act.12

「一つ聞くが、先程のステイシーという少女はどういう娘なのだ」

 表の店に出て、しばらくしてからアイスが不意にザインに尋ねた。ソーダ水をちびちび飲みながらアイスのことを眺めていたザインはそれについて簡単に答えた。

「ああ、4年くらい前にこの街に越してきたのを、ある人物の口利きで仲間に引き入れたんだ。親父さんがロシェールに赴任していた外交官僚でな、生まれてからずっとあっちだったらしい。それとあいつ、ものすごく記憶力がいいんだぜ。いろんなとこでかなり助けられたもんだよ」

「やはり私とは接点がなさそうだな。先程の私を見る目がどうも気になっていてな、確かめたかったのだが」

 アイスはそういうと、目の前のソーダ水に手をつけた。

「ふむ、これはうまいな。何か特別な香り付けをしているのか」

「ちょっと判らないな。っていうか俺、物心ついた頃からソーダと言えばこの店のソーダだから、これが特別かどうかなんて判断できないしな」

 そう言うとザインは、カウンターにいた店主のナッシュに尋ねた。

「なあナッシュ、ちょっと聞くけどこのソーダってなんか特別なものでもはいってるのか」

「なんだ、別に食えない物は入れてないぜ。調合は特殊だがな。で、いきなりどうしたそんなこと聞いて」

 ナッシュが問い返す。それに返答したのはアイスの方だった。

「店主、それは私が聞いたのだ。今までに飲んだことのない味だったのでな。おっと、もちろん、この味がとても気に入ったので尋ねたのだぞ」

「おう、お嬢さん嬉しいこと言ってくれるね。嬉しいから特別に教えちゃおう。季節によって多少変わるんだが基本はミントを中心に7種類くらいのハーブをシロップ漬けにして、そのシロップを天然のソーダで割ってるのさ。あとは女の子に出すときは気持ちシロップを多めにするくらいだね」

 アイスに誉められていい気分になったナッシュが、うんちくを披露する。興味深そうにそれを聞いているアイスの横顔を眺めながら、ザインは自分の頭の中の引っかかりの強さと共に、心の中のアイスの存在がだいぶ大きくなっていることに気付いた。


「そういえばナッシュ、さっきアーニーがいないって言ってたけど、どこへ行ってるんだ?」

 ソーダ水が無くなりかけた頃、ふと思い出したようにナッシュに尋ねるザイン。

「ああ、ちょっと前からデサの親類のところへ行ってる。年は俺より下なんだが、俺たちから見ると叔母に当たる人があっちにいてな、臨月なので手伝いに来て欲しいって呼ばれてるんだ。時期的にもう生まれてる頃じゃないかな。産後の手伝いもするっていってたから、もうしばらく戻ってこないと思うぜ」

 少なかった客もあらかた出て行ってしまい、暇になったのか、ナッシュはカウンターの向こうからすぐに返事を返してくる。

「……客が少ないわけが判ったよ。あんなのでも一応は看板娘だからな。むさいおっさんの顔見ながら茶は飲みたくないよな」

「ぬかせ。まあそれでも昼時の若い連中が減ったのは事実だな。夜は相変わらずだが」

 2人の掛け合いを聞いていたアイスが、ザインに尋ねる。

「先程から話に出ているアーニーというのはどんな人なのだ? 2人とも大分親しいようだが」

「アーニーっていうのは、このおっさんの年の離れた妹でな、俺たちの年代からすると姉貴分になる人だよ。早くからこの店を手伝ってたから遊び仲間じゃなかったけどな」

 ザインの説明を聞いたアイスは少しからかうような口調で、

「さしずめザインにとっては初恋のお姉さんといったところか」と言ってにやりと笑った。

 予想外の方向に話を振られたザインは、首をぶんぶんと横に振って、

「ないない。本気でそれだけは無い。あの仕打ちに恋心を抱けるのは限られた性癖の持ち主だけだ。少なくとも俺は違う」

 と、全力で否定した。

「その様子では恋心は無いにしろ、ずいぶん大事な人らしいな」

「まあ、そっちは否定しないよ。事件になるようないたずらを力ずくで止めてもらったこともあるしな。ものすごく怒られたが」

 そんなやりとりをする2人をカウンター越しににやにや眺めているナッシュだった。


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