act.9
「まず、出来れば他言無用に願いたい。私はある人物を捜している。手がかりはほとんどないのだが」
そう言うとアイスは胸元に下げていたネックレスのトップを引きずり出すとザインに見せた。それはネックレスの飾りにしてはずいぶん大きい、十字型をした飾り気も何もない銀のインゴットに見えた。
「その人物は裏の凹凸以外、これと全く同じものを持っているはずだ。確実なのはそれだけだ。どこにいるのかもどんな人物なのかも全くわからないのだ。あとはあやふやな手掛かりとして、私が魔術師に頼んだ『神託』の術で得た言葉の中に『十字を見いだすために、十字の者、十字の土地にて、月を過ごせ』というものがあった。まあ、要約してあるしそれだけではないのだがな」
ザインは黙って聞いていた。アイスは続ける。
「十字の者とは私のことだ。見せるわけにはいかぬが、背中に大きな十字型のあざがあるしな。そして、十字の土地と聞いて私が真っ先に思い浮かべたのが、このリュシドーの中央広場だ」
確かにこのリュシドーは大陸でも有数の『十字の土地』候補だ。この近辺のものなら特にそう思うだろう。実際ザインも妥当な線だと思った。
「そしてこの地で月を過ごした今日、先ほどの事件があり、お前と知り合うことになったわけだ」
そこまで言うとアイスはザインを見つめた。だがザインはそんな視線にも気付かず何かを思い出そうとしていた。
「どうした、ザイン」
何度目かの問いかけに、やっと反応したザインのせりふに、アイスはひどく驚かされることになった。
「……確証はないんだけど、そのネックレスのイメージがものすごく頭に引っかかってるんだ。以前どこかで見てるのかもしれない」
君を初めて見たときと同じように、という言葉はどうにか押しとどめたザインだった。
「なにっ、いつどこでだ」
勢い込んで聞くアイスに対してザインは、
「……ごめん、全然思い出せないんだ。さっきからずっと考えてたんだけどね。だから伝えるかどうか迷ってたんだ」
といって、空を見上げた。
「そうか、済まぬな。初めての手掛かりらしい手掛かりかと思って、少し興奮してしまったようだ」
アイスはそう言うと、ザインと同じように空を見上げつぶやいた。
「もしかすると、初手から大当たりを引いたかと思ったのだがな」
「まあ、そんな幸運なんてそうそうない物だしね。俺もなんとか思い出すように努力してみるよ」
「頼む。とにかく針の先ほどでもいい、情報が欲しいのだ」
アイスはそう言うと、また人の流れを追い始めた。しばらくぼーっとアイスの横顔を見ていたザインだったが、ふと何かを思いついたようにアイスに尋ねた。
「ねえアイス、その『神託』ではこの場所で何もせずにいろってはっきり出ていたのかい?」
「いや『十字の土地にいろ』としか言われていない。ここにいるのはこの場所が十字の要で、一番十字たる要素が濃いと私が判断したからだ。行動についても『月を過ごす』ということしか言われていない。で、これも私の判断だが、具体的な指針が示されていない以上何もしないのが一番だと考えただけだ」
ザインはそれを聞くとアイスに提案した。
「それじゃ動いてみる気ない?」
「動くだと? どういうことだ」
アイスは、なんのことについて言われたか判らずザインに尋ね返した。
「情報収集にだよ。これは俺の推測なんだけど、アイスはこの街に土地勘が無いことと、極秘裏に事を運ぶ必要性を考えて、ここで何かが起こるのを待つという行動に出たんじゃないのかな。でも、ここに土地勘のある俺が事情を知った事で状況が変わったかな、と思ってね」
「その推測は8割正解といったところだが、確かに一理あるな。だが私はあまり表だって動くわけにいかないのだ。ほとんどを頼むことになってしまうのだが、そこまで面倒を掛けて良いのか、ザイン」
行動しようという気にはなったようだが、アイスはこの件について人に頼ることを良しとしないようだった。
「さっきも言ったけど、今日だけは暇なんだ俺。あと半日しかないけど、今日の内ならかまわないよ。それに調べてる間に俺も何か思い出すかもしれないしね」
それでもザインが再度促すと、アイスはすまなそうな表情でザインに協力を求めた。
「では頼まれてもらえるかザイン。初対面の人間を面倒事に巻き込んでしまって済まぬとは思っているのだが」
「ああ、半日しか協力できないけどよろしくな。それに俺の方は初対面だと思ってないから……」
後半のセリフはつぶやきのような感じだったが、それを耳ざとく聞いたアイスは不思議そうに尋ねた。
「ザイン、初対面だと思っていないとは何のことだ?。確かにここに来た日に会っているのなら初対面とはいえないが」
「ありゃ、聞こえちゃったか。あえてこっちから話すようなことでもないんだけどね。アイスが聞きたいって言うなら話すけど」
「うむ、聞きたいな」
アイスに即答されてしまったザインは、しかたなしに話し出した。
「実は最初に会ったときからなんか気にかかってたんだ、アイスのことが。その後2、3日は偶然ここを通ったときに見かけてたんだけど、毎日同じ所に座って何もしてないから興味持っちゃってね。その後は配達の途中とかに、毎日ここにいるのを確認するみたいになっちゃっててね」
「……出来るだけ目立たないような行動をしているつもりだったのだが、逆に目立っていたのか私は」
呆然としてつぶやくアイス。
『やっぱり天然だったか……』
親しい人間のボケにはツッコミを入れずにいられない性格のザインだったが、まだ親しいとは言えない相手のボケだったため、何とか胸の内だけに押さえて話を続けた。
「それじゃさ、時間もないし早速調べるよ。アイスはどんなことが知りたいのか指示してくれればいいよ」
「うむ、そうだな。だが知りたいことと言っても、これと同じ物をどこかで見なかったかと言うことにつきるのだが……」
「そうすると人海作戦の方がいいかな。ねえアイスちょっとここから移動することになるけど大丈夫かな」
「私はかまわないが、どうしてだ」
突然この場所を離れると言われ、聞き返すアイス。
「ちょっと人の手を借りることになるんで、ここより人を集めやすいところに行くんだ」
「そうか、その方がザインの都合が良いならそうしよう」
ザインはアイスの返事を聞くと、噴水の縁から立ち上がった。
「じゃ行こうか。そんなに遠くじゃないから。俺についてきて」
そういうや、アイスの手を引いて立ち上がらせるザイン。アイスは困惑したように、
「別に手を引いてもらわずとも、お前の後に付いていけばよいのだろう」
と言って、手を離した。
少し残念だなと思ったことなどおくびにも出さず、ザインは噴水を回り込むと青街道を北の方、すなわち自分の家や貴族街のある方へ歩き出した。アイスはそのあとを急ぎ足で追いかけた。
それを遠間から見ていた屋台のジュース売りがぼそりと言った。
「やるなあ、あの兄ちゃん。難攻不落と思われていた『動かずの姫』をナンパしちまったよ。結構ねらってた男多かったんだけどな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます