act.11
「ザイン隊長ご無沙汰してます」
扉を開けた少年がザインに挨拶する。ザインは懐かしそうに3人の顔を見ると言った。
「おい、エルロイ。今の隊長はお前だろ。俺は元だよ。ジャックとステイシーも久しぶりだな」
「いえ、僕にとってはいつまでもザイン隊長なんですよ。それで何があったんですか隊長、いきなり呼び出すなんて」
エルロイと呼ばれた少年はそれでも呼び方を変えようとせず、ザインに自分たちを呼んだ訳を尋ねた。
「ああ、実はな、人手を使って緊急に調査してもらいたいことが出来たんだ」
ザインはそういうと、隣にいたアイスを紹介した。
「彼女が今回の依頼人のアイスだ。アイスは今ある物を探している。それについて何でもいいから手がかりを持ってきて欲しいんだ」
エルロイはアイスのことを眺めると驚いたように言った。
「あの、アイスさんってもしかして『動かずの姫』ですか」
「何だそれは。私はそのような名で呼ばれた覚えはないが」
アイスがそう答えると、エルロイは何かに気付いたように続けた。
「いけね、本人にそんな呼び方をする人なんていないですよね。でもアイスさんって毎日噴水べりに座ってた方ですよね。その人のことを僕達やほかのグループの連中、あと一部の市場の人たちとかもそう呼んでたんですよ」
「なあエルロイ、大体予想はつくんだけど何でそんな呼び名になったんだ」
ザインがそう尋ねるとエルロイは、
「まあ、いつもじっとしたまま動かないのと、どんな男が声を掛けてもまったく無視し続けてたっていうのが名前のもとだと思うんですけど。ちなみに『動かずの姫』が定着する前は『石の姫』とか『彫刻姫』とかって言うのもありましたね。でもどういうわけか姫ってつくのだけは変わらないんですよね」
と、答えた。アイスは苦笑すると、エルロイ達に返答した。
「まあ、わずらわしかったからな。あえて何の反応もしなかったのだが。もっとも今日のあれは別格だがな。しかしまさかそんな呼ばれ方をされていようとは思っても見なかったぞ」
「ま、その話はこの辺にしておこう。それより本題だ。アイス、あれをみんなにも見せてくれないか」
ザインがそういうと、アイスは胸元からネックレスを取り出し机の上に置いた。
「実はこれと全く同じ物を持った奴がどこかにいるはずなんだ。そいつに関する情報が欲しい。どんな奴が持っているかさえ判らないんだけどな。とりあえず今動ける奴ら総動員で調べて欲しい」
「えーと1フィン×1フィン×6フィンの二本のブロックを真ん中で直角に交差させた銀のネックレストップ。十字の片面すべてに何かの結晶みたいな凹凸がある、と。鎖は60フィンのやっぱり銀製…と言ったところですね」
ジャックという名の物静かな少年がネックレスの様子を細かい大きさまで正確に描写する。恐らく彼が今の参謀なのだろう。1フィンというのは大人の人差し指の爪先の幅程度の大きさである。
「正しく銀製というわけではないのだが、銀にしか見えぬし、大きさも大体そのくらいだろう。それと鎖は特に重要ではないぞ。要はこれなのだ」
アイスはそう言うと、机の上のネックレストップを持ち上げた。ザインはそれを見ながら何とか記憶の底から情報を発掘しようと努力していた。
「それじゃ隊長、時間を切りますか?」
尋ねるエルロイの声に、はっと我に返るザイン。
「そうだな、調べるのは日没くらいまででいいだろうな。その後まとめて報告してくれ。俺達は多分表の店にいると思う」
「判りました、じゃみんなを集めますから」
そう言い残すとエルロイ達は部屋を出ていった。最後に出ていったステイシーが部屋の一点をじっと見たままドアを閉める。その時になって初めて、ザインはいつもはおしゃべりなステイシーが今日に限って一言もしゃべらなかったわけに気がついた。ステイシーは最初から最後までアイスのことを穴の開くほど見つめ続けていたのだった。
「なあアイス、別にステイシー、あ、今出ていった女の子の名前なんだけど、あの子と知り合いって訳じゃないよな」
「ああ、私も視線が気になっていた。おそらくは私が知り合いの誰かと似ているとかそんなところではないのか」
アイスは至極まじめな顔で答えた。
「まあとにかく、後はあいつらの情報収集能力に期待ってところかな。俺が言うのもおかしいけど、子供の力って大したものだぜ」
「すると私達は後は待つだけなのか。あまり昨日までとかわらぬな。でもいつもの場所よりもここは居心地がよいな」
アイスは部屋の中を改めて見回すとそう感想を述べた。
「この雰囲気が居心地いいんなら、アイスが小さい頃からこの街にいたら俺達の仲間確定だっただろうな」
微笑みながらそんなことを言うザインだったが、そこからまじめな顔になって続けた。
「で、さっきのネックレストップ、もう一度思いだそうとしてみたんだけど、何かに邪魔されてるみたいな感じで意識がそこにたどり着かないんだ。なんて言うか魔法にでも掛けられているみたいな感じでさ」
魔法に対する自分の体質を思いながら、ザインは『もし本当に魔法だったら、自分の力だけでは思い出せないだろうな』と考えていた。
それを聞いたアイスも真剣な表情になり言った。
「魔法か。確かに考えられぬことではないな。片割れをほしがるだろう連中の中には魔術師を抱えているような奴もいそうだ」
「……それって、貴族とか大商人とかってことだよな。」
驚いたように聞き返すザイン。だがアイスはその問いには答えず、独り言のように続けた。
「いやむしろ魔術師こそが、一番欲しがるのかもしれんな」
「なあアイス、一体そのネックレス何なんだ」
「すまん、ザイン。ここまで関わらせた私の言うべきことではないのだが、そのことについてだけは何も聞かないで欲しい」
ザインの心からの問いに、沈痛な表情で視線を落とし、絞るように答えるアイス。
「わかった、もう聞かないよ。どうやらよほどのことみたいだし。それより別にここで待っててもかまわないんだけど、表の店で待たないか。飲み物くらいならおごるよ。ここは懐かしいんだけど、いつまでも俺のいていい場所じゃないし」
アイスの表情に何か覚悟のような物を見て取ってしまったザインは、強引に話を変えた。
「そうなのか。少し残念な気もするがザインがそう言うなら仕方ないな」
名残惜しそうな口調だったがアイスは立ち上がって、ドアを開け店の方に歩みだした。
ザインも、2年前自分たちがこの場所で騒いでいた頃の記憶を振り払うとアイスの後ろに続いた。
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