act.1
『ユーペイン通信局』
そう書かれた看板が、羽の生えた小荷物の絵とともに建物の正面に掲げられていた。
その建物の裏手にある倉庫の前に荷車が着いた。ロバ二頭引きのかなり大きな荷車だ。
荷車に満載された荷は、建物内から現れた人足によって次々に運び込まれていく。
運び込まれた荷物は、手紙と小荷物に仕分けされ、さらに別の場所に広げられていく。
その中に荷物のチェックを行う壮年の男がいた。責任者なのだろうか、男の顔を見た人足たちは一様に会釈をしていた。
しばらくの間荷物を見ながら台帳と荷物に付いたタグの確認をし、メモをつけていたその男は、奥のいすに座り、手持ちぶさたな感じで天井を眺めていた少年と、近くで思い思いに休んでいた二人の配達人(ポーター)に声を掛けた。
「ザイン、クーテロ、ドネル、仕事だ」
ザインと呼ばれた少年は、雇い主と思われる男のいるカウンター前に走り寄った。いや、実際は少年と呼ぶべき年齢ではなかった。しかし青年と呼ぶには早い、若者というくらいが適当だろうか。だがその身にまとった雰囲気だけは『少年』そのものだった。
同じ年の普通の若者より二回りほど小さい体格とそれに見合った体重、妙に収まりの悪い黒髪、意外なほど整った顔とその中で光る悪戯っぽい瞳。そういったものが合わさってザインの年齢を2歳は下に見せていた。
むろん男らしさとは割と縁遠く、もし誰かが悪ふざけで着飾らせたら少女として通じるかもしれない、そんな風にも思えた。
「今日はどこですか、ユーペイン親方」
ザインは棚においてあった背負子のついた自分用の籠をひょいと持ち上げ、仕分けされた荷物の方へ向かった。
「一番右のヤツだ。西の外周周りだな。上区に手紙3通と小荷物1個、下区に同じく5通と3個だ。下区の荷物のうち赤いタグの奴は壊れ物だから気をつけろよ。で、こいつが届け先だ」
腰の鞄に手紙をまとめて入れ、手に持った籠に壊れ物以外の小荷物をしまい、背負う。届け先のメモを確認してポケットに入れると最後に壊れ物だといわれた小荷物を抱え、他の二人に指示している親方に挨拶する。
「それじゃ行って来ます」
そう言って飛び出していこうとするザインに、
「今日は午後の荷もあるから、昼くらいまでに戻って来いよ。多分そっちが本命だ」
と念を押す親方。
「わかってますよ」
そう答えたザインは今度こそ大通りに向かって駆けだしていった。
交わりの街リュシドー。
二本の大街道が交差するこの街は、このエルドナ国では王都に次いで栄えている街だ。
交通の要衝だけに人口も多く、物資や情報の動きも激しい。
それゆえザインの職場のような民間の通信物請負業などという職業が成り立つのだった。
通信局から大通りへの道を走りながら、届け先の確認をするザインだったが、手に持っている壊れ物のタグとメモの住所を見比べると、げんなりとした顔をした。
「うーん、最初にこの壊れ物を届けちまおうと思ったんだけど、下区の一番南の外れかよ。広場を通っていくと遠いよなぁ。……でも今日は荷物が少ないし、やっぱり先に寄って行っとこう、っと」
ほんの少しの躊躇はあったものの、ザインは青街道の南通りに向かっていた足を中央広場の方へ向けた。本来の目的地である壊れ物の届け先は、この通信局のポーターの中でもかなりの健脚であるザインの足をもってしても、優に四半時はかかる場所にある。
さらに一直線に目的地に向かうならまだしも、遠回りをするのだからなお時間がかかる。背負ったり抱えたりの荷物は合わせれば3歳児の体重を超えるほどの重さだ。小柄なザインには、かなりきついはずだ。
それでもザインはあえて遠回りを選ぶのだった。
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