act.3

「よっと、そろそろ行くかな」

 そう口に出して、おろしていた籠を背負い直したザインは、残った配達物を届けるために上区に向かって歩き始めた。その時にはすでに頭の中で自宅を最後に回るためのルートができあがっていた。というか今回の届け先は自宅を除くと全て外壁沿いだったから、外周の北西側を1/4周すれば完了だった。

 ザインは籠の中に一個だけ残っていた小荷物を確認するため、もう一度取り出すと、まじまじと眺めた。なぜか預かってから頭の片隅でずっと妙に気になっていた荷物だった。宛名の名前に懐かしい記憶を思い出したからなのかも知れない。

「俺の家を最後って事は、その前にこの小荷物が伯爵様のお屋敷か。でもいい根性してるよなこの送り主。使用人宛ならともかく、貴族の家中への届け物に民間業者使うんだもんな。ま、民間業者なんてこのリュシドー以外じゃあんまり見られないだろうけど。それとも何か特別に民間業者を使う必要でもあったのか……。うーんやっぱりどう考えても怪しいよな」

 晩春から初夏に移ろうとする季節の太陽が、そんなことを考えながら歩くザインの頭の上から照りつけていた。

「うへぇ、ここんところ晴れてると暑いよな」

 西の大扉の近くでセノアを横切って上区に入ったザインは、そう一人ごちた。

「……んっ、そういえば今日は下区が順調にいったな。で、上区がお得意様のあそことあそこだから……狙ってみるか」

 汗をぬぐおうと上を見たザインは、何かに気づいたようにそうつぶやくと、もう一度顔を上げ太陽の角度を確認し、続いて自分の影を見て、にやりと笑うと、猛然と駆けだしていった。


 四半時後、息を切らせてあえぐザインの姿が伯爵邸の裏門にあった。その手からは手紙が2通減っていた。

「……ぜぇ、げへぇ。ああ、無駄な体力使った。思い立ったからといっていきなり外周沿い配達時間の新記録なんて目指すもんじゃないわ」

 そんな醜態を見せていたザインに、裏門の門衛が声を掛けた。

「ようザイン、相変わらずバカやってるみたいだな。今日はお屋敷に届け物か」

 門衛のお仕着せを着た、ザインより一つ二つ年上に見える青年だった。まあ、ザインが童顔であるため、実際は同い年くらいなのかも知れなかったが。背は高いがあまり頑丈そうな印象ではない。茶色の髪を短めに刈った、まあ整っていると言っていい容姿なのだが、妙に目立たない印象を与える風貌だった。

「……ぜぇ。ああそうだよ、ディノン。珍しく今日は裏門なんだな」

 ザインが気軽にディノンと呼んだ青年は、苦笑を浮かべながら答えた。

「ああ、本当は非番だったんだけどな。裏門のゲルティスさんが腹こわしたらしくて」

「またかよ。あのオヤジも懲りないな。もういい加減年なんだからムチャ食いしなけりゃいいのに」

 この青年は、ディノン・ウィルダと言い、年少時のザインを知る幼なじみの一人だ。ザインがガキ大将をしていたときには、参謀役、と言うよりブレーキ役としてザインともう一人が行きすぎるのをとどめる役割だった。

「まあな、こっちは余計に休みをもらえるし、持ちつ持たれつだけどな」

 ザインの軽口に相づちを打ちながら、荷物を受け取ろうとしたディノンに対して、

「ちょい待ち、ディノン。お前上役に点数稼ぎたいか」

 取り出した荷物をひょいっと引っ込めると、ザインはいたずらっぽい口調で尋ねた。

「点数ねぇ。ジャニス様相手なら手間を惜しむ気はないけど、門衛が点数稼いだっていきなり警衛隊に抜擢されるわけでもなし、たかがしれてるだろ。べつにいいって」

 何の躊躇もなくそう切り返したディノンの台詞を聞いたザインは、小荷物を渡すとこともなげな雰囲気で言い切った。

「OK。それじゃこのジャニス宛の小荷物、受け取ったら家令のシュテインのおっさんの所じゃなく、ガルシアの爺さんの所へ持って行きな。まあ十中八九やばいしろもんだから」

「ガルシアの爺さんって、相談役……っていうか魔術師のだよな。それよりなんだよそのやばい代物っていうのは」

 受け取った小荷物を落としそうになりながら大慌てで聞き返すディノン。

「まあ、なんかこの荷物のことがえらく気になったんでよく見てみたんだけど、この荷物、存在自体かなり変なんだよ。まあ考えても見ろよ、送り主は他国の貴族風の名前ではあるけど、封蝋もない上、わざわざ国内の荷物しか扱えない民間の通信業者に頼む、痕跡を消そうとしてるの見え見えじゃないか。ともかくディノンはガルシアの所にこれを持って行って、『こんなのが届いたが民間業者を使っていて怪しいので、念のため調べてくれ』とでも理由つけて、ガルシアに押しつけちまえばいいんだよ。あとは問題があればガルシアなり伯爵様なりが処分するだろ」

 ザインはどうという事もないように軽く言い放った。

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