【イラストあり】

(怖い――どうしてこんなことになっちゃったんだろう)

 恐怖に震えがとまらなかった。

 犯人がドアに耳をそばだてて様子をうかがっている気がして、呼吸さえもはばかれた。

 これが夢だったら――毛布の中の暗闇で強く祈ったその時、肘の下の硬いものに気付いた。

 骨が強く押されていて、今さらのように痛みがきた。その硬いものはシーツの下に入り込んでいて、気づかなかったのだ。

 触れてみると、太いホース状だった。指の腹でシーツを撫でるように形を確認する。すいぶんと長く、ベッドの足元のほうまで伸びているようである。

 そっと毛布から抜け出て見てみると、シーツの端からコードを縒り合わせたものが長く延び、先はベッドの下の暗がりにつながっていた。

 そこで美月はもう一つの違和感に気付いた。ベッドが、いつもより高さがあるような気がしたのだ。

(ベッドの下に……何かあるの?)

 手のひらの汗を握りこむ。

 暗闇を覗くのは怖い。きっと見てはいけないものがある。

 でも――もしかしたら、この状況を打開できる何かがあるかもしれない。

 美月はがくがくと震えながらベッドから降り、底板の下を覗き込んだ。暗がりに目を凝らし――息を飲んだ。

 そこには幾つもの計器や配線、液体の入った筒などが、ごちゃごちゃと収められていた。

「なにこれ……」

 配線や管はベッドの底部につながっているようだった。

 美月は床に腹ばいになり、更に奥を覗き込もうとした時――突然、男の声がした。

「――おい、パンツ見えてんぞ」

 美月はとっさに悲鳴を飲み込んだ。慌てて起き上がろうとした途端、ベッドのフレームに頭をぶつける。

 激痛をこらえて振り向くと、知らない男がしゃがんで美月をじっと見ていた。


【挿絵】https://kakuyomu.jp/users/urokomichi/news/16817330662647044516


(誘拐犯だ‼)

 さっと全身の血の気が引いていった。

 這うようにその場から逃げ出そうとして、太腿があらわになっているのに気づいた。とっさにスカートの裾を押さえる。

「なにを今更。それを穿かせたのだって俺なんだからな」

 言いながら、男はくつくつと笑う。

「……まったく。おまえは本当にあの頃と変わらねえなあ」

 男の顔からふっと笑みが消え、鋭く美月を見据えた。その瞳が血のような赤であることに気づき、美月は凍りつく。

 男のすべてが恐ろしかったのだが、なにより恐怖を覚えたのはその姿だった。切れ上がるような赤い双眸。青白い肌に立ち上がった銀髪。顔は日本人のそれであるのに、ものすごくちぐはぐで、異様だった。

 まるで悪魔だ。美月はがちがちと震える歯を食いしばる。

 男は白衣を着ていた。着古した白い生地には茶色い染みがところどころまだらについている。あれは――血痕ではないのか。

 美月は唾を何度も飲み込み、ようやく声を出した。

「あの……、お医者さん、ですか」

 そんなわけはないと思いながらも、美月はわずかな可能性にかけて恐る恐る尋ねた。

「医者?」

 男はわらった。口の端を引き攣らせたような、嫌な笑い方にぞっとする。

「まあ、そんなもんかな」

 男は美月の足をいきなりつかみ、ベッドの下から引きずり出した。目を剥いて悲鳴を上げる美月を軽々と担ぎ上げ、ベッドの上に放るように投げだした。

「あんまし動きまわんなよ。身体に障るだろ。まだ目覚めたばっかりなんだからな」

 美月は呆然と男を見上げる。対する男は傲然と美月を見下ろした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る