クロスロード・クロスロード

達句 英知

プロローグという名のモノローグ

「初めて姿を見たとき、思い出せない何かを思い出せそうな気がしたんだ」

 ずいぶん後になって、俺はこんな風に彼女に語ることになる。

 大方の事情を知っている彼女は、くすくすと笑っているだけだったが。



 出会った瞬間から、気にはなっていた。


 初めて見かけたのは、確かひと月ほど前のことだったと思う。

 その日、街の開門と同時にどこからかやってきた彼女は、迷いもなく中央広場の中心部にある噴水に腰掛けて、そのまま人の流れを目で追いはじめた。

 たまたま朝食の材料の買い出しでそこに居合わせた俺は、一瞬だけ彼女の顔を正面から見つめることになった。

 その前後のことはあやふやなのに、その瞬間のことだけを、切り取ったように覚えている。

 我に返ったときには、人目を避けるためか、彼女はマントのフードをかぶってしまった後だった。


 彼女が傍らに置いた奇妙なデザインの杖と、フードの奥から覗く視線は、周囲を拒絶しているかのようだった。


 その日はそれでおしまいだった。


 彼女はその後もそこにあり続けた。

 フードを目深にかぶり、何に使うものか自分の身長を超える長さの杖を立てかけ、彼女は人の流れを追い続けていた。毎日。

 そう、何かを捜しているかのように。


 ……オレハ、カノジョヲ、シッテイル?……


 ……シラナイハズダ。アノヒハジメテミタ。……


 小骨のように引っかかっている違和感に、そんな自問自答をしたことも幾度かあった。

 俺はこの場所を通るたびに、彼女がいるのを確認するのが当たり前のようになっていった。


 彼女が気になっていた。


 欠けたパズルのピースを探すかのように。


 彼女のことをなにも知らないまま。


 彼女と自分がどんな関わりを持っていくのか、それすらも予想し得ないまま。


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