうディノンだった。
「それでは、ジャニスのことは任せた。無事帰着の報告を期待しているぞ」
伯爵はそう話を締めくくると、執務室から退出していった。集まった随員達も自分の荷づくりのため自室に戻っていった。
「ディノン君、少しいい?」
廊下を歩くディノンに、ミルフェが後ろから声をかけた。
「あ、ミルフェさん、なんですか。大体何の話かはわかってますけど」
ミルフェはいたずらっぽい笑みを浮かべつつディノンに尋ねた。
「で、どうするつもりかしら。見逃してくれる? あくまで職務に忠実に行く?」
「とりあえず薬の餌食はご遠慮しますよ。目立たない程度に護衛はさせてもらいますけど」
「なるほど、そう来る訳ね。確かにディノン君目立たないからこういうとき有利よね」
実際自覚もしているが、こうはっきり「地味」だといわれるとさすがに多少へこむディノンだった。
「多分期待してもらってるセリフなんでしょうけど……なんか引っかかるなあ」
「もちろん期待してるわよ。男手が有ると無いとじゃ大違いだしね」
「こっちは、僕の手がいるような事態にならないことを期待してますよ。でもジャニス様だしなぁ」
「そうね。あの娘ももうちょっとだけ落ち着いてくれれば私も楽なんだけど」
2人とも小さくため息をつくと肩を落とし言った。
「とりあえず、王都に着くまでは大商人のお嬢様って事で……お互い頑張りましょうね、ディノン君」
「そうですね、ミルフェさん」
「くしゅん」
その時、ほこりをかぶっていた衣装トランクを引っ張り出していたジャニスは、可愛いくしゃみをした。
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