act.13
日が暮れてしばらくした後、ザイン達の前にエルロイが戻ってきた。
「ザイン隊長お待たせしました。とりあえずいくつか情報はあったんですが、どうも芳しくないですね」
「そりゃどういう意味だ」
エルロイの報告に歯切れの悪い物を感じたザインは、そう聞き返した。
「いえね、3人ほど見たことがあるって情報があったんですけど、どうも全部アイスさんが持っている物を見た様子なんですよ。『飛竜亭』って宿屋の下働きのお姉さんと、後は公衆浴場で見たのが二人だったものですから。それも両方とも女風呂で」
「確かにそれは私のものかも知れぬな。確かに私は飛竜亭に滞在しているし、公衆浴場にも幾度か行った。寝るときも含めて私がこれを手放したことは無いからな」
アイスがそうつぶやく。多少なりとも調査結果に期待していたらしく、落胆の色は隠せない様であった。
『アイスのことについてはそれだけ細かいネタがでるのに、他の人が持ってたって情報が出てこないって事はちょっと望み薄かな。となると残るは俺の頭の中の記憶って事になるな』
ザインはそう心の中でつぶやくと、エルロイをねぎらった。
「済まなかったなエルロイ。でもだいぶ参考になったよ。否定の情報って言うのも範囲を絞るためには重要だからな」
「いえ、こっちこそお役に立てなくて。何でしたら明日以降も聞き込み続けてもかまわないですよ。ここのところあんまり刺激的なことが無かったもので、年下の連中も楽しんでましたから」
「そうだな、じゃ3日間だけな。経験上新しい情報が入らないときは、噂関係はそのくらいで一回りするはずだ」
エルロイの提案を期限をつけて了解したザインは、今度はアイスに向き直って言った。
「今日はもう大扉が閉まる頃合いだけど、すぐに宿に戻るのかい」
「ああ、そうするつもりだが。エルロイ殿もいろいろと骨折りかたじけなく思う」
アイスはザインの問いに簡潔に答えると、エルロイに礼を言った。
「え、そんな、お礼なんて言われたらこっちが困っちゃいますよアイスさん。僕たちにとっては遊びの延長線みたいな物ですから」
「まあそういう物か。それとこれは一つ忠告なのだが、先ほどの部屋にあった模擬剣、柄が少しゆるんでいるようだ。気をつけるに越したことはないぞ」
「それって見ただけでわかるものなのか、さわってたようには見えなかったんだけど」
ザインがびっくりして聞く。アイスはさも当然といった風に返した。
「まあ、実剣にしろ模擬剣にしろ剣など飽きるほど見ていたものだしな。具合が悪いのをつかめば怪我するのも自分だ。用心もするようになるさ」
「さすがって言うべきなのかな、アイス」
ここまで言い切るということは、相当剣に近しい育ち方をしてきたのだろうかと考えたザインだったが、アイスが素性の詮索を嫌っているのは判っていたので、通り一遍の返事をするにとどめた。
「それじゃまた明日って所かな、といっても俺は仕事終わった後に顔出すくらいしか出来無そうだけど。じゃエルロイもよろしくな。情報が変わらなくなったら、すっぱりあきらめろよ」
「はい、ザイン隊長。また近いうちに」
ザインの『お開きにしよう』の合図に、エルロイも親指を立てて返し去っていった。
「じゃアイス俺たちも行くか。宿まで送るよ……って言いたいところだけど、アイスの場合俺より確実に安全そうだからな。エスコートするって言っても、それじゃ格好が付かないかな」
「そう言えば私はそういうことを言われた経験はないな。よし、ものは試しだ。宿までエスコートとやらやってもらおうではないか」
ザインの軽口に、同じく軽口で返すアイス。結局宿まで一緒に行くことになった。
「確か広場西の飛竜亭だよな。ま、そんなに距離があるわけじゃなしゆっくり行こうぜ」
「そうだな」
「じゃ、長いこと悪かったなナッシュ。ソーダ代だ、つりはいらねーぜ」
そういいつつナッシュに銀貨を一枚トスするザイン。
「ばかやろう、銅貨二枚分足りねーだろうが。ちゃんと後で払いやがれ」
ナッシュの怒鳴り声に親指を立てて返しつつザイン達は店を後にした。
大扉が閉まる時分になるとほとんどの露天商は店じまいする。開けているのは飲食関係がほとんどであった。変わって広場の周辺にある酒場、娼館などがにぎわい始める。
ザインとアイスは露天が畳まれてやや閑散となった広場を横切っていった。
不意にアイスがザインに話しかける。
「なあザイン、確かにお前のいったとおり状況は変わってきたようだな。今日一日はいろいろあったが、私の運命を動かしたのは、どうやらお前と知り合ったことらしい」
「俺だって、朝にはアイスとこうやって親しく話していることなんか想像もしていなかったよ。ま、こうなったきっかけがあのバカだってことだけが引っかかるけどな」
ザインが苦笑しつつそう答えると、アイスも笑いながら、
「となると、あの男も私の運命を動かしたという事になるな。だが、人格的には相当問題がありそうだが、あの翻しっぷりは一見の価値があったぞ。私が呆気にとられて何も出来なかったくらいにはな」
と、切り返した。
そんな話をしている間に、二人は飛竜亭の前についた。
「済まなかったな、ここまでで良いぞ。会話をしながら歩いたのも久しぶりだった。こんな楽しいものだということをすっかり忘れていたよ。まあ、エスコートと呼ぶにはロマンチックさのかけらもない話だったがな。その上私にロマンチックを求められてもどうすることもできないとは思うが」
「確かに、エスコートと言うよりは散歩みたいなものだったかもな。ああ、もちろん俺もすごく楽しかったよ」
ザインはアイスの言葉にそう返すと気付いたように続けた。
「あ、そうだ、アイスは明日も又あの場所に座ってるつもりなのかい?」
「まあ、それ以外にすることもないしな。情報収集はエルロイ殿がしてくれるようだし、もう少しあそこで待ってみようと思っている」
「それじゃ俺も、仕事の配達の合間にでも顔を出すことにするよ。それじゃ名残惜しいけど又明日会おうぜ」
そういってアイスに別れを告げるザインだったが、その約束が突拍子もない理由で果たせなくなるとは、予想もしていなかった。
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