act.19

「親父も言ってたけど、俺はガルシアに気に入られてたのか……なんか実感わかないけどな」

 ザインはジャニスの部屋の窓辺にやってきていた。子供時分と同じように二長一短の口笛を吹く。

 そんなに時間をおかず、窓が開く。

「ザイン?」

 部屋の中からジャニスの声がする。しかしジャニスは窓の外を見ようともしていなかった。

「ああ」

 同じく窓の中をのぞこうともせずザインが返す。

「今朝の今日でどうしたの。もしかして夜這いにでも来たのかしら」

 冗談めかした口調で、ジャニスが尋ねる。

「そんなことあり得ないって判って言ってるだろ。ガルシアといいお前といい何でそういうこと言うかね」

 こっちは苦笑しながらザインが答える。

「ま、それはおいといて、ジャニス、どうやら先方さんも情報戦に来たようだぜ。どっから調べたのか俺にコンタクト取ってきた」

「さすが『氷の』なんて形容詞がつくだけあるわね。いい布石打ってくるわね」

 ジャニスは、ザインのセリフに固有名詞が全くなかったにもかかわらず、ザインの意図を完全に理解していた。

「で、どうする。俺は招待に応じる気でいるんだけど、どのくらいお前の行状をバラしたもんだか気になってな。だまってて欲しいとか、フカシかまして欲しいとかって言うのもありだぜ」

「別に、全部言っちゃってもいいわよ。あ、でもお忍びで顔見に行くって言うのだけは、バラさないで欲しいかも」

 ザインは思った通りの返事だなと思いつつ、再度確認した。

「いいのか、初めて屋敷を抜け出したときのこととか、下水道のナマズの話とかまでしちゃっても」

 それを聞いたジャニスは、怒りと照れがない交ぜになった口調で言い返した。

「バ、バカ、それはただの暴露じゃないの。聞かれないのにそんなことべらべらしゃべりたいなら、後でどんな目に遭うか想像してからしゃべりなさいね」

「了解、それじゃお忍び以外の機密事項はなし。但し聞かれなかったことまではしゃべらない。って事で行くぜ」

 ザインはそう言って、窓から漏れる明かりに向かって親指を立てた。

「ありがとね、さすがにお見合いっていうか、顔合わせが近いとあっちも焦ってるのかしらね」

「え、顔合わせってそんなに近いのか」

 ジャニスが漏らした一言に反応するザイン。

「ええ、次の満月の日よ。私も2、3日中に出発すると思うわ。もしかすると王都で会えるかもね」

「なるほど先方さんが10日までに来て欲しいって言うわけだ。ま、王都で会っても満月の日までは知らんぷりしてるからな」

「……そうね、うっかりしてたわ。そうしなきゃいけなかったわよね」

 ジャニスはそう言うと、初めて窓の外に顔をのぞかせた。

「そう言えばザイン、どうやってここに入ってきたの。ここしばらくは警備厳しくするって話だったのに」

「とりあえずガルシアの部屋経由で来たから。そういえば計画の事だけどなジャニス、どうもガルシアは全てお見通しみたいだぜ」

 ジャニスの問いに、軽く返すザイン。

「え、どういうこと?」

「だから脱走計画とか、今朝話してたその他諸々の事だよ。でもどうやら干渉しないで好きにやらせてくれそうな雰囲気ではあったけどな。さっきガルシアのところで話をしてた時に、今朝の俺達がしてた会話の中身を引用して使ってたんだよ。間違いなく聞かれてたんだと思うぜ。でも今になってもジャニスが気付くような釘を差されていないって事は、見て見ぬ振りしようとしてるってことだろ」

 それを聞いたジャニスは大きくため息をついて言った。

「あーあ、お目付つきになっちゃったわね。でもしょうがないか。ま、お父様に報告が行かなかったことだけで良しとしなきゃいけないわね」

「そうだな。それじゃ、長居してホントに夜這いだと誤解されるといけないから、そろそろ帰るぜ。次は縁があったら王都でな」

「わざわざ悪かったわね、ありがとザイン。まあ、縁だけは腐るほどありそうだからおそらく会っちゃうんでしょうね」

「かもな」

 話が終わるやザインは、窓辺から夜の闇の中に消えた。それを見送るとジャニスはゆっくりと窓を閉めた。

「お嬢様、お話は終わられましたか」

 ジャニスが振り返ると、一人の女官が立っていた。

「あ、ごめんミルフェ、もしかして終わるの待っててくれた?」

「いえ、待ちはしませんでしたよ。聞かせてもらってただけで。今のザイン君でしたよね、何か久しぶりに姿を見ました」

「わたしも、今朝久しぶりだったわ。でも変わってなかったなあいつ。昼の荷物受け渡しの手順も考えたのザインだったし」

「まあ、そうだったんですか。いい手だなって感心してたんですけど」

 今ジャニスと会話してる少女……とは言い難いがまだ若い女性が、いくどか会話の中にでてきたミルフェという女官だった。

「で、どうしたの。用事あるんでしょ」

「あら、いけない。伯爵様が何かお話があるとのことです。書斎の方でお待ちになっておられます」

 それを聞くとジャニスは『しまった』という表情で言った。

「やば、もしかしてお父様にもばれたかしら。なんかガルシアにはお見通しだったみたいだし」

「いえ、それはないと思いますよ。伯爵様上機嫌でしたし」

 ミルフェの返答に気を取り直した様子で、ジャニスはドレッサーに向かいつつ言った。

「ま、行ってみればわかるか。書斎よね、格好整えたらすぐ行くわ。そう伝えてくれる?」

「わかりました、早速伝えておきます」

 足早に出ていくミルフェを見送りつつ、ジャニスはつぶやいていた。

「でも、それじゃないとすると、本当に何の話なのかしら」

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