act.5
裏門脇の茂みの中から現れたのは、ふつうに着ていれば優雅であろうドレスを大胆にたくし上げてまとめた少女だった。その正体はもちろん話題の主、リュシドー伯令嬢ジャニスだった。但しその姿はザインの見知っていた姿とはだいぶ変わっていた。
特徴のある蜂蜜色の髪は昔のように馬のしっぽ型ではなく、きれいに結い上げられていたし、顔中を彩っていたそばかすもすっかり消えている。可愛いと言うイメージが強かった顔のパーツは女の子らしく整ってきており、変わらないのは翠の瞳の輝きと無駄に自信あふれる表情くらいだった。
「ま、外見は噂されてる通り綺麗になったっていうのは認めるぜ。お世辞じゃなくな。でもおまえの立場でその容姿だと相当苦労してそうだな、心中察するぜ」
「ま、きれいって言ってもあなたのお母様には全然及ばないけどね。でもやっぱりあなたと話してると楽しいわ、ザイン。少ない情報から核心突いたネタ振りしてくるのも変わってないしね。そうよ、あなたの言うとおり王都にいた頃から、もう苦労のしっぱなしよ」
その会話を聞いて怪訝そうな口調で、ザインに聞き返すディノン。
「おいザイン、なんで綺麗なのが苦労の元なんだ?いいことだと思うんだけどな」
そのせりふを流しつつザインはジャニスとの会話を続けた。
「と、まあ、ふつうはこう考えるもんだよな」
「だから苦労してるんじゃない。対外的には美しい貴族の令嬢のイメージを壊しちゃいけないし、益体もない求婚者の群をかわさなきゃならなかったし」
「でも、縁談がまとまりそうだって噂あるぜ、どうなんだ」
そのせりふを聞いたジャニスは、諦念と憤懣の混ざった微妙な表情でつぶやいた。
「……さすがに、断ると角が立つ相手から持ち込まれちゃったしね。政略結婚は運命だってわかってるから、まだましってのを選んでおきたいってのもあるわね。それに向こうはうちに婿入りでもかまわないって言ってるみたいだし」
「なるほどね、それで財務卿の次男ってわけか。確か西のロッシェルに留学って言うか、騎士修行に行ってたって話だよな。流石に会ったことはないけど有能な割にくだけた性格してるって話だし、結構合ってるんじゃないのか」
「聞いたところによると、ふた月くらい前にこっちに戻ってきたらしいの。私が王都から戻ってきたのが半年前だから顔を合わせたことはないわ。ま、どんな人物かって言うのは実物確かめてみるまでは何とも言えないわね」
そこまで言うと、ジャニスは何かを思いついたかのようにザインに尋ねた。
「そうだ、ザインあなたがここにいるって事は、私宛に届け物持ってきたんじゃないの? さっきそんなことが聞こえた気もするし」
「いい耳だな。でもな、確かに持ってきたけど、あまりにも怪しい荷物だからガルシアに調べてもらえって、ディノンに渡したぜ」
それを聞いたジャニスはなぜか大きなため息をついて言った。
「……もう、切れすぎるのも善し悪しね。確かに怪しいものには違いないのよ。ただそれが、私が注文したものだってことを除けばね。家のためにはその判断は正しいわ」
ザインはそれを聞くと、真顔になってジャニスに尋ねた。
「本当にそうなのか」
ジャニスは人目がないのを素早く確認すると小声で言った。
「ええ、ちょっと前に確認したんだけど今日届くのは間違いないはずだから」
「差し支えなかったら、中身がなんだか教えてくれるか。あと誰が知ってる」
「脱走用の魔法薬のたぐいよ。一瞬だけ惑わされてくれるタイプのね。エルドナの薬種店に特別に注文したのよ。個人名で密送ってヤツね。あと、知ってるのはミルフェだけよ」
ジャニスはあっさりと答えた。ちなみにミルフェというのはジャニスの腹心とも言うべき女官の名前である。
「そういう事か、ったく」
ザインは、かなわないなというゼスチャーをすると呆然と二人の会話を聞いていたディノンに話を振った。
「おいディノン、さっきの小荷物の件はチャラ。そのままシュテインの所へ持っていっていいや。途中で割り込みが入ると思うけどな」
「え、ガルシア経由って話は? 割り込みって? ちゃんと説明してくれよ」
「まあ、ちょっと待ってろよ。で、ジャニスの方は、ミルフェに言ってそれを途中でかっさらう。『荷物受け取りに来ました』とかいってな。ディノンはそれを、シュテインに言われて来たものだと勘違いしてそのまま渡しちゃうわけだ」
それを聞いたジャニスは、にっこりほほえむとザインに言った。
「悪知恵にも磨きが掛かったわねザイン。誰も悪くないうっかりミスで荷物が私の所に来る訳ね」
「ああ、そういうことか。こっちとしては手順通りにやったって事にしておけるわけだな」
「そ。さっきガルシアに渡せっていったのは、中身と目的が判らなかったからだし。そういう理由があるならガルシア経由はまずそうだからな」
納得してうなずくディノン。ザインはジャニスに向き直って続けた。
「推測するにジャニス、おまえ結婚相手候補の顔見に行くつもりなんだろ。正体明かさずに。ま、らしいって言えばらしいよな、おてんばジャニスには」
ジャニスは、人差し指を唇に当てると、ザインに念を押した。
「あたり。今度顔合わせのために、王都に行った時にね。くれぐれも他言無用よ」
ザインは、親指を上げるとジャニスに合図した、子供の頃の了承の印だった。
その時、中央教会の鐘が荘厳に鳴り響いた。それを聞いたザインはしまったという表情でジャニス達に、
「やべぇ、親方に昼までにもどれって言われてたんだ。じゃな、また何かあったら声かけてくれよ」
と言い残し、リュシドー邸から走り去っていった。
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