act.2

「あ、やっぱり今日も来てる。何やってんのか知らないけど、よく続くよなぁ」

 広場の中心まで駆けてきたザインは、そこに予想通りの光景を見つけ、思わずつぶやいた。


 大街道の交差点に当たる中央広場。この街でもっとも栄えている場所でもある。

 市場でもあり公園でもあるこの場所で交わっている道は、大陸の内陸部から、国と同じ名の王都エルドナを通りそこから真南に隣国の港湾都市デサまでのびる青街道と、東西の交易のメインストリートである、セノアと呼ばれる街道の二本だった。

 セノアという言葉は古語で「道」という意味で、この大陸を貫いて東西にのびる大街道がどのくらい古くからあり、しかも重要な道であるかを表していた。この街はそのセノアを境に北側を上区、南側を下区と呼び慣わしていた。

 そんな中央広場は、どこからこんなに人が湧いてくるのか、と思えるほど毎日ごった返していた。


 物売りの威勢の良い声。


 馬の蹄の音といななき。


 石畳を荷車が通る音。


 そんな音の特に激しい広場の中心にある泉と噴水、そのふちの一角に切り取ったように奇妙な静寂があった。

 顔を隠すように深い色のフードをかぶった少女が噴水の正面に座っている。顔は見えないが、短いスカートとそこからのびた健康的な足がその人物が少女であることを物語っていた。

 その少女は、傍らに奇妙な形の杖を立て、喧噪の中何をするでもなく、人の流れを眺めながらただ座っているのだ。

 そう、街道の開門から閉門までの間ずっと。

 最初の頃は奇異の目で見られていた少女だったが、ひと月もの間、同じことを続けていたため、すでに風景の一部のようになりつつあった。


 その少女の姿を一目見て満足したザインは、今度こそまっすぐに最初の荷物の届け先に向かった。


「ご苦労様ね」

 中年の女性が、手渡された手紙を大事そうに受け取る。

 受け取った手紙に付いているタグの半分をちぎり、手に持った印章にふれてザインに返すと、タグは淡く光り、色を変えた。

 自動印章という魔法道具で、記名の代わりになる。近年だいぶ普及してきている道具で、古株のポーターは「いちいち記名してもらわなくて済むので、だいぶ楽になった」と言っていた。

「それじゃ確かにお届けしました。返事をなさるときにはぜひユーペイン通信局にお申し付け下さい」

 下区の最後の一通の手紙を届けたザインは、タグの半券を腰の鞄にしまうと、背中から籠を下ろし思い切りのびをした。

「よーし、下区終了。あとは4カ所だな」

 ポケットから届け先のメモを取りだし、ルートの確認を始めたザインだったが、リストの中に見覚えのある名前を発見して苦笑した。そこにあったのは自分の父親の名前だったからだ。

「何だ、最後俺の家だよ。全く親方も律儀だよな、帰るときにでも持たせてくれれば良かったのに」


 ほとんどが職人の家と商家である下区に比べ、上区には貴族や騎士の家も少なからずあった。その中でも青街道の北門に近い一角には、この街の領主でもあるリュシドー伯の屋敷を始め、大方の貴族の屋敷が固まっていた。そのため、そのブロックは誰がいうともなく貴族街と呼ばれていた。

 ザインの家は道一本越えれば貴族街、という場所にあったため、家自体は爵位や騎士位を持っているわけでは無かったのだが、そういう階級の人々とつきあう機会は多かった。

 ましてや子供同士には貴族と平民の違いなど有って無いようなもので、ザインなど以前は貴族の子弟を含めた遊び仲間のリーダーを張っていた。

 ある理由から、10歳になるくらいまでの間、幼なじみの数人を除いては、子供同士のグループとの接触がなかったザインだったが、グループに加わってからはその才能?を遺憾なく発揮し、2年もしないうちに前のリーダーから後を託されるまでになった。

 体格には恵まれていなかったが、機敏で頭の回転の速いザインは、他のグループにも一目置かれていたが、何についても反発というのはあって、目立ちすぎるのと平民であることも相まって、有力貴族の息子とその取り巻き達でつくられた、とあるグループには目の敵にされていた。

 ……まあ、争いになったところで、あえて花を持たせるとき以外、ほとんど負けはしなかったのだが。

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